08話.[こっちのペース]

 告白的なことをされてからもう二週間が経過した。

 その間にしたことと言えば、香奈恵、智子、牧、緒方との会話などだけ。

 あ、まあ、抱きしめられたりは多々しているが、それはいつも通りのことだからノーカウントということにしておきたい。


「桜、見に行かない?」

「え、涼華ってそういうことに興味があったの?」

「もう散っちゃうからさ、どうせもう放課後だから行こうよ」


 ただ、少しだけ判断するのが遅かったのかもう無理だった。

 早咲きすればするほど早く散ってしまうんだからもう少し待てばいいのにと思う。

 ま、人間に見てもらうために咲いているわけではないんだからこれでいいんだろうが。


「仕方がないから桜餅でも買って食べよ」

「え、涼華ってそういう食べ物は嫌いかと思ったわ」

「嫌いじゃないわよ」


 つかさっきからなんだ彼女の反応は。

 さすがに失礼だろう、そういうことで楽しもうとする心はある。

 いつだって突っ伏しているわけではないし、変に絶望、暗いわけではないんだから。

 なんかむかついたからいつものように頬を引っ張っておいた。

 とにかく、近くの専門店みたいな場所で桜餅を買って食べることに。

 ……食べてから思った、餅ならやっぱり醤油をかけて食べたいなって。


「もう初夏ね」

「そうね」


 普段から寝ているような人間でなければあのとき彼女が話しかけてくることもなかった。

 彼女のことを考えればあれがなかった方がいいと言える。

 だが、もうこっちは染められてしまっているようなものだから私的には話しかけてくれてよかったと言えるからごちゃごちゃになる。

 でも、ああやって好きだって言ってくれたんだから話しかけない方が~みたいなことを考えることの方が失礼か。

 簡単な話だ、後は私が受け入れるかどうかということだけ。

 そこに他人の意見なんて関係ないのだ。


「あのときは驚いたわよ、面倒くさい委員長的タイプかと思ったらいきなり膝枕とかいい出したんだからさ」

「寝不足だったら授業に集中できないでしょう? それに中学校と違って高校はやっぱりレベルが高いからきちんとやっておかないと大変な思いを味わうのはあなたになってしまうから」


 あのときも言ったように私は授業とかはちゃんと受けていた。

 切り替えはできる人間だから正直に言って不満しかなかったわけだが、まあ実際は口うるさく言ってきたり馬鹿にしてきたりしたわけではないからこの話はもういいだろう。

 あと、ごちゃごちゃ考えていて寝られないときもあったから、あまり間違いではないから。


「感謝しているわ」

「ふふ、それならよかったわ」


 あれからと言うと少し嘘になってしまうが、四月になってからはごちゃごちゃ考えることもなくなっているから間違いなくいいことだった。

 智子とだけ過ごしていたときは本当にいつもあの子の明るさとは反対に~みたいな感じだったのになにが違ったというのか。

 ふたりとも優しかったし、一緒にいるときは安心できていたのにね。


「つかさ、あんた猫が弱点とか言っていたのに全くそんなところを見せないじゃない」

「そう? レオに触れていると自然に笑顔になってしまうし、自然と可愛いと口にしてしまうぐらいなのよ?」

「そんなこと言ったら私なんて正にそうじゃない」


 あの子の前でだけは語彙力がなくなると言ってもいい。

 いや、犬でもなんでも可愛い動物の前でなら基本的にそうだろう。

 別に恥ずかしいことではないから堂々としていればいい。

 でも、ご主人様が相手のときだけは恥ずかしいことばかりしているからそっちは未だに引っかかっていることもあった。


「GWはどこかに行くの?」

「きゅ、急に変えるわね。あ、GWはお母さんの実家に行くぐらいかしら」

「全部いないとか?」

「そうね、ほぼそのようなものかしら」


 父の会社は特にそういう休みがないから今年もひとりか。

 寂しいとかそういうのはなかった、なんというかいつも通りすぎた。

 智子と出会ったのだって去年だし、そもそも時間があるなら彼氏と過ごしたいだろうから邪魔をすることはしない。


「お土産を買ってくるわ」

「お土産はいいから楽しんできなさい」


 私は外食に行ったり、お菓子を食べたり、いっぱい寝たりして過ごすからいい。

 たまにはひとりで過ごすのも悪くはない。

 つかそこで一緒にいないことで本当のところが分かると思う。

 私が相当彼女のことを好いているなら寂しくて寂しくて仕方がないだろうから。

 もしそうなったら恥ずかし死するどころの話ではないが……。


「あと、ちゃんと帰ってきなさいよ?」


 変な事故とかに巻き込まれないようにしてほしい。

 GWとかはやっぱり渋滞とかも多くするだろうからね。

 それだけが私の願いだ。

 難しい要求というわけでもないから大丈夫だろうと片付けた。




「暇ねえ」


 五月になった。

 香奈恵はちゃんとメッセージを送ってきたりしてくれているが、それでもずっとというわけではないからかなり暇だった。

 掃除をしてみたり、散歩をしてみたり、それこそ決めていたように昼から飲食店に行ったりもしたものの、ひとりだとやっぱり寂しすぎる。


「ばーん! 私が来たよー!」

「もうあんた最高ね」

「へへっ、でしょー!」


 彼氏は相変わらず部活生活らしかった。

 もう夏で終わってしまうから余計に熱が入るというものだろう。

 会える時間だって極端に減るのに彼女はよく彼女のままでいられているものだと思う。

 私だったら恋人ができたらなるべく一緒にいられる時間を増やしたいが。


「時間があるからお肉っ、を焼こうと思って持ってきたよっ」

「あれ、香奈恵には?」

「松島さんには平日にかな、今日はひとり寂しくお暇な涼華に少しだけでもいい時間を過ごしてもらおうと思ってね」


 それはまたありがたいことだ。

 食べることもそこそこ好きな自分としては尚更だ。

 あと、最近は少し桜さんに任せきりだが、ご飯を作る側としては普通に嬉しいことだった。

 我流で自分のできる範囲でしかしていなかったとしてもなにもしないよりは大変なわけだからまあこういう発言をしてしまっても許してほしい。


「フライパンじゃなくてホットプレートってあるっけ?」

「あるわ、ちょっと待っていなさい」


 正直、フライパンで焼いた方が絶対に効率がいいと思うが文句は言わず、そうやってこだわってくれた方が智子的にも楽しいだろうからいいのではないだろうかと片付けて引っ張り出してきた形になる。

 調味料とかも持ってきて手伝うことも忘れずにしておいた。


「って、これ高くない?」

「そんなの気にしなくていいんだよっ」


 いやでも一枚千五百円のそれを買ってくるとか……。

 後で絶対に払おうと決めた、そうでもしないと絶対に落ち着かないから。


「はいどうぞ!」

「ありがと、でも、半分はあんたが食べなさい」

「え、二枚買ってきたんだけど」

「はあ? なんでそんな無駄遣いしたのよ」

「やっぱり私も豪快に食べたいからね!」


 それならと半分切って渡すことにした。

 こっちとしては少し食べられれば十分満足できるからそれでいい。

 しかも彼女が来てくれているだけで本来はいいのだ。

 家族との時間を大切にしろと香奈恵に言ってあるから連絡も少ないしね。


「美味しいわ」

「へへ、でしょー?」


 タレとかはいらなかった。

 岩塩を少しかけるだけで物凄く美味しくなるとまで考えて、気になることができてしまって手を止めた。

 レオはどうしているんだろうか?

 まだ初夏だから家に残している可能性もある。


「レオは大丈夫だと思う?」

「大丈夫だよ? だって松島さんは連れて行ってるって言ってたし」

「ふーん、やり取りとかしてんのね」

「うん、夜だけだけど」


 それなら全く問題ない、気にせずに食べて洗い物でもしよう。

 ただ、どうせならライスが欲しかったかな、というところ。

 ご飯の量に差があるとはいえ、焼き肉のときとかにもやはり純白に輝くそれは欲しい。

 多かったら白米大好きな父にあげればいいわけだから残すということにもならないし、そもそも食べられない量を注いだりしないから無問題だった――話が変わりすぎか。

 香奈恵がああ言いたくなる気持ちも普通に分かった。


「あ、いまちょっとむっとなったでしょー」

「いや、レオがあの家族といられているならそれで十分だから」

「まあそうだよね、お家にひとりだったら寂しいだろうし」


 多分、私の家族だったらあそこまで来てくれてはいなかったと思う。

 あんまり会えないからこそしつこくならなくていい方に働いているのではないだろうか。

 香奈恵とはいすぎているものの、それの場合はその方がいいというか……。


「ふわふわしていて可愛いよね」

「そうね、まあその点についてはあんたもあんまり変わらないけど」

「ふわふわしてないよ」

「仮にそうでも可愛げがあっていい子だしね、そうでもなければ私はとっくの昔にあんたといることをやめているわよ」


 そういうことになったら智子の方が離れているだろうが。

 私が選べる立場にあるのは買い物とか香奈恵に対するそれだけ。

 基本的には待つしかできない側だ、これからもきっとそこは変わらない。


「いつもありがと、あんたのおかげで楽しく過ごせているわ」

「嘘つき、松島さんと関わり出してから明るくなったんだよ?」

「なんでかしらね、別になにがどう変わったわけじゃないのに」


 ただ友達がひとり増えたというだけだった。

 普段のそれだってそう、ただ会話できているというだけだ。

 それなのにどうしてか悪い癖が出る回数も減ったし、そのおかげで寝不足になることもなくなったから気持ちよく生きられている。

 まあやっぱり引っかかっているところはあるにはあるが、それでも間違いなく人生で一番いい時間を過ごせているような気がした。


「よしよし」

「涼華にされるのも好きだよ?」

「そりゃ勝てないわよ、本命にはね」


 彼氏にも無理だし、なにより彼女の両親なんかには絶対に無理。

 だからいいんだ、こんなのは正直自己満みたいなものだ。

 少しだけでもありがとうという気持ちが伝わってくれたらそれでよかった。




「ただいま」

「あんた遅いのよ」


 最終日に家にやって来た。

 なんか突きたくなったから腕を突いておく。


「寂しかった?」

「は? あんた調子に乗ってんの?」

「私は寂しかったから、あなたもそうならいいなって」

「まあ、智子は来てくれていたけどあんたとは会えなかったわけだからね」


 彼女に会えないということは=としてレオにも会えないわけだからそりゃ寂しい。

 ……色々複雑だったから本物を抱いて落ち着かせておく。


「そういえば考えてくれているの?」

「……あのさ、こんなことしておいて断ると思う? あんたは去年の私を知らないだろうから仕方がない――」

「知っているわ、だから勇気を出して話しかけたんじゃない」

「あ、そう、まあだからその……こんなことそうでもなければしないから」


 智子にしたのは頭を撫でることだけ。

 あれだってあの子からすれば必要のない自己満行為だから褒められたことではないわけで。


「少し離れて」

「うん……ん!?」


 キスをしてきた後に抱きしめてくるとかなにその贅沢な行為……。

 まあいいか、私は受け入れたんだからこういうこともある。

 後からやらなければよかったとか言ってこなければ自由にしてくれればいい。


「これは罰でもあるのよ?」

「罰?」

「……智子とこそこそ会っていたから」

「ははっ、それはまた怖い罰ね」


 で、罰の割には顔を真っ赤にしている香奈恵が出来あがったと。

 この点に関しては智子の方が上だと思う。

 もうぐいぐい、ちゅーちゅーキスをしていそうだ。

 片方が部活をやっていても問題なくあの関係を続けられているということはそれ以上の行為をしていても違和感はないぐらい。

 普段明るく優しいあの子が裏でそんなことをしていると想像したら……なんか罪悪感でいっぱいになったからやめておいた。


「それにしても本当に最終日まで帰ってこないとは思わったけど」

「毎年そうなのよ、お母さんのお母さんと話すのも好きだからテンションが上ってしまったわ」

「よかったじゃない、私はてっきり今回のそれで告白を無効にしてくるものだとばかり思っていたけど」


 会えなかったからそんなマイナス思考が捗ってしまったのだ。

 だから物凄く後悔した、先に受け入れておけばよかったって何度もね。

 さすがに泣くような乙女みたいなことはなかったが、頼むから早く帰ってきてくれと何度も願ったことになる。


「そんなことありえないわ」

「分かったから、いまさっきの十分よ」


 ここは玄関前だから父に見られてしまう可能性があるのだ。

 時間も時間だから危ないし、ひとりで来るなとすら言いたくなる。

 彼女はこういうところがあるから心配になってしまう。


「私も混ぜてー――ぶへぇっ!?」

「桜さんはお父さんと仲良くしていればいいんですよ」

「いやほら、住んでいる以上はこれまで以上に涼華ちゃんとも仲良くなりたいから!」

「その気持ちはありがたいですけど、お父さんと仲良くすることに専念してください」


 曖昧なままにしておくと同棲止まりになりかねない。

 付き合いたい、結婚したいと考えているならその状態でも積極的にいくべきだ。

 この前聞いた話では、職場では女性が多く近づいているらしいし。

 つまり勝たなければならないんだから私といる時間がもったいないとしか言えない。


「いててっ! あんた猫じゃないんだからさっ」

「私以外の同性と仲良くする必要はないでしょう?」

「うわ怖っ、なにその顔……」

「冗談じゃないわよ? 本気で心から言っているの」


 この対応は恋人になったからなのだろうか。

 まあそれでも智子とはこれからも変わらずに一緒にいさせてもらうつもりでいる。

 あの子が飽きるまで、来なくなるまでは変える必要は間違いなくない。


「か、香奈恵ちゃんが怖いから戻るね」

「はい、そうしないとやられますから帰った方がいいですよ」

「う、うん、それじゃあまたね」


 私は少しだけ面倒くさくなった香奈恵に向き合った。

 彼女はまだ怖い顔のままこちらを見てきている。

 このままだとむかつくから一気にこっちのペースに持ち込んだ。


「……ご、ごめんなさい」

「怖い顔をしなくてもあんたの要求を受け入れたんだから不安にならない」

「ええ、あなたのことが好きだから」

「うん、ちゃんと優先するから」


 手を掴んで上下に振ってみせた。

 いつもの好きな柔らかい表情に戻って少し安心したのだった。

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