07話.[そういうところ]
「はい――」
「あなたが渡辺涼華さん、そうよね?」
喋り方は似ているのにまとっている雰囲気は全く似ていなかった。
失礼だとは分かりつつも扉を閉めようとした結果、無理やり開かれて無駄に終わる。
仕方がないから上げて飲み物を渡しておいた。
好みが分からなかったから無難な麦茶にしておいた。
「で、娘さんと関わるのはやめてと言いたいんですか?」
敬語をしっかり使える人間でよかった。
当たり前だと言われるだろうが、少なくともこういうときには役立つ。
幸い桜さんのおかげで色々な耐性ができているから冷静に対応できるはず。
「最近、娘がため息を多くついているの、それはあなたと関わりだしたからなの?」
「あの子と関わることになって変わったのはこっちですけどね」
「例えば?」
「……それは、その、私らしくない行動を多くしてしまって恥ずかしい気持ちになることも多い――って、これはなんかのプレイですか?」
なんでこんなことを言わなければならないんじゃ!
香奈恵だってきっと知らないようなことをその親に言う必要はない。
つか家はどうやって知ったんだ? 無理やり娘に吐かせたのか?
私の母も大概だが、あの子の母も大概みたいだった。
「いらない情報でしょうが私はあの子といるの、好きですよ?」
「あなたといられていないから、ということなの?」
「それは分かりませんけど……」
もしそうだったら嬉しいと言える。
でも、申し訳ないことをしてしまったとも言えるから難しい。
私なんかを気に入ったところでなにをしてあげられるというわけではないからだ。
そういうのは求めていないということなのだとしてもこっちは引っかかり続けることになるから後退することはなくても前進することもないと。
「あと、レオがよく鳴いているのよ」
「それは猫だからじゃないですか? 単純にあなた達といられていないからなんじゃ……」
「扉の方に向かって鳴くのよ?」
「あ、じゃあお父さんを待っているんじゃないですか?」
「リビングに全員がいる状態でそれなのよね」
だけど禁止にしたのはこの人であるということになる。
もしそれがなくなれば行けるようになるんだし、ねえ?
「いまから来なさい」
「あなたが禁止にしていたんじゃ……」
「い、いいから来なさいっ」
「……親子でよく似ていますね」
ぼそりと吐いた言葉はスルーされて助かった。
それにしたっていきなり突撃するってそんなのありか?
香奈恵だっていきなり私の父が家に来たら尻もちをつくと思う。
だから本当に桜さんのおかげで耐性がついていてよかった。
「ただいま」
「お邪魔します」
久しぶりに松島家のリビングに入れた。
どうやら香奈恵はここにはいないみたいだ。
だけどその代わりにレオがとてとてと走ってやって来てくれた。
「よしよし……って、でかぁ……」
あれだけ小さかったのになんかやばい。
とてとてじゃなくてのそのそと言う方が正しいかもしれない。
「な゛~」
「はは、声も低くなっちゃって」
「渡辺さん」
「わ、分かっていますよ?」
レオを離してソファに座らせてもらう。
今日ここに来たのは香奈恵も含めて話し合うためだ。
決してこのもふもふをもふりに来たわけではない、ような、そうではないような。
だって扉の方を見てずっと鳴いているとかいうからさ。
これを見るに、すごい喜んでくれている感じがするが。
「え、どうしてあなたが……」
「この人に呼ばれました」
「どうしてお母さんが涼華を……」
彼女の母は腕を組んで娘を見ていた。
その娘は片肘を掴んで自信なさそうな感じで母を見ていた。
レオだけはそんな親子の周りを歩いて楽しそうにしていた――レオはいいな。
「涼華、あなたはこの子といたいのね?」
「ええ、例えお母さんから嫌われることになってもいたいわ」
また余計なことを言う。
いたいのだとしてもいたいとだけ言っておけばいい。
そんないちいち刺激するようなことを言わなくていいのだ。
そういうところは私の方が対応が上手いような気がした。
「レオはどういう風に見える?」
「涼華がいてくれて嬉しそうに見えるわ、いまだって見上げているわけだし」
体が大きくなっても好きな瞳だけは変わらない。
かがんで持ち上げたらまた呑気に鳴いていた。
暴れることもなくこっちを見てきている。
「……それならいいわ、どんどん誘えば」
「いいの?」
「そもそも渡辺さんだってあなたといたがっているんだからね、だってあなたのことを好きだと言っていたわけだから」
「え」
ちょいちょい、一緒にいるのが好きだと言っただけでそこまでは――いや好きだけど。
「邪魔者は去るからこれからは一緒にいたい限りは一緒にいなさい」
先程も考えたがこの親子は本当に似ていると思う。
私と父が似ているかどうかは分からないから少し羨ましかったりもする。
あと、少しだけこういう冷たいだけじゃない母がいてくれるのは羨ましかったりもするかなと内で呟いた。
「ということみたいだから来たかったら来なさい」
黙っているご主人を他所にレオをそのまま抱きしめて堪能しておいたのだった。
「なあ渡辺よ」
「また次の子を見つけたの?」
「いや違う、俺は牧と仲良くなりたいからな」
実はあれからも話すことは多かった。
香奈恵のことだったり、智子のことだったり、あとこの男子のことだったり。
話しているときの様子を見るに嫌というわけではなさそうだが果たして。
「牧ちゃんって可愛いよねっ」
「お、おう、いきなりだな」
「涼華がいるところにはいつでも現れるからねっ、でも、最近は少し遠慮中~」
「なんでだ?」
「内緒~、お、牧ちゃん!」
今日は珍しく普段かけているメガネをかけていなかった。
彼女は慌てることもなくこっちに挨拶をしてから自分の席に座る。
……これはまさかコンタクトにしていつもとは違うところをアピールしているとか?
顔はそのままなのにそれだけで多少は変わってくるからなかなか新鮮さがあるが。
「今日は富田さんもいるんだね」
「おいおい、俺もいるだろ?」
「え? あ、うん、それはそうだけど……」
「ちょいその反応は傷つくわ……」
「ち、ちがっ、別にそういうつもりで言ったわけじゃ……」
うわ、余裕がない男子ね。
こういうときも余裕を持って対応できないと駄目になる。
ちなみにこれは男子の部分を女子に変えたら私にも該当するから人のことは言えないというのが現実だった。
「牧ちゃんは緒方君のことが苦手なの?」
「ううん、本当にいまのは富田さんがいるんだな~というぐらいの気持ちで言っただけだから」
「だよねっ、緒方君は無害って感じだから大丈夫だよねっ! というか、そうじゃなかったら涼華に近づこうとしていた時点で消しているからね!」
涙目でこっちを見てきたから冗談だから安心しなさいと言っておく。
智子に限ってそんなことはありえない。
何故なら彼女自体が私といることは少ないからだ。
ただまあ、それは彼女が悪いのではなく私が香奈恵といすぎているからというのもある。
「なんの話をしていたの?」
「涼華になにかをするなら消しているからねっ、って話だよっ」
「そ、それって私もなの……?」
「ううんっ、涼華は松島さんのことが大好きだからねっ」
ごちゃごちゃしすぎるから牧と緒方、私と智子と香奈恵というグループに別れた。
去年までは智子とだけこうして話しているのが普通だったのに小さなきっかけひとつでこんなに変わるんだから飽きるようにはなっていないようだ。
友達がひとりしかいない状態だったから
「今度は焼きそばを食べに行こうっ」
「それなら香奈恵に作ってもらった方がよくない?」
そういうのでもいいから松島家に行く理由がほしかった。
幸い松島母からは許可を貰っているから行きやすいし。
それに完全に任せるのではなく手伝うことをすれば一方的でもなくなる。
「ふふふ、そんなに松島さんと一緒にいたいんだ?」
「そうね、好きだから」
もうそこは変わらないことだから強がっても仕方がない。
あ、これはあくまで人間性が好きなだけだから別におかしくはないわけだし……。
「でも、私もお邪魔したら邪魔じゃないかな?」
「私は大丈夫よ、そういうことなら今日はお買い物に行きましょうか」
「行こう! あ、私も作って彼氏~にあげようかな~」
まあそれでも別にいいから放課後はとにかくそういうことになった。
で、買い物には私と香奈恵だけで行くことに。
「どうせなら香奈恵の家族の分も作らないとね」
「そうね、その方がきっと喜んでくれるわ」
「そういえば専業主婦ではないのよね?」
「ええ、お父さんより短い時間だけどスーパーで働いているわ」
スーパー……ねえ。
幸い贔屓にしているここにはいないだろうから助か、
「いらっしゃいませ」
……お会計さえ済ませてしまえば誰が店員だろうと関係ない。
が、もう少しで終わるから待っていてほしいと言われて言うことを聞くしかなくなった。
「あ、あそこで働いているなら言いなさいよっ」
「この前涼華はここに通っていると言っていたじゃない? だからもう会っているものだとばかり思っていたのだけれど……」
「は、初めて会ったわよ、つか見た? あんたのお母さんの顔」
明らかにこいつ……という感じの顔をしていたんですけど。
この前だって渋々折れたみたいなものだし、やっぱりまだ納得できていないんだ。
それでも娘のために、娘に嫌われないためにああするしかなかっただけで。
「特に怖い顔はしていなかったと思うけれど……」
「いやいや、あれは絶対に私を認めていない顔でしょ」
「そうかしら? あれから結構あなたの話をするのよ?」
「絶対に悪く言われているでしょそれ……」
ある程度のところで仕事が終わった松島母が出てきた。
何故か娘を先に歩かせて母は私の横を歩いている。
「まさか抱きしめるとは思わなかったわ」
「……正直に言うと学校では多くしています」
「もしかしてそういう意味で好き、ということだったの?」
付き合いたいとかそういうことではない気がする。
でも、香奈恵がそういうつもりで求めてくるなら私は受け入れる。
それをそのまま言ったら母は黙ってしまった。
「おっかえりー!」
「……この子は?」
「私の友達です、名前は――」
「富田智子ですっ、よろしくお願いします!」
「そう、上がっていきなさい」
その後は慌てるようなことにもならずに平和で楽しい時間だった。
意外だったのは楽しそうな智子を見て母が笑っていたことだ。
厳しい人というわけではないんだなあと分かった日となった。
「じゃ、智子を送らなきゃいけないから」
「私も行くわ」
「いいわよ、あんたを送らなければならないじゃない」
「嫌よ」
母が許可をしてくれたからなのかあまり言うことを聞いてくれなくなってしまった。
これまではかなり我慢して私と一緒にいたのかもしれない。
それにしてもなにをそんなに気に入っているのかという話だ。
彼女に比べればちんまりとしていて魅力と言える魅力もないのに。
「智子、家に着いたわよ」
「ん……かえる……」
「うん、また明日ね」
自分と同じぐらいの身長だから何気に背負って歩くのは疲れた。
腕をぐるぐる回して、首もゆっくり回して。
「わぷっ、な、なによ……」
「お母さんが許可してくれたのが嬉しかったのよ」
学校でだって同じクラスで前より一緒にいる時間を増やしているのにまだ足りないとか言い出しそうで怖かった。
私はそれだけで満足できているからこの件に関しては偉そうに言うことができる。
多分あれだろう、これまで我慢してきたことが多いからこその行動、言動なのだ。
「あ、そういえば焼きそば、美味しかったわよ」
「あれはソースの力だから」
「まあそうだけどさ」
私が作っても同じぐらいの感じになる。
それでも彼女が作ってくれたってことでまあ少し変わってくるというか……。
しかも彼女の家でご飯を食べるなんて初めてだから新鮮だった。
ご飯を食べている間も足元でレオが歩き回っていたから可愛くて仕方がなかったし。
「牧も緒方もあんたのことが気になっていたんだけどね」
なのにこんなことをしてしまっている。
どちらも複雑なところはあるだろうが、それを表に出して攻撃を仕掛けてきたりはしないからなんとかなっているところはあった。
恋なんてそんなものだと言われたらそれまでかもしれない。
だけどねえ……。
「今日はもう帰るわ、お父さんとも話したいし」
「ええ、分かったわ」
もうすっかり当たり前になった彼女を送るという行為をして家へ。
毎日ほとんど同じことの繰り返しなのに何故だか嫌な感じはしなかった。
寝ることが少なくなった。
だって心配になるし、富田さん的にも気になるだろうから。
だから寝ること、というか、突っ伏すことが減って誰かと話していることが増えたのはいいことだとしか言いようがない。
ただ、個人的には……。
「ちょいちょい」
「え、珍しいわね、あなたから来るなんて」
「うん、今日智子は牧達と盛り上がっているからね」
彼女はこちらの腕を掴んで歩き始める。
一月以前ならこれはありえない行為だった。
私達は同じ教室内にはいてもほとんど関わってことなかった。
それは彼女が先程も考えたように寝ていたからではあるし、私が勇気を出せていなかったからというのもあるし。
何故かは分からないけれど行けなかったのだ。
「あのね、マジで同棲するかもしれないのよ」
「それって桜……さんよね?」
「うん、毎日言っていたらお父さんもなんかその気になってきてさ」
彼女と仲がいい大人の女性。
何年も一緒にいるみたいだから彼女的にもいてほしいのだろう。
そうでもなければお父さんのためとはいえこんなことは言わないはずだから。
でも、やはり彼女は意地悪だ。
「また家に来てよ、お父さんも会いたがっているから」
「ええ、そうさせてもらうわ」
桜さんと話をしてみたい。
どうやら彼女のお父さんのことを気にしているみたいだけれど。
それでも仲のいい相手と楽しそうにされているだけで複雑になる。
「私はあなたを独り占めしたいわ」
「はは、あんたって本当に私が好きね」
「好きよ、そういう意味で好きよ」
近づくときには勇気が必要だったのに告白はそれを必要としなかった。
簡単に内から出てくれた、彼女は複雑な表情で固まってしまったけれど。
「そろそろ戻るわよ」
「ええ」
それぞれ別れて自分の席に着く。
五分ぐらいして授業が始まったから一旦そちらに集中をする。
集中力には自信がある方だから問題なく終えることができた。
が、何故か涼華の方を見たら恥ずかしくなってしまったから廊下に逃げることに。
「松島さーん」
「富田さん」
もう三ヶ月は一緒にいるのに未だに名字呼びだった。
それはそうしたくないとかではなく、仲良くなれていないからとかではなく。
ただ、なんとなくこのままでいいような気がした。
「焼きそばを食べさせてもらったから次は私がステーキを焼いてあげるよ」
「ふふ、楽しみにしているわ」
名字呼びのままでも仲良くなれる。
けれど私は……。
「なに目が合ったのに廊下に逃げてんのよ」
「誰の話?」
「こいつよこいつ、この無表情娘さんよ」
「えー、松島さんは全然無表情じゃないよー」
やはり彼女に対してだけはそう思えない。
そもそも触れたいとかそういう風に考えたことはなかったのだ。
「それより智子、私にもステーキを食べさせなさいよ?」
「うんっ、大きいお肉を焼いてあげるよっ」
「あ、多分エネルギー摂取制限をしているから香奈恵には少なくね」
「駄目だよっ、松島さんは細すぎて心配になるぐらいだもんっ」
「いやいや、この細さにこの胸の大きさだから最強なんでしょ」
でも、富田さんがいるから我慢することができた。
慌てることはない、きっと彼女は向き合ってくれると考えてふたりの話を聞くことに集中したのだった。
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