06話.[作れるわよね?]

「渡辺」

「んー? あんたか」


 香奈恵のことを気にしていた男子がやって来た。

 彼は前の席に座ると思いの外真剣な顔でこっちを見てきた。

 これは多分、次の人間が見つかった、というところだろう。


「牧ってよくね?」

「まき? 誰?」

「おいおい、横の席の女子だぞ?」


 ああ、香奈恵のことが気になっていると言っていた子か。

 残念ながらその日の内に振られてしまったわけだが、うん、あの少女を好きになった人間は上手くいかない呪いでもかかっているかのようだった。


「つか、なんで私に言うの?」

「恋愛相談に多く乗っているって富田から聞いたから」

「言っておくけど未経験よ? 経験したことないなりに考えて言っているだけ」

「それでも他者の意見って参考になるだろ? で、どうすれば仲良くできると思う?」

「そんなの話しかけるしかないでしょ、まあ今日はもう無理だけど」


 左右を見てももう誰もいない。

 そりゃそうだ、だってもう十八時を過ぎているわけだし。

 じゃあなんで残っているんだと問われれば、あのとき勢いでしたことを後悔しているからに決まっている。

 ……会いたくなったのはまだいい、でも、抱きしめるのは違うだろう。

 しかもあれで満たされてしまったのが普通に恥ずかしいという……。


「あ、そういえば今日は松島といなかったよな、喧嘩でもしたのか?」

「そういうのじゃないわ」

「そうなのか? まあ、喧嘩とかだったら早く仲直りした方がいいぞ、渡辺は松島といられているとき凄く楽しそうだからな」


 香奈恵が幸せそうとか、私が楽しそうとか。

 そりゃまあ楽しくないことはないが、他者になにが分かるのかという話だ。

 智子みたいに一緒にいる人間から言われるのなら納得できるものの、ただ遠目から見た人間に言われるのはなんだか複雑な気持ちになる。


「よし、アイスでも食うか」

「ん? え、私を誘ってんの?」

「当たり前だろ、行こうぜ」


 無駄に抵抗しても仕方がないから付いていくことに。

 私はコンビニ派ではなくスーパー派だからそこは付き合わせたが。


「スーパーの方が安いのは知っているけどついついコンビニで買っちゃうんだよな」

「まあ時間のことを考えればそれでもいいんじゃない?」


 私は少しだけでもお金を浮かせられればとケチなところがあるだけだし、他にしたいことがたくさんあるということならそれでもいいと思う。

 何気にお気に入りのここは家から遠かったりもするしね。


「俺、渡辺って面倒くさがりかと思ってたんだ」

「んー、間違っていないんじゃない?」

「でも、実際は違かったから関わってみないとやっぱり分からないよな」


 遠目から見ているだけでは分からないことばかり。

 私も香奈恵があんな感じの人間だったとは分かっていなかったし、相手に興味があるなら積極的に近づいてみるべきだろう。

 ただ、やはり気をつけなければならないのは積極的だとか大胆だという言葉で自分の行動を正当化してしまうことだ。

 彼はもう前科があると言ってもいいぐらいだからね。


「この前は助かったよ、腕を掴んでからやっちまったって思ったけどもう引くに引けなくてな」

「あ、お前っ! とか言ってきたけどね」

「そ、それは悪かったよ」


 ゴミをちゃんとゴミ箱に捨てて帰路に就く。


「渡辺さんだ」

「あんたなにやってんの?」


 正直に言って私服姿になると地味な感じがする。

 私なんかそれに負けないぐらいのレベルだから人のことは全く言えないが。


「本屋さんに行ってきたんだ。というか、今日は男の子といるんだね?」

「うん、あ、用事を思い出したから任せるわ」

「「え」」


 最初ぐらいは協力してあげないとね。

 これは香奈恵関連のことではないから堂々と動くことができる。

 まあ彼女からすれば微妙な行為かもしれないが。


「ただいまー」

「おかえりなさい」


 変な人はスルーして手を洗ってからリビングへ。


「おかえり、今日はなにかあったのか?」

「ごめん、なにもないのに遅くになっちゃって」

「別にいいよ、いつも涼華にはやってもらっているからな」


 ソファに座ってこっちを見てきている変な人を見る。

 もうすっかり家族みたいにこの家に居座っていた。

 いちいち付き合ったり結婚とかしなくても同棲みたいな感じで満足できそうな感じ。


「入ってきてくださいよ」

「う、うん」


 どうやらスルーされてしまったから歓迎されていないように思えたらしい。

 私なんていつもこんな感じなんだから気にしなくていいのになにをしているのか。

 大胆なようでそうではない、そんな人だった。


「できたぞ」

「あ、運びますっ」

「おう、頼むわ」


 家での時間はなかなか楽しい時間になっていた。

 やっぱり桜さんが明るいというのが大きい。

 私と父だけではこうはならないからこれからもいてほしい。


「桜はもう少し落ち着けばいいんだけどな」

「え、私は元気いっぱいでいいじゃないですか、それになにより可愛げがありますし!」

「まあそこは否定しないけどな」

「うぇ」


 あ、それでもこういう面は微妙かも。

 すぐにふたりだけの世界を構築するし、なんてことはないことで桜さんは固まりすぎ。

 というか父も思わせぶりなことを言い過ぎだった。

 学生時代もこうやって振り回してきたんだろうなと想像してしまった日となった。




「涼華」

「なんかさ、あんたが涼華って名前の方がいい気がしない?」

「え?」

「いや、なんでもないわよ。それで?」


 昨日は来なかったのに今日来たのはなんでなのか。

 私はあのまま来なくなると思っていたけどね、そうぶつけておく。


「……あなたがあんなことをするからじゃない」

「会いたくなったんだから仕方がないでしょ」

「そうなの……?」

「うん、それでお父さんに言ってみたら行こうってことになってさ」


 そこから先は本人も知っているから言う必要はない。

 しかしまあ、抱きしめたときに分かったが格差が……。

 なんで同性なのにここまで成長率が違うのか分からない。


「ま、あんたが出てくれたことはナイスとしか言いようがないけどね、あんたの家族が出たら喧嘩を売っているみたいになっちゃうし」

「本当にたまたまだったけれど……」

「それでもよ」


 あそこに近づくとレオに会いたくなるのが難しい点だと言える。

 あと、最近は父と桜さんがいちゃいちゃしすぎていて私は必要ない気がするし。

 ひとり暮らしをするかどうかは分からないものの、もしそういうことになったら猫を飼おうと決めているぐらいだった。


「どばー――」

「普通に来なさい」


 このクラスになってから分かったことは智子の友達が多いということだ。

 さすがに去年と同じぐらいとまではいかないが、香奈恵もまた上手く新しいクラスメイトとも楽しそうにやっているからすごいとしか言いようがない。

 もうそういうのは才能だと思う。

 ふたりがいなかったら私は三年間ひとりだったことだろうな。


「涼華っ、松島さんっ、お好み焼きを食べに行こっ」

「お好み焼き? なんで急に?」

「いいお店を見つけたんだ~」


 桜さんと協力して作っているときも楽しそうだから今日は外で食べることにした。

 それにお好み焼きはかなり好きだから食べに行かなければ損だ。

 で、食べてみた感想は、


「美味しかったわ、でも、わざわざ行かなくてもいいわね」


 これ、そこまで行ってよかった! って感じではなかった。

 正直ソースとマヨネーズ頼りの食べ物だからなのかもしれない。

 これがお肉とかだったらまた違ってくるんだろうけどね。


「えー、お店だからこそのよさもあると思うけどっ」

「例えば?」

「フライパンを洗わなくて済む」

「それは大きいわね」


 洗い物をよくする身としては確かにそういう面で見るのもいいのかもしれなかった。

 お金を払えばご飯が出てきてお腹を満たすことができるわけだから悪くはないか。


「私はあなた達と行けたことがいいことだと思うわ」

「なるほど、確かに家族以外の人間と食べることってそうないしね」


 そこそこ強気な値段設定だからそこに引っかかりすぎて嫌な感じになってしまった。

 高いお金を払って美味しくない料理を出されたわけではないんだからこれでいいんだ。

 ふたりが優しかったからよかったものの、そうではなかったらいまので確実に言い合いになって終わっていたことだろう。


「それに部活終了時間に近づくからねっ」

「ふっ、あんたにとっては全部それね」

「うん、涼華や松島さんと過ごす時間も大切だけどやっぱり、さ」

「いいわよ、行ってきなさい」

「うんっ、また来週にねっ」


 父も明日は休みだから任せたというのもある。

 父も休みなら桜さんもそうだから楽しくやってほしい。

 というか一緒にいるだけではなく遊びにでも行ってくればいいと思う。


「送るわ、怒られてほしくないし」

「もうその件は大丈夫よ」

「駄目よ、私がそうなってほしくないから言ってんの」


 彼女はそう片付けていても両親はそうじゃないはずだ。

 口うるさく言ってくるだろうし、それを言われるのは彼女なんだからはいそうですかとスルーできるわけがない。

 だから先程のあれもちゃんと許可を貰ってからにしたわけで。


「あくまで許可を貰ったのは私達と外食に行くことだけ、それ以外は許可を貰っていないんだから帰るしかないのよ」

「それなら明日……」

「許可を貰えたらね。あ、言っておくけど私的にはいつでも来てくれればいいと思っているから勘違いしないでよ?」


 よし、家の前まで送って今日の任務を終えた。

 私はそのまま帰ることはせずに中途半端なところで足を止めて頭を叩く。

 ……いまの発言とかこれまでを考えればかなり恥ずかしいことだ。

 でも、恥ずかしさはあっても事実だから後悔はしていなかった。


「帰ろ……」


 いまの私にはいちゃいちゃしているふたりが救いだった。

 変にこちらに触れてこないし、なにより楽しそうだから吹き飛ばせる。


「ふたりは仲良しねー」

「そうか?」「そう?」

「うん、お似合いのふたりよ」


 もう同棲したらみたらどうかと思った。

 今回は思うだけではなく本人達に言っておいた。




「桜さんが住みそうなのよね」

「それってこの前の女性……よね?」

「うん、お父さんのことを気に入っているからさ」


 何気に来る度になにかを置いていくのが常のことだった。

 父もそれを把握しつつもなにも言わない毎日となっている。


「あー……レオに会いたい」

「でも、警戒しているから」

「分かっているわよ」


 何気に土曜は約束通り遊んだからレオ欲以外は満たされている状態だった。

 だからつまりその……私的には彼女といられればいいわけで。

 なんでこんな気に入ってしまっているのかは分からないが、ま、強がってひとりで居続けるよりはいいことだと思いたい。


「で、レオは元気?」

「ええ、ぴょんぴょん跳ねているわよ。あ、ただ最近は色々なところに登ったりして不安になるわね」

「はは、可愛くていいじゃない」


 大きくなったら甘えてくれることもなくなるかもしれない――の前に、私のことなんてあっという間に忘れてしまうことだろう。

 だからいいのだ、会えない方が寂しさもあまり感じなくて済む。


「レオがいてくれるだけで寂しさもなんとかなるから大きいわ」

「えー、そこは私じゃないの?」

「え……」

「いやいや、その反応はマジで傷つくんだけど……」


 結局、仲良くはないのかもしれなかった。

 いやマジでいまの反応は胸を抉った。

 一緒にいても仕方がないから廊下に出て歩くことに。

 

「別にいいか」


 桜さんが家に住むなら父的にも嬉しいだろうし、なにより私だけじゃないということに安心することができる。

 父もできるが何気に家事スキルが高い人だからそれこそ妻みたいな感じで見ることだってできることだろう。

 可愛げのある異性が甘えてくれる現実なんて理想みたいなものだし、間違いなくいい方に傾くはずなんだ。

 あと、私だと力になってあげられないから桜さんには頑張ってほしかった。

 それができるだけの力がある、それに先輩と仲良くしておくのは仕事の面でもいいはずで。


「す、涼華」

「んー」


 振り向いてみたら不安そうな表情を浮かべた香奈恵がいた。

 なんかむかついたから頬を引っ張っておくことにする。


「気にするな」

「へも……」

「ふっ、その顔と変な声を聞けただけで十分よ」


 仲を深めたところでなにがどうなるというわけではない。

 相手が動いてくれなければどうしようもないからこれでいい。

 ……自分の中にあるこの変な感情を抑えることで精一杯で大変だから。


「私のお父さんが褒めていたわよ、大人びていていい子だって」

「そう……なの?」

「私はだからこその苦労がありそうだって言っておいたけど」


 ……私みたいなのが近づいて来るからいいことばかりだとは言えない。

 事件などに巻き込まれることがあるぐらいなら普通ぐらいが一番だろう。

 美人すぎるというのもそれはそれで問題という面倒くさい世の中だった。

 なんて、誰であってもそういう可能性があるからなんとも言えないが。


「だからまあ、なにかがあったら吐いておきなさい。私でもいいし、信用できないのであれば信用できる相手にすればいいし」


 とか言っちゃっている時点で昔の私とは違うんだなと。

 必死、ではないものの、私は彼女に気に入られようとしてしまっている。

 もちろん悪いことではないが、やっぱりこの変化には慣れないのが正直なところだ。


「私はもっとあなたといたいの、学校だけではなく、外とかお家とかで」

「でも、私の家で過ごすのも駄目なんでしょ?」


 そのかわりに外に食べに行ったりするのは許可してくれている。

 ただ、そこまで余裕があるわけではないから毎日食べに行くのは現実的ではない。

 そもそもそれだとありがたみというのが薄れてしまうから行けない方がいいのだ。


「前にも言ったように私はあんたが怒られるようなことにはなってほしくないわ」

「……けれどそれを我慢すればあなたと会えるということなら――」

「駄目」

「涼華っ」

「触れていいからそれだけは駄目」


 それが繰り返されていけばきっと彼女は離れることを選ぶ。

 もう一月とは違うからそれは嫌だとはっきり言える。

 気に入ってしまったわけだからもう仕方がないと片付けるしかない。

 だからそのうえできちんと考えて動かなければならないのだ。


「いいの……?」

「うん、あんたに触れられているときはなんかあれだし」

「それなら……」


 廊下だと人が来る可能性があるからいつものところへ移動。

 

「許可を貰えたらまた来なさい、ご飯ぐらいなら作ってあげるから」

「……どうせならあなたに来てほしいわ、レオもずっと待っているの」

「あれ、そういえばあんたはご飯とか――作れるわよね」


 お弁当だって作っているって言っていたんだからなんでいまさらそんなこと聞いたのか。

 それでもなにかひとつぐらいは勝っている部分があってほしい。

 恥ずかしさを感じる回数では勝っているだろうが、どうせならプラスの面でそうであってほしかった。


「今度はあんたの作ったご飯が食べたいわ」

「ええ、それなら次は必ず」

「うん、あとは……もう一回泊まってほしいかな」


 夜になると結構寂しかったりもする。

 それは父と桜さんが上手く楽しくやっているからだろうと判断している。

 私的には相手が同性だろうと関係ないから彼女さえよければ……。


「智子がいてもいいけど今度はその……」

「もしかして……」


 ここで揶揄するぐらいでいいんだっ。

 本当に意地悪だったのは彼女だった、ということになる。

 両親から遺伝していることも多いだろうからSな面もありそうだ。

 まあ、私に冷たい反応をされたくなくて口にはしていないだけだろうが……。


「戻るわ」

「あ、それなら私も」

「ま、授業はまだ残っているからね」


 あと数時間頑張れば今日もまたゆっくりできる。

 ご飯は今日桜さんが作ってくれるみたいだったからかなり楽しみだった。

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