05話.[寝ることにした]
「もう出ていけっ」
なんでこうなってしまったのか。
いや、さすがにしつこすぎたのだろうと片付ける。
とりあえずは横で泣いてしまっている桜さんを慰めることに専念した。
「今日はもう帰りましょう」
「……うん」
あ、ちなみに私も一緒に追い出されたわけじゃなかった。
放置は自分より年上とはいえ可哀想だったから出てきたことになる。
で、家まで送って帰ってくるつもりがご飯を作ることに。
もう慣れっこだから食材を使用させてもらってぱぱっと作って今度こそ帰路に――就こうとしたら抱きしめられて動けないという……。
「……今日はずっといて」
「電話でもいいから謝りましょう、このままだと気まずいですよね?」
「無理、もう絶対に話してくれないもん……」
そんな極端な人じゃない。
謝れば分かってくれるし、ちゃんと寄り添ってくれる人だから。
だから悪化するよりも前に謝っておく必要がある。
私から見ても今日の絡み方は少し自分勝手だった。
ぐったりしているのも変わらないし、仕事だけで精一杯なのかもしれないし。
「謝りましょう」
「……じゃあ電話かけて」
「分かりました」
電話をかけたらすぐ出てくれて、どこにいるのかと聞かれて普通に答えた。
そうしたら帰ってこいと言われたものの、その前にしてもらわなければならないことがあるから桜さんに代わる。
余計な言い訳をせずに謝ったのがよかったのか、平和な感じで終えることになった。
「……来ていいだって」
「はは、それなら行きましょうか」
「うん、あ、今度は調子に乗っていたら止めてね」
「はい、大丈夫ですよ」
正直送り迎えとか大変だから今度はしっかりやってほしい。
父の横にいたいならなおさらなことだ。
「ただいま」
「おかえり」
「私は休むから」
「おう、桜はちょっと来い」
「は、はい……」
前もそうだがなんでほぼ未経験の私がこんなことをしなければいけないのか。
それにしても恋か、どうなるんだろうなあと内で呟く。
異性からのそれは小さい頃を除いて一切ないからこのままのようにも見える。
ただ、同性からというか、香奈恵からのそれがそういう意味なら……。
「涼華、いまからなにか食べに行こう」
「え、さっきご飯食べたでしょ?」
「なんか怒鳴ったら腹が減っちゃってさ」
暇だから付き合うことにした。
あのまま部屋にいるとごちゃごちゃ考えすぎて徹夜~とかになりそうだったから。
入ったお店はラーメン屋さんだった。
ラーメンなんてめったに食べないから今日は少し無茶をして豚骨ラーメンを注文する。
お金は父が払ってくれるみたいだからありがたく食べさせてもらおう。
「桜、ちょっとやるよ」
「い、いいですよ、私の分も頼ませてもらったんですし……」
「遠慮するなっ、いいから食べろっ」
「は、はいぃ!」
父的には難しいか。
後輩の視野を狭めるようなことにはさせたくないだろうし。
しかも自分はバツイチだからそこもずっと引っかかり続けると。
「そもそもよー、いつも全く考えずにべたべた触れてきやがってー」
お酒を飲んでいるのもあって今日の父はいつもの父らしくなかった。
だけどそう、父だって我慢しているんだ。
魅力的な異性がアピールしてきたらほとんどの確率で揺れてしまうはずで。
さっきまでは桜さんがうざ絡み的なことをしていたのに今回は父にされていた。
「そろそろ迷惑になるから帰るわよ」
「あー……いつも悪いなー……」
「いいから、あ、桜さんが支えてあげてください」
「う、うんっ」
で、途中のところでまた香奈恵と出会った。
香奈恵はこういうところがあるから心配になる。
強気に出られないから誰かに来られても引っ張られて終わりそうだ。
「あんたこんな時間に出歩くのはやめなさいよ」
「少し嫌なことがあったの」
「ふーん、じゃあ吐きなさいよ」
父は桜さんに任せたから問題ない。
というか、あんなに酔ったりしない人なんだ。
ほぼ演技みたいなところだと言った方が伝わりやすいかな。
「親と喧嘩してしまったのよ」
「理由は?」
「……最近、あなたを多く連れてきているからみたい」
「なるほどね、ま、そこは私が行かなければいいんでしょ?」
レオの問題ではなくそこで問題視されるとは思わなかった。
まあでも香奈恵の両親=厳しそうな感じというのができあがっていたから違和感はあまりないと言える。
「あと、泊まりに行ったことが問題になったみたいね」
「両親に嫌われないように気をつけなさい、幸いなにを直せばいいのか分かりやすい指摘なんだから簡単よね」
もう行かないと決めていたんだから丁度いい。
友達の両親から嫌われるなんて最悪な展開にはならないようにしないといけないのだ。
嫌味を言われても嫌だしね、それだったらレオも含めて諦めるのが一番。
「送るから帰りなさい」
「でも……」
「遅くまで出ていたらそれこそ文句を言われるわよ」
彼女を家の前まで送って帰路に就いた。
面倒くさいことに巻き込まれるぐらいならひとりでよかった。
「渡辺さん」
「ん? あんたは……あ、横の席のか」
「うん、ちょっと気になることがあって」
名字も名前も全く知らないが問題もないだろう。
いやでも仕方がない。
だって初日は一緒のクラスになってしまったことでごちゃごちゃしていたから。
「松島さんって女の子が好きなの?」
「は?」
「い、いや、なんとなくそう思っただけだけど」
楽しそうに見えたりするのは同性だからだ。
そこに恋愛感情とかそういうのはないと思う。
だって異性と付き合ったぐらいなんだからさあ。
まあそれを知らない彼女からしたら仕方がない発言なのかもしれないが。
「で、仮に香奈恵が女子好きだったらなんなの?」
「……いやその、魅力的だからそれだったら嬉しいなって」
「あんたが女子好きって話?」
「お、女の子だけじゃなくて」
「ふーん、所謂バイってやつなのね」
過去に男子と付き合ったことがあるといらない情報を教えてくれた。
でも、結局香奈恵と似たような感じで振られてから縁がないから寂しいらしい。
私はいま近づけないようなものだから友達にでもなればいいんじゃないだろうか。
その先のことは頑張ってもらうしかない。
「で、香奈恵のどこを気に入ったの?」
「綺麗で優しいところかな」
「そ、じゃあまあ最初だけは手伝ってあげるわ」
クラスメイトと盛り上がっていた香奈恵の腕を掴んで連れてくる。
「え」と困惑している彼女に連れてきたからと言って任せた。
なんかその後はいづらいから廊下に出て時間をつぶすことに。
もしこれで上手くいっても家族問題は変わらない気がする。
今度はあの子について香奈恵がちくりと刺されるだけだ。
しっかし、ちょっと遊んだ程度で怒るというのはいかがなものかと。
大事なひとり娘だからこその対応なのかもしれないが、寧ろ縛ることによってなにもかもが駄目になりそうだった。
大体そういう人間というのは限度を知らずに、○○のためを思って言っているとか自分の行為を正当化するのが普通だからな。
これまで言ってきてなかったうえでこれならいまさらすぎるし、これまで言ってきていたうえで香奈恵があんな感じに育っているのだとしたら本人が我慢強いなと褒めるしかない。
「……ちょいちょい、いきなり後ろから抱きしめられたら驚くんですが」
「私の方が驚いたわよ、いきなり腕を掴まれて運ばれたんだから」
「あの子が興味あるらしかったからね、最初ぐらいはと協力してあげたのよ」
実はこれもまた弊害だったりする。
以前までの私ならこんな余計なお節介は絶対にしなかった。
智子が相手ならともかくとして、全く知らない相手に対しては絶対にそうだったから大袈裟に言っているわけでもない。
……ほぼ二年一緒にいた智子とのときはこんなことはしなかったのに彼女と出会っただけで私は変なことばかり……。
「あんたのせいで私は恥をかいてばかりね」
「恥ずかしいことなんてなにもしていないでしょう?」
「いやほら、余計なことばかり……」
「私はそう思っていないから安心しなさい」
いまだってなんか思い切りこの前みたいに抱きしめたくなってしまっていた。
相手に対してここまでの影響力があるのならなんで過去、彼女と付き合った男子はつまらないと切り捨ててしまったのだろうか?
もしかしたら彼女が嘘をついている可能性がある。
寧ろ積極的に、大胆にいきすぎていて離れられてしまったのではないか、と。
「……ま、あんたがよければ向き合ってあげなさい」
「断ってきたわ」
「は? 友達にぐらいなってあげても――」
「どういうつもりで近づいて来ているのか、それが分かったからよ」
いやそれにしたってまだなにも言っていないのに、とりあえずは友達から仲良く~というところで断られたら悲しいだろう。
私だったら勇気を出した結果がそれならもう二度と動くことはしない。
そりゃその気がないなら断った方がいいのは当然と言えば当然だが……。
「空き教室に行きましょう」
「……まあいいけど」
手伝っておきながら裏で彼女とこういうことをしているっていいのか……?
あ、いやまあ、キスとかそういう踏み込んだ行為では――抱きしめるのもそうか。
もちろん、抱きしめているのではなく抱きしめられているだけだからセーフにしてもらいたいものだが。
「……あなたは意地悪なところが多いわよね」
「は? なんで私が?」
彼女の要求は多く受け入れてきた。
私が意地悪な人間ならレオはああして甘えてきてはいないと思う。
猫とか動物なんかはそういう雰囲気に鋭いみたいだし。
頬を思い切り引っ張ったり、思い切り抱きしめたことがそれに該当するということなら別に言い訳をするつもりはない。
意地悪認定されるのはむかつくが、それをされても特にデメリットがないから。
「あの女性といるところを見たときも、あの男の子といるところを見たときも、私は嫉妬したというのにあなたはあくまで通常運転だったわよね」
「それはまあ桜さんはお父さんの後輩だし、あの男子にはたまたま出会っただけだしね。しかも後者に限ってはやめろって言ったぐらいなのよ? なんでそれで嫉妬するのよ」
仮に私のことが気になるとしてもおかしい話だ。
だって毎日必ず一回は智子と話して過ごしていたわけだし。
「私は両親に嫌われることになってもあなたとずっといたいわ」
「ちょいちょい、なにもできていないどころか迷惑しかかけてないのにどこをそんなに気に入っているのよ」
「ふふ、あなたは謙虚よね」
ああ、恋は盲目というやつか。
まだ好きだとかそういうことではないだろうが、もう近いそれになってしまっている。
智子にだって可愛げがないと言われるぐらいなのに彼女からはどう見えているんだ……。
「両親に嫌われると面倒くさくなるから言うことを聞いておきなさい」
「嫌よ」
うん、言われると思った。
なので、この話はもうこれで終わりにしておいた。
離れようとしたら余計に力を込められたからなすがままとなっておいた。
「なあ、涼華よ」
「なによ?」
「涼華よ……」
「だからなによ?」
父にしては珍しく面倒くさい絡み方だった。
もう食事も入浴も終えているのに珍しくずっとリビングにいる。
まあこれは冬が終わったというのも影響しているかもしれない。
「……実際、桜と付き合ったらどうなると思う?」
「正直、楽しくなると思うわよ?」
「でも、俺は四十三なんだぜ? 桜はまだ二十六だ」
「そこは桜さん次第だとしか」
でも、そういう事情を分かったうえで桜さんはアピールしてきているわけだ。
しかも今年だけではない、ずっと前から同じような感じでいる。
ただ、今年こそは決めようと動いていることは分かった。
桜さんと同性の私としては余計なことを気にせず、受け入れられるなら受け入れてあげてほしいとしか言いようがない。
こんなこと思うのは私があの人のことを好いているからだが……。
「バツイチとか年の差とか、そういうことは一旦忘れてみたらいいんじゃない? 学生時代の恋愛みたいに、ただただ相手のことだけを見てさ」
……だからなんで未経験の私がこんなことを言わなければならないのか。
これ以上はなにも言えないからこちらも終えている身として部屋に戻った。
「あーもうなんでこうなるのか」
香奈恵は香奈恵で物好きなやつだしさ。
つか、一月から話し始めてまだ三ヶ月も経過していないというのになんだあれは。
去年から実は仲良くなりたかった~みたいなあれだったとしても、あの大胆な行動力なら一切気にせずに動いてそうなものだ。
だが、いま会いたくなってしまっている自分が一番あれだったという……。
「散歩してこよ」
リビングでぶつぶつ呟いていた父に声をかけてから外へ。
「たまには炭酸ジュースでも買うか」
「……なんで来ているのよ」
「家にいると逆に疲れるからな」
分かる、そう思ってしまったのでこれ以上はなにも言わないでおいた。
自動販売機やコンビニだと高いからわざわざスーパーで買ってふたりで飲んだ。
「はぁ、美味しいな」
「うん」
ごちゃごちゃを吹き飛ばしてくれるような力があった。
だけど会いたいという欲は消えてくれなかったという結果に。
「お父さん、この前の子のことなんだけどさ」
「ん? ああ、松島ちゃんか?」
「うん、なんか会いたくなってね」
「でも、この時間から行くのはな……」
それ、もしいまから行こうものなら直接喧嘩を売りに行っているようなものだ。
だから我慢するしかない、が、それをすればするほど会いたくなるという……。
「よし、行くか」
「え?」
「物凄く会いたいって顔をしているからな」
父は腕を組みつつ「松島ちゃんが忘れ物をしていたから届けにきたとか嘘を言っておけば許してもらえるだろ」などと言って笑っていた。
……こういう緩いところは本当に好きだった。
怒ることなくすぐに協力してくれるところが。
「こんばんはー」
「あれ、あなたは涼華の――」
長々と話すような趣味はないから正面から抱きしめてその場を離れた。
後ろで父が謝罪をしている声が聞こえてきたがそれすら無視して歩き続けていた。
「いやー、まさか涼華があんなことをするなんてな」
「お父さんも桜さんにこうがばっといってみたらいいじゃない」
そういえば父の前だったことももはやどうでもよかったな。
それこそこっちの方が冷静ではいられていない可能性がある。
「いや俺の場合はセクハラ認定されて終わるだけだろ……」
「あの桜さんの感じで?」
「……それでも許可を貰えない限りはできないよ、あいつのことが大切だからこそ適当にはできないからな」
いやもう両思いでしょこれ……。
大人には難しさがあるのかもしれないが、その一歩を踏み込んでくれないとこっちがモヤモヤして仕方がない。
「それにしても松島ちゃんは大人びてるな」
「そうね、だからこその苦労とかもありそうだけど」
思わせぶりな行為をしているわけでもないのに男子が勘違いして付いてくる。
思わせぶりな行為をしているわけでもないのに私みたいな女子も付いてくるかもしれない。
だから守ってやりたくなるが、私が近づかないことが一番あの子のためになるというもどかしい感じだった。
「でもさ、そんな松島ちゃんが涼華といられているときは凄く幸せそうなんだよな」
「いやそんな娘贔屓な発言はいらないから」
「いやいや本当だってっ」
「いいから帰るわよっ」
今度こそ家に着いたら部屋に戻って寝ることにした。
明日の準備は既にしてあるから朝に慌てることになることもない。
……初めて顔ではなく全体を抱きしめた。
彼女はよくああしてくるが、なんとなく気持ちが分かってしまったような気がする。
「香奈恵……」
いぃ!? な、なに乙女みたいなことしてんのっ。
いまので相当気持ちが悪くなったからさすがにやめて寝ることに専念する。
もうだいぶあの子のペースに乗ってしまっているようだった。
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