04話.[怖いことばかり]

 終業式も終わって解散となっていた。

 これでもうこのクラスの人間とはお別れということになる。

 その中には香奈恵もいるが、前も考えたように別のクラスになれた方がいいだろう。

 そうしないといままでの私らしさを貫くことができなくなるから。


「涼華、帰りましょう」

「そうね」


 残っていても仕方がない。

 早く帰ってもあまり意味はないが。

 横を歩く彼女はいつも通りな感じだった。

 智子は彼氏を待ったりすることが多いからあれからこうすることも多かった。

 私としては彼女がいてくれればいてくれるほどレオと会えるから得しかない。


「レオが会いたがっているから来てちょうだい」

「うん」


 なんか少しずつ大きくなっているような気がした。

 私の足に登るのも大変そうだったのにいまではもう慣れたものでひょいひょいやって来る。

 あ、いい方に傾いているのは間違いなく彼のおかげでもあるな。

 このもふもふに触れているだけでごちゃごちゃした思考も吹き飛ぶというもの。


「大きくなっているわよね?」

「そうね、元気もよくて安心できるわ」


 レオを撫でているときの顔が好きだった。

 弱点、そう言っていた理由が分かる気がする。

 こんな顔を男子が見ていたら簡単に惚れてしまうかもしれない。

 だから猫を愛でるにしても家族であるレオだけにしてほしかった。

 だってまたあんな絡まれ方をしているところを目撃したら余計なお節介をしてしまいそうだから本人に自衛してもらうしかない。


「あんたも最近は私といるときに暗い顔をすることはなくなったわよね」

「それはあなたがいてくれるからよ」

「はは、違うでしょ、私に頬を引っ張られたくないからでしょ?」

「ふふ、そうかもしれないわね」


 この距離感が崩れるのはそう遠くない話なのかもしれない。

 彼女は依然としてモテるから付き合い始める可能性もあるし、そもそも彼女がこちらに飽きて来なくなる可能性がある。

 あと、変にレオと会っていると会えなくなったときに寂しくなるからこれで最後にしようと決めていた。

 そうと決めたのなら長居は危険だ。


「な~」

「ありがと」


 頭を撫でて、お礼を言ってから家をあとにする。

 一月や二月と比べたら暖かくて速歩きになることもない。


「ただいま」

「おっかえりーっ」

「お父さんは……?」

「リビングにいるよんっ、さあさあほらほら行きましょう」


 三月の始めから桜さんは毎日来るようになった。

 父はそれからなんかぐったりしている毎日となっている。

 いまだってソファに寝転んで精神力回復に努めているようだ。


「桜さんはお父さんのことが好きなんですか?」

「え、えー! そんな訳がないじゃん!」

「じゃあなんで来ているんですか?」


 学生時代から一緒にいるわけではなく会社で出会ったと父から聞いていた。

 それなのにこうして来るということはもうそれにしか見えない。

 それを言うと父は絶対に否定するが、家に入れている時点であれだしね。


「そ、それはあれだよっ、涼華ちゃんがひとりで可哀想だなってっ」

「寂しくなんかないですよ? それに桜さんが来ると食材を多く消費することになりますし」

「うぐっ……」


 そのタイミングでぬらりと父が体を起こして桜さんを睨んでいた。

 とはいえ、追い出すことはしないから父的にも歓迎しているというわけだ。

 あれなのかなと、社内恋愛をすると別れたときに面倒くさいからなのかもしれない。

 父なりに抗っている、というところか?


「涼華、今度来たときはこいつ、追い出していいからな」

「素直になりなさいよ」

「おいおい、涼華まで変なことは言わないでくれ」

「いい相手じゃない、相性だって間違いなくいいわ」

「うえ……どこをどう見たらそう見えるんだよ」


 まあ決めるのは本人達だから父が作ってくれていたご飯を食べた。

 もういっそのこと泊まったらどうだと提案してみたら嬉しそうに頷いていた。

 もちろん父はうへぇという顔をしていたが。


「桜、泊まるのはいいけどちゃんと暖かくして寝ろよ」

「やっさしーですね!」

「うるさい。涼華、俺はもう寝るから」

「うん、おやすみ」

「おやすみ」


 私はお風呂に入って部屋でゆっくりしようと思う。

 やっぱり部屋にいられているときは休まるからなるべくここにいたいような、そうではないようなという感じ。


「涼華ちゃん、ちょっといいかな?」

「はい、大丈夫ですけど」


 この感じは桜さん的には本気なのかもしれない。


「渡辺先輩と仲良くしたいんだけど……どうすればいいかな?」

「桜さんは積極的にいられているじゃないですか、それで十分な気がしますけど」

「でも、いつも怖い顔で帰れって言われるだけだから……」

「社内恋愛はリスクがありますからね、それに父は結婚して離婚しているわけですから……」

「私は確かにそういう経験はないけどさ、別に私的にはなにも問題は……」


 全部ぶつけて、なにを言われても一緒に居続けるしかない。

 でも、下手をしたらそれが逆効果になるかもしれないから難しいと。

 それにもうこれぐらいの年齢だと結婚まで考えなければいけないし……。

 って、なんで未経験の私がこんなこと考えなくちゃいけないんじゃ。


「馬鹿なこと言ってないで早く寝ろ、明日も仕事があるんだから」

「……そもそも渡辺先輩のせいですからね?」

「はぁ、いいから寝ろ」


 でもでもだってを繰り返す桜さんを連れて父は部屋から出ていった。

 確かに明日も仕事があるんだから早く寝た方がいい。

 早寝して早起きしたのならすっきりもするだろうしね。

 だけど私は二時間ぐらいゆっくりしてから寝た。




「これでよしっと」


 春休みなのをいいことに掃除をした。

 自分の部屋だけではなく台所とかも含めて全部。

 調理器具を使うのはほとんど私だから使いやすい場所に置いたりとかね。

 智子や香奈恵からは連絡もきていないからこういうことでしか時間をつぶせないのだ。


「そうだ、買い物に行かなきゃ」


 運良く外でばったり出会う、とかないだろうか。

 自分から誘うのは恥ずかしいからそういう力に頼るしかない。


「うわ……」

「ん? あ、お前っ」


 だが、ばったり会ったのは香奈恵を連れて行こうとしたあの男だった。


「あんたさ、なんであんなことしたわけ?」

「……いつまで経っても松島が振り向いてくれないからだよ」

「いやいや、そんなことしたら逆効果でしょうが」


 やっぱりやけになっていたらしい。

 つまりそれはあのときの選択は間違っていなかったということになる。


「本当になにやってんだか」

「……やっぱり駄目だったよな」

「そうね」

「難しいよな」


 そりゃそうだろう。

 そういうつもりで振り向かせるなんて簡単にできるわけがない。

 簡単にできるのであれば赤ちゃんや幼稚園、保育園児以外は付き合い始めている。


「なあ、なんかいい方法知らないか?」

「知らないわよ、私なんてそういうことしたことないし」

「でも、最近はよく松島といるだろ?」

「それにしたって情報は吐けないわよ」

「だよなあ」


 私としては悪いが一緒にいてほしくないと思う。

 勢いでああいうことをしてしまう人間はきっと同じようなことを繰り返すから。

 まあ……話してみた限りではそんなに悪い奴でもなさそう……かなと。


「悪いことは言わないから香奈恵は諦めなさい」

「……確かにみんなにとっていい人間だってだけだからな」

「そうね、特定の誰かに対してだけってわけじゃないもの」


 だからそこを勘違いしてはいけない。

 優しくされたら、あんな笑顔を見たら、異性だったら負けてしまうかもしれないが。

 同性の私だって意外と固まるときがあるぐらいだ。

 あと、何気に見てほしくないとか……なんか独占欲を働かせている自分がいる。


「でも、やっぱり恋はしたくね? 高校を卒業したらチャンスもあんまりないだろうし」

「別にそれは自由だけど引っ張ったりするのは駄目よ」


 よくない行為を積極的だとか大胆だという言葉で偽ってはいけない。

 あんなの女子側からすれば怖いとしか言いようがない。

 例えば幼馴染とかだったら全然普通だろうが、そうじゃないから。


「だな、それは渡辺の言う通りだ」

「あれ、あんた知ってんの?」

「富田から聞いたからな」

「なるほどね、っと、スーパーに行くから」

「おう、気をつけろよ」


 ぱぱっと買って帰路に就いた――はずなのだが。


「食材をしまわなくちゃいけないから離してほしいんだけど」

「嫌よ」


 なんか香奈恵が急に現れて拘束してくるという謎の展開に。

 どうやら先程のそれを見ていて納得できなかったらしい。

 私は逆に止めてあげたというのになにを勘違いしているのか。


「どういうこと?」

「香奈恵はやめておきなさいと言っておいたわ」

「それはありがたいことね、あんまり強気に出られないから……」

「そ、だからまあ次が現れない限りは大丈夫よ」


 冬だろうと春だろうと劣化が怖いから家を目指した。

 拘束されているならそのまま連れて行ってしまえばいい。

 食材をしまえれば私としてはどうでもいいわけだから。

 決めたこともあって彼女の家には行けないものの、別に彼女といることは禁止にしているわけではないからこれでいいんだ。


「そういえばあんたは大学に行きたいの?」

「そうね、両親から行った方がいいと言われているから」

「へえ、まあなんか最近は当たり前みたいな風潮があるわよね」


 父はそういうことに関してなにも言ってきたりしない。

 さすがに三年生ということもあって相談してみたが、自由にすればいいと言うだけで変わることはなかった。

 別に学びたいことがあるわけではないし、大学卒しか受け入れない世界というわけではないから私は無難なところに就職したいと思う。


「私なんて授業以外のときはなるべくゆっくりしたいけどね」

「結構楽しいわよ?」

「そう思えるあんたが羨ましいわよ」


 私の学生時代の思い出は家事を頑張って覚えた、ということだ。

 父がお世辞で美味しいとか上手とか言ってくれる度に複雑さを覚えて、放課後になったらすぐ帰って修行をしていた。

 中学は部活があったからあれだが、思えばいまより帰宅時間が被って温かい料理を振る舞うことができていた気がする。

 とはいえ、高校でもやろうとは思わなかったし、敢えてその時間まで外で時間をつぶすというのも現実的ではないからどうあってもいまと変わっていなかったかなと。


「あ、仮に別のクラスになった場合は無理して来なくていいから」

「同じクラスになれるように願いなさいよ」

「私としては甘えちゃうし、調子に乗っちゃうから別のクラスの方がいいんだけどね」


 からかってはいけないとか考えておきながら彼女相手には簡単にそれをしてしまった。

 抱きしめたりとかだって智子に対しても全くしたことがないのになにをやっているのか。


「いいじゃない、調子に乗ったって」

「いやそれで被害に遭うのあんただからね?」

「いいじゃない、私は受け入れられるわ」


 駄目だ、彼女は私に対して冷静な対応ができていない。

 智子を見習った方がいい、あの子はあれでいて冷静に対応できる。

 こっちが間違っていることをしていたら指摘できるぐらいだ。


「暖かくなってきたからどこかに行く? 散歩とかさ」

「ここでいいわ」

「そう? なにもすることないけど」


 まあ本人がそう言うならいいかと片付けた。

 なんだかんだで家にいるのが一番だからね。




「ふふふ、新しいクラスになりましたなー」

「そうね、私とも仲良くしてちょうだい」

「うんっ、よろしくっ」


 ……結局、ふたりと同じクラスになるという最悪の結果になってしまった。

 もちろんそのことを出したりはしないものの、初日からなんとも言えない気持ちに。


「もう終わったから歩いてくるわ」

「私も行くー」

「それなら私も」


 どうあっても逃げられなさそうだから受け入れておいた。

 智子が先頭で、私と香奈恵は後ろを歩いていた。

 しかしまあ彼女はいい匂いがするものだ。


「高いシャンプーでも使ってんの?」

「いえ、六百円ほどの物ね、あ、ボディーソープも」

「ふーん」


 こういうのでも異性は引っかかりそうだ。

 だからその気がないのにそうなってしまう彼女はある意味加害者であり、被害者でもあるという感じか。

 いやまあ、なにをしたわけでもないのに勘違いする方があれだが。


「あなたの望みとは真逆の結果になったわね」

「まあもう仕方がないから受け入れるわよ、それにあんたや智子といるのは好きだしね。私が気になっていたのは調子に乗ってしまうことだから」


 自分から頻繁に抱きしめるようになったらやばい。

 自分から膝枕をしてとか言うようになったらやばいだろう。

 でも、彼女に対してはしてしまいそうで怖い。

 なんかこう……変な力が働いているような気持ちになるんだ。


「涼華ー! 松島さーん! 早く早くー!」

「いま行くー」


 智子が同じクラスにいるならふたりきりの機会も減るはず。

 だったら最近と同じようなことにはならない。

 やってはいけないのは空き教室や家でふたりきりになること。


「あっ、呼ばれたから帰るねっ」

「気をつけなさい」

「うんっ、明日から――あ、月曜日からよろしくー!」


 もうわざとそうしているんじゃないかとすら思えてくることだった。


「今日は私の家に来て」

「……嫌、レオに会わないって決めてるから」

「どうして? あれだけ気に入っていたじゃない」

「だってあんたと関わらなくなったらあのもふもふに会えなくなるのよ? それなら慣れてしまう前に離れた方がいいじゃない」


 関われば関わるほど、目の前から消えてしまったらとてつもないダメージになる。

 もうあのときと同じような思いは味わいたくない。

 誰かに消えられるぐらいなら私が消えてやるぐらいの覚悟でいるぐらいだ。


「涼華」

「……あんたってわがままよね、あのときの男子と変わらないわ」

「いいから行きましょ」


 ……数分後には負けて松島家のリビングにいた。

 しかもレオはいつものように足に乗ってきてしまっている。

 なんで家族である彼女が近くにいるのにこっちに来るんだろう。


「レオも物好きよね~」


 存在しているだけでどうしてここまで他者を癒やしてしまうのか。

 私なんて下手をすれば他者を不快にさせるだけだというのに。


「つか、なんかちょっと太ってない? いいご飯ばっかり貰っているんでしょ?」

「な~」

「はは、幸せ者ね」


 父にとっては桜さんがそういう存在になってくれればいいと思う。

 それに私は桜さんが好きだし、いきなり家族になっても全く問題ない。

 ご飯とかも一緒に作れたら多分かなり楽しいはずだ。

 あ、お母さんになるならもうちょっとぐらい落ち着いてほしいが。


「お風呂とか一緒に入ってんの?」

「毎日というわけではないけれど」

「あんたに洗ってもらえるとか男子からすればやばい話ね」

「レオは水が苦手ではないから洗面器のお風呂で落ち着いていたりするのよ?」

「ほう、あんた可愛さもあれば度胸もあるのね」


 家にこういう存在がいてほしいと思うし、最後は悲しくなるだけだからいなくてよかったと思うし、最初から別れのときのことを考えていることが馬鹿らしいし、いやでも命を預かるということなんだから適当では駄目だし。

 やっぱり私にとっては怖いことばかりだった。


「つか、なんでいま当たり前のようにスルーしたの?」

「……別にスタイルがいいというわけではない――」


 黙らせておいた。

 それでスタイルがよくないのであれば私なんか木より価値がないと思う。

 木は家とかに有効活用できるわけだが私の方はね……。


「でも、レオは私の胸の上では寝やすいわよね~」


 いまの発言でダメージを受けた。

 なにをやっているのかとツッコまれそうだが……。


「帰るわ」

「ま、まあまあ、まだいられる時間じゃない」

「じゃああともうちょっとだけね」


 次は絶対にここには来ないっ。

 ……私は自分の言ったことをいつになったら守れるようになるのだろうか。

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