03話.[微妙な人だった]

「涼華ちゃんちょっといいかな」

「え、なんでまた来ているんですか?」


 父の後輩の女の人、名前は小池さくら

 私としては狙っているように見えるし、ただご飯を食べたいから来ているだけのようにも見えるという微妙な人だった。


「お父さんなら寝ていますけど」


 今日は帰ってくるなり「寝る」とだけ口にして寝室に消えた。

 だからひとりでご飯を食べて洗い物とかを済ましてからゆっくりしていることになる。

 ちなみに現在の時間は十九時ぐらいだから遅すぎるということもない。


「渡辺さんってどういう食べ物が好きなの?」

「んー、味が濃い物が好きですね」


 とにかくお肉が食べたいと毎日言ってくるが、そこは作る身としてはそうはさせず。

 作っている私が考えてしないといけないから結構大変だった。

 それでも文句を言わずに食べてくれるから私としては救いというか、嬉しいというか。


「送りますから帰ってください」

「はーい……」


 しっかしまあこれはあれか。

 桜さん的には父はあり、なのかもしれない。


「あら」

「お、委員長じゃない」

「こんばんは」


 これはまた珍しいところで珍しい出会い方をした。

 どうせならと連れて行くことにする。

 どうせ外をうろちょろ歩いていただけだし、予定という予定はないだろう。


「涼華ちゃん、この子はどなた?」

「クラスメイトです」

「え、お友達……とかではなくて?」

「さあ、それを決めるのは彼女ですから」


 何気に桜さんの家が近いのもいい気がする。

 これなら一緒に帰ってこれるし、父だって心配だろうから送るだろうし。

 そうしたら自然と一緒にいられる時間が増えるから悪くないはず。

 って、お前は自分の心配をしろよって話なんだけども。


「次に来るときは連絡してからにしてくださいね」

「はーい、あ、お友達ちゃんもまたね」

「はい、さようなら」


 任務も終わったから帰る――ことはせずに委員長と過ごすことにした。

 いまさら外にいた理由を聞いてみたら駄菓子屋に行って帰ってきたところらしかった。

 駄菓子屋なんて十七時までしか開いていないのになんでこんな時間まで? とは思いつつも、口にすることはせず。


「ちょー!? 急に引っ張られたら怖いんですけどっ?」

「私は友達のつもりだったけれど」

「わ゛、分かったから耳元で囁くのはやめなさい」

「そういえば弱点だったわね」


 でも、わざとしてくることもなく離してくれた、体だけは。

 何故かこちらの手を握って満足そうな表情を浮かべている彼女がいる。


「もう少しで三年生になるわね」

「一緒のクラスになれるといいわね」

「はは、あんた私のこと気に入りすぎ」


 私としては委員長と智子、そのどちらとも別のクラスでいいと考えている。

 理由は彼女達が近くにいると甘えてしまうし、調子に乗ってしまうからだ。

 ここまで別々のクラスで頑張ってきたんだから三年もそれを貫きたい。

 委員長と話すようになってからはまだ一ヶ月程度だからカウントしないというだけ。


「先程の女性はお母さんかと思ったわ」

「お父さんの後輩よ」


 この前はあんな反応をしていたが何気に関わりがあった。

 実は前々から一緒に過ごしたりすることがあったのだ。

 あんなことを言ってしまったのはその前に再婚云々の話をしていたから。


「ああいう気さくな感じの人って尊敬するわ」

「は? あんた私に嫌味言ってんの?」

「え……?」

「あんただってそうじゃない、だからあんたと周りの人間はいたがるんでしょうが」


 はぁ、泣いたり変なことを言ったり嫌な人間だ。

 けど、私といられる人間なんてこれぐらいでないといけないのかもしれない。


「私はにこにこしてるあんたは好き、でもね、暗い顔をしているあんたは大嫌いよ」


 固まっている彼女の額を突いて現実に引き戻す。

 なんにもない人間に比べたら遥かに幸せな人間なのになに弱気になっているのか。


「私といるときはどうしてそうなっちゃうのよ、他の人間といるときはにこにこで楽しそうなのにさ」


 自惚れだが悪い影響を与えているんじゃないかって不安になるんだ。

 その点、智子は全くそういうのを出さなかったから安心することができた。

 だが、彼女の場合はそれができていないから……。

 私だって不安になったりする、いや、誰よりもそんな感じだ。

 だから一緒にいるときにどちらかと言えば暗い顔をされると気になる、むかつく。


「……まあいいわ、今日はもう帰りなさい」


 家まで送ってひとり帰路に就いた。

 私といることでそうなるならいない方がいい。

 幸い彼女にはたくさんの友達がいるんだし、なにより楽しめるんだからそれでいいだろう。

 私の方はたまにでも智子が来てくれればそれで十分だから全然構わない。


「ただいま」

「どこに行ってたんだ?」


 おっと、玄関のところに腕を組んだ父がいた。

 さすがに娘がいないと不安にもなるか。

 声をかけてからにすればよかったと少し後悔。


「桜さんを送って帰ってきたのよ」

「えぇ、普通は送られる側だろ……」

「はは、まあ心配になるからいいのよ」


 お風呂に入って気を休めた。

 あのままだとむかつくし、どうにかなりそうだった。




「すっずかー!」

「なにかいいことでもあったの?」

「え」


 今日は全体的に雰囲気が違った。

 いつもの元気なところは変わらないが、うん、言葉では説明しづらいなにかがある。


「ふふ、ここだけの話なんだけどさー」

「うん」

「松島さんが男の子と歩いていたんだ、しかもふたりきりで」


 なんだ、それのことか。

 私はてっきり朝からキスをしてもらえたとかそういうことだと思ったけど。

 それかもしくは昨晩に激しく愛してもらったとか、そういう風にね。

 でも、実際は全然なことだった。

 それに委員長は魅力的なんだからそりゃ委員長のことを気にしている男子のひとりやふたりはいるでしょうよ。


「おはよう」

「おっはよー!」

「おはよ」


 こうして朝の挨拶をするのも当たり前になっていた。

 もうすぐにこのクラスも終わってしまうからどうなるのかは分からないけど。


「ねね、男の子といたけどどういう関係なの?」

「友達……かしら」

「そうなんだっ? まあでも最初はそんな感じだからなー」

「そうね」


 別に不安そうな顔をしているわけでもなく学校時の彼女そのものだ。

 余裕を感じるような顔、私の好きな委員長のそれ。

 これを続けてくれれば私が偉そうに言う必要もなくなる。

 あと、私といる必要もなくなるわけだ。

 そうすればこれまで通り、自分らしさというやつを貫ける。

 誰かといることだけが人生の過ごし方ではないから。

 の、はずだったのだが。


「嫌がっている女子を無理やり連れて行こうとするとかありえないから」


 放課後、そんなことをされている委員長を見つけて口を挟んでしまった。

 いやでも明らかに嫌がっていたし、ここで見て見ぬ振りとか最低だろうし。

 彼女は人がよすぎるから強気に対応することができていなかった。

 とにかく、彼女の腕を掴んで反対側まで逃げてきたことになる。


「あ――」

「ごめんっ、余計なことをしたっ」


 腕を離してひとりさらに逃げ出した。

 教室に戻ったら鞄をひったくるように取って急いで昇降口へ。

 靴に履き替えたらそこからも走ることは忘れない。


「恥ずかしすぎでしょあれ……」


 もし勘違いだったら余計なお世話もいいところだった。

 委員長にその気があったら変な人間と関わっているということで一緒にいてもらえなくなるかもしれない。

 しかも私よりもしっかりしている委員長を助けようとするとか……。


「ちょっと待ったーっ」

「智子っ、付き合いなさいっ」

「わ、分かったっ」


 また意味もなく海まで歩いた。

 付き合ってもらっている智子には悪いから温かい飲み物を買って渡した。

 これでも元気でいてくれているのが本当にありがたい。


「涼華はここが好きだねー」

「ごめん、明日ご飯でも奢るから」

「この飲み物だけでいいよ」


 それだけではあれだから絶対に奢らせてもらう。

 あと、逃げてしまったから委員長に対してもそうしよう。

 恥ずかしいことをしてしまったのは確かだが、逃げたままでいる方が恥ずかしい。

 しかも私が恥ずかしい存在なのはいつものことなんだから開き直った方がいい。


「どうしたの? 言えることなら話してほしいかなって」

「委員長関連でちょっとださいことをしただけよ」

「松島さん? うーん、どんなことだろう……」


 もういい、そのことについては自己解決している。

 結局こうして自分で解決させるのに他者を巻き込んでしまうからなにかをしなければならなくなってくるというのに学んでいないのは恥だが。

 そして、私の能力だと返すのも結構大変だという現実が襲ってくると。


「……ま、男子に腕を掴まれていたから今度は私が腕を掴んで逃げてきたというだけよ」

「えっ、それってどういう状況っ?」

「さあ、ちゃんと事情も聞かずに逃げたから」

「いますぐ帰ろう、私が直接聞いてくるから」

「分かったわ」


 長くいつづけても冷え切るだけだから大人しく従った。

 だって智子は関係ないし、これで風邪を引いてしまったら可哀想だ。

 家を知っていなさそうだったから委員長家まで案内してから家に帰宅。

 これでも父の帰宅時間に被らなくて済むから慌てなくていい。

 ご飯を作ったら取り込んだ洗濯物を畳んだりして父の帰宅を待つ。


「ただいま」

「ただいまー」

「なんでお前が家に入ってきてるんだよ」

「いいじゃないですかっ、こんなに可愛い後輩が来てくれているんですよっ?」

「自分で言ったらお終いだ」


 父は桜さんに対して結構厳しい態度を取る。

 そこは舐められないようにしているのだろうか?

 会社から離れた状態でも会社のときの態度が染み付いてしまっているとか?


「涼華、いつもありがとな」

「そんなこと言ったらお父さんはいつも頑張ってくれているじゃない」

「それは当たり前だ、でも、涼華は文句を言わずに頑張ってくれているからな」


 やだやだ、こういうのが一番私にとって嫌なことなのに。

 それでも嫌な空気にしたくなかったから黙ってご飯を食べた。

 桜さんはお父さんのご飯を食べたうえに客間で寝てしまったが。

 やっぱり私からすれば父を狙っているようにしか思えなかった。




「涼華、ちょっと来て」

「は? え? なんで名前呼びになってんの?」

「いいから来て」


 付いていきながら昨日のあれは正しかったのか? と考える。

 こうして彼女から近づいて来るということは悪くはなかったということなのだろうか。


「昨日はありがとう、本当に助かったわ」

「無理やり言われると微妙なんだけど?」

「無理やりなんかじゃないわよ、私がどれだけあなたに感謝しているか……」


 どれだけ感謝しているかって大袈裟すぎだろう。

 私は事情も理解できていないのに無理やり腕を掴んで逃げただけ。

 もし勘違いだったのだとしたら本当に最低な行為になりかねなかったというのに。

 ……でもまあ、元々あれだからと片付けたわけだから余計なことは言わないでおく。


「で、それで名前呼び?」

「いえ、元々名前で呼びたかったのよ」

「まあ自由にすればいいけど」

「あなたもあんたとか委員長とかではなくて香奈恵と……」


 私もそうだがあんまり名前と人間性が合っていない気がする。

 それとこれとは関係ないから名前で呼ぼうと決めた。

 にしても、彼女の反応的にやばいことをしようとしていたってことなのかね。

 どこに連れて行くつもりだったのかは分からないが。


「春休みになったらあなたのお家に泊まりに行ってもいい?」

「は? 別に春休みじゃなくてもよくない?」

「え、いいの?」

「春休みに泊めるのといま泊めるのとでなんか違いある? 問題があるとすればあんたがいなくてレオが寂しがるってことだけでしょ」


 父のご飯を作らなければならないから私が泊まりに行くのはなしだ。

 どうしてもってことなら父が休みのタイミングで行くしかない。

 正直に言うとレオの可愛さにはいつも敗北するからまた触れたくなっている状態で。


「あ、そうそう、放課後は予定を空けておきなさいよ?」

「どうして?」

「……昨日迷惑をかけたからご飯を奢ってあげるわ、智子にもお礼をしなければならないから智子もいるけど我慢して」


 もちろんご飯を作ってからの話だ。

 今日泊まりたいということならそのまま家まで連れ帰るからいい。

 そのことを話してみたら「それなら……」と今日来るようだった。

 智子にもこの休み時間中に話した結果、智子も泊まりたいみたいだったから三人になった。

 というわけで放課後になったらすぐご飯を作って、


「外食なんて久しぶりね」

「そうなの? 私は家族と行ってたよ」

「私も外で食べることはほとんどないわね」

「ふたりは似ているねー」


 飲食店に来て注文して食べた。

 お金は結構かかったがお礼とお詫びができてよかったと思う。


「久しぶりに涼華のお家ー」

「わ、私は初めてだけれど……」

「落ち着きなさい、別になにもないわよ」


 さっさとお風呂に入らせておく。

 香奈恵はともかく智子はすぐに眠たくなっちゃうからそうしておかないと後悔するから。

 私は洗い物をしたり洗濯物を畳んだりしているだけでお腹も落ち着いてきてよかった。


「ぐがー……ぐがー……」

「ふふ、もう寝てしまったわね」

「そうね、智子らしいわ」


 父は気を使っているのかさっさと部屋にこもってしまっていた。

 智子は気にせずにわあわあと話していたものの、香奈恵の方は慣れない場所だからなのか口数が少なかったぐらい。

 私でも彼女の家に行くとき緊張したわけだから無理もないのかもしれないが。


「あんた、さっきは落ち着かなさそうだったわよね」

「ええ、富田さんとは学校でしか話さないし、あなたのお家に来たのは初めてだったから。それにあなたのお父さんには申し訳ないことをしてしまったからね」

「いや、喜んでいると思うわよ? 私が智子以外の人間を連れてきたんだから」


 智子を引っ張り戻したときなんてにやにやしていたから。

 しかも去り際にはうんうんと頷いていたりしてちょっとあれだった。

 こういう点は悪いことだと言えるかもしれない。

 私が日々誰かを連れてくるような人間であれば揶揄されることもなかったわけだし……。


「そう……なの?」

「それに私はあんたといると安心できるから好きよ? そうでもなければ泊まることを許可したりしないしね」


 っと、ちゃんと相手をしてあげないと。

 とりあえず部屋のベッドまで運んでから戻ってきた。

 リビングには父も来るかもしれないから客間に彼女を連れて行く。


「倒し方は優しいけど毎回これをされるのはちょっと」


 過去の経験があるから積極的にいこうということなのだろうか?


「今日はマイナス寄りではないみたいね」

「あなたに誤解してほしくないから」

「まあ、私といるときにああいう顔はされたくないわね、綺麗なんだから単純にもったいないわけだし」


 この前とは違って優しく頬を掴んで引っ張ってみた。

 こんなことで嬉しそうな顔をするのは……Mだからだろうか。


「あんたもいるならレオにもいてほしいわね」

「今日は私で満足してちょうだい」

「まあいいか、ご主人様にはこうして自由にできるわけだし」


 この前より遥かに弱い力で顔を抱きしめてみた。

 やはり大したことのない腹筋力のせいで結構大変だったりする。


「あなたは結構甘えん坊なのね」

「それはあんたじゃない?」

「ふふ、確かにそうかもしれないわ」


 離して普通に座った。

 そういえば何気に私服姿を見るのは初めてだったりする。

 ふーん、やっぱり美人だからなにを着ても似合うな。

 私なんか全く買っていないから未だに数年前に買ったやつを着ているぐらい。


「ん~……」

「あれ、起きた――ぶごっ!?」


 ……智子に比べれば私なんてまだ可愛いものだ。

 何故ならこんなアタックはしないから。


「松島さん、涼華を独り占めしたら許さないから」

「なに言ってんのよ、彼氏に浮かれて来ないときもあるくせに」

「だって……なんか複雑なんだもん」


 気にしなくていいわと香奈恵には言っておく。

 面倒くさいことになるからいまだけはしっかり智子の相手をしておいたのだった。

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