02話.[問題はなかった]

「はぁ」


 教室が賑やかで本当に助かっていた。

 ここまで部屋みたいに静かだったらやっていられないから。

 それでなんとなく委員長を見ていたときのことだった。


「ばーん!」

「ぐぇ」


 智子の元気さもいまの私にとってはいいことだ。

 今日はこめかみ攻撃もせずに抱きしめておいた。

 途中で彼氏がいたことを思い出して離したが。


「今日も涼華は暗いねー」

「お父さんに迷惑をかけてばかりだからね……」

「たまに話すけど、嬉しそうに涼華の話をしてくれるよ?」

「それはお世辞というか、無理やり言ってくれているだけよ」


 彼女は自分の娘じゃないんだからそりゃ態度には気をつけるはず。

 父は彼女のことをよく知っているから悪くなんて言うはずがない。

 相手が大人だろうと間違っていることは間違っていると言えてしまう子だから。

 アホ可愛いように見えて私よりも遥かに優秀だった。


「あ、そういえば最近は松島さんに興味があるみたいだね」

「私が?」

「うん」


 松島香奈恵かなえか。

 いまも複数の人間と一緒にいる委員長を見てみた。

 冷たそうに見えてそうではなく、にこにこといい笑みを浮かべて楽しそうだった。


「昨日、委員長の家に行ってきたわ」

「そうなの? 私以外の人と過ごそうとするなんて珍しいね」

「うん、なんか急にそういう話になってね」


 レオは凄く可愛かったからまたいつか行きたいと思っている。

 委員長と仲良くなることが目的ではなくレオと仲良くすることが目的――なんてね。

 多分、話すことはあっても仲良くなることはない気がした。

 私にだけいい人間というわけではないから。


「私をそんなに見てどうしたの?」

「は……あんたさっきまであっちにいたのにどういう能力よ」

「富田さんが呼んでくれたの」


 なんか教室でいるのは恥ずかしいから廊下に連れ出す。

 智子は勝手に付いてきてくれたから普通に助かった。


「積極的ね」

「……そういうのじゃないわよ。つか、来てよかったの? あんたと話したい人間はいっぱいいるように見えたけど」

「ええ、だから優先したんじゃない」

「私はレオをまた見たかっただけよ」

「ふふ、魅力に負けてしまったのね」


 猫相手に無駄な抵抗をするほど馬鹿なことはない。

 私には必要な癒やしなんだ。

 考えることはどうしてもやめられないから仕方がない。

 そのせいで寝られないときもあるからそういうのに頼るしかなかった。


「松島さんって凄く綺麗だねっ」

「え、あ、ありがとう」

「羨ましいなー、私もそれぐらい綺麗だったらあの子をもっとメロメロにできるのになー」

「あの子?」

「智子には彼氏がいるのよ、で、いつもこんな感じで盛り上がっているわけ」


 中学一年生の頃から付き合っているらしいから相当相性がいいんだろう。

 喧嘩したとかそういうことも一切聞かないから多分この先もずっと続く、はず。

 それで私達の両親みたいに結婚までいくのかもしれない。


「意外ね、どちらかと言えばあなたに彼氏がいそうなのに」

「はい? え、なんで?」


 私に彼氏なんかできるわけがないでしょうが――とまで考えて、小さい頃に告白されたことを思い出した。

 あれは間違いなく罰ゲームとかそういう類の行為ではなかった。

 だけどそのときには既に母が去った後だったからそれだけで精一杯ですぐに断った。

 思えばそのときからごちゃごちゃ考えてしまっていたのか……。


「富田さんは奥手そうだと思ったからよ」

「去年からしか関わっていないけどそれはありえないわ、智子は私なんかより遥かに強いわよ」

「うん、だって積極的にいかないともったいないから」

「そうなのね」


 逆に言えばそれがあったからいままで特に問題もなく生きてこられたと思う。

 悪口とかも全く言われたことがないし、自分の情けなさに腹が立つだけで他者に対して悪い感情を抱いたこともない。


「あっ、そういえば約束を思い出したから行ってくるねっ」

「行ってきなさい」

「また行くからねー」


 考えることをやめる、か。

 いまの私がそれをしてしまったらもっと駄目になりそうな気がする。


「付き合っていたことがあるの」

「だろうね、あんたはみんなから求められているんだし」

「でも、三ヶ月ぐらい経過した頃につまらないからという理由で振られてしまったわ」

「つまらない、ねえ」

「手を繋ぐことぐらいしかできなかったのよ、それが相手にとっては不満だったみたいね」


 三ヶ月もその関係のままなら抱きしめるぐらいはしてもいいと思うけど。

 カップルによってはキスだってしているだろうし、その先のこともしているだろうし。

 でも、だからってそれが間違っているとも言えない、慎重になる人間だっているだろう。

 だけど相手がどんどん仲を深めたい人間側で、合わなかったということだ。


「私も変えなければいけないと日々考えていたわ、でも、結局できなかったの」


 簡単に変われるのなら苦労はしない。

 私は使えなかったから家事を覚えられるまで相当父に負担をかけた。

 嫌な顔をせず、寧ろ笑顔で根気よく教えてくれた父だったが、あれだったらまだ自分ひとりでやっていた方が疲れなかったことだろう。

 それでもいまとなっては一ミリぐらいは力になれている気がする。

 無理だからと諦めずにやり続けたからこうなっているわけで、努力をしないような人間にはなりたくないと話とはあまり関係ないのにそう思った。




「今日も残っているのね」


 一週間が経過しても未だに委員長は私のところに来ていた。

 智子と同じで放っておけないのかもしれない。


「課題をやっているのよ、どうせならあんたも付き合いなさい」

「そうね、その方が楽になるからやっていこうかしら」


 同じようなことの繰り返しなのに飽きることがない。

 自分には依然としてむかついているが、死にたいと思ったことはない。

 それはやっぱり智子がいてくれるからだし、あんまり認めたくないが委員長がいてくれるからだった。


「この前なんであんなことを私に言ったわけ? 信用できる相手にだけああいうことを言うべきだと思うけど」

「言わなければいけない気がしたのよ」

「そういう話を聞かされてもそうなのね、しか言えないわよ」

「なにかを言ってほしくて口にしたわけではないわ」


 それでもそれを聞かされる側はなにかを言わなければならなくなるわけで。

 そこはちゃんと考えなければならないところだ。

 私だって全てを智子に吐いたわけじゃない。

 言っていいことと言ったら迷惑をかけること、それをちゃんと理解できている。

 だから二年の冬まで一緒にいられているはずなんだ。

 とにかく、彼女のそれは相手によってはそこで亀裂が入ってしまうようなことだった。


「やめなさいよ」

「なにを?」

「あんたはいつでもしっかり者ってイメージなんだから弱音を吐くのは」


 少なくともこんなのに吐くことじゃない。

 なんか彼女には自分にとって眩しい存在のままでいてほしかった。

 大して会話もしたことがないのに何故かこだわっている自分がいる。


「吐くにしてもいま言ったように信用できる人間相手だけにしなさい――っと、終わったからもう帰るわ」


 家に帰りたくないとかそういうことは一切ないからこれでいい。

 すぐに帰らなかったのは寒い外に対しての覚悟が足りなかったのと、家で課題をやるのは面倒くさいからだった。

 家事をしたらすぐに布団にこもるのが最近の決まりだから。


「待ちなさい、私も帰るわ」

「お好きにどうぞ」


 こたつとかエアコンとかそういうのは使用していない。

 ただ、私がそれを徹底していると父ももったいないからということで使用しなくなるのが問題だった。

 あくまで父がいるときだけは使用してもいいと思う。

 私がそうしていないのは電気代を少しでも減らすためだから。


「もうバレンタインデーね」

「あんたはみんなにあげそうね」

「去年も求められたから今年もそうでしょうね」


 それはまた私からすれば非現実的な話だった。

 そういう面でも求められる彼女は逆にどういう面なら求められないのだろうか。

 また、できないことはあるのだろうか。

 ロボットでもあるまいしそういうこともあるだろうが、それにしたって私よりは上手くやってしまうはずで。


「そういえば熱心にアピールしてきている子がいるのよね」

「へえ、あんた的に悪くないならいいんじゃない?」

「でも……」

「なによ?」

「いえ、なんでもないわ」


 聞き出そうとする趣味もないから別れてひとり家に向かって歩いていた。

 智子は彼氏の活動が終わるまで健気に待つタイプだからあまり一緒に帰れることはない。

 そこまでできることが少し羨ましいと言える。

 委員長だって次があれば過去のようにはしないことだろう。

 他のなによりも優先して仲を深めようとするはずだ。

 どれも私にはできないことだった。

 友達を作ることだって自力ではほとんどできないのに彼氏彼女の話なんて無縁すぎる。

 でも、考えるだけ無駄だと思っているくせにいつもの悪い癖が出てしまうと……。


「バレンタインデーねえ」


 実は毎年父にチョコを買って渡している。

 市販の物の時点で美味しいから余計なことはしていない。

 チョコが好きなくせに普段は買わない人だからそれで喜んでくれればいいかなと。

 溶かして自分なりの物を渡そうとする人は素直にすごいとしか言いようがない。

 だって市販の物を渡すときだって物凄く気恥ずかしいから。


「あーもう余計なこと考えんなっ」


 ……委員長に手伝ってもらって今年は~みたいな思考をしてしまったのだ。

 父に喜んでほしいと考えるのは悪いことではないが、多分父だったら同級生の男子とか相手に対して頑張ってとか言ってきそうだし……。

 私がほとんどひとりでいることなんて父は知らないから仕方がないのかもしれない。

 だけどね、私に限ってそんな相手がいるわけがないじゃないかと言うしかない。

 なんて、それすらも想像でしかないのに馬鹿だなあと内で呟くだけで精一杯だった。




 二月十三日。

 私は何故か松島家のキッチンにいた。


「これはどういう……?」

「作ろうと思ったからよ」

「え、だからなんで私も?」

「あなたから貰おうと思って、かしら」


 そんなに欲しいならいまさっき買ってきたチョコをそのままあげるけど。

 考え直して今年も市販の物をあげようと決めていたんだ。

 絶対にそっちの方が満足してくれるに決まっている。

 それになにより、それが私らしいから父も痛いことを言ってくることはなくなるだろうし。


「それに富田さんにも渡せるでしょう?」

「え、友チョコって当たり前なの?」

「任意よ、でも、日頃お世話になっているならいいことでしょう?」


 なるほど、つまり私にも返せよ? ということか。

 そういうことなら仕方がない、なんでも無理と片付けるのはもったいないし。


「やってやろうじゃないっ」

「ええ、その意気よ」


 そう意気込んでから一時間後。


「駄目だこれ」


 教えてもらった通りにしているのになんでダークな感じに仕上がるんだろうね。

 塩と砂糖を間違えるとか、転んで粉を多く入れすぎるとかそういうことはないんだけど。

 だけど挑戦して失敗してから諦めるなら悪くはない。 


「私はこの板チョコだけ貰っていくわ、それじゃ――」

「駄目よ、少なくともここにはいなさい」

「それはいいけどさー」


 手を洗ってからレオを愛でておくことに。

 この前からそうだが、相変わらず無防備というかなんというか。

 こっちの足に必死に登ってしようとするところは可愛いものの、他所者に対してもう少しぐらい警戒するべきだと思った。


「こーら、もっと気をつけないと食べられちゃうわよ?」

「な~」

「はは、絶対に分かっていないわね」


 で、それから一時間が経過したときのこと。


「私の足は枕じゃないんだけど?」


 この前の私みたいに転がっている彼女がいた。


「レオは許可するのに私は駄目なのね」

「別に駄目じゃないけど、当たり前のように頭を預けてきたときは驚いたわ」


 少しうとうとしていたところだったから余計に。

 彼女は私にとってよく分からない行動ばかりする。

 急に過去のことを吐いたり、膝枕をしてきたり、こちらに甘えてきたり。


「それにレオを独り占めするのはよくないわ」

「あんたより私のことが好きなのよ、その証拠がこれね」


 丸まってすやすやモードだった。

 こっちが喋っていても起きないから物凄く安心できていることになる。


「レオは甘えたがりだから仕方がないわよ」

「ぷふー、諦めるしかないみたいね」

「そうね」


 なんてね。

 ちょっと申し訳なかったからレオを彼女のお腹の上に移動させておいた。

 一瞬だけこちらを純粋無垢な瞳で見てきたものの、いつも一緒にいる彼女の上にいられていることが分かったのかすぐに丸まって寝始めた。


「ごめん、なんかあんたといるとすぐに調子に乗ってしまうわ」

「謝らなくていいわよ」

「あんたといられる時間はこのレオみたいに安心できるわ、ごちゃごちゃ考えずに済んでいるから間違いなくいいんでしょうね」


 智子といられているときもそうだから委員長が特別というわけではないけど。

 そもそも特別のように見られても嫌だろう。

 私達はあくまでクラスメイトというだけ。

 この距離感だからこそ私は気持ちよく彼女といることができているから。


「どうして?」

「え、え?」

「どうして安心できるの?」

「し、知らないけど」


 なんでとか聞かれても分かるわけがない。

 いまだってどうしてって思っているわけなんだし。

 これまでも同じ距離感の人間は何人もいたが、私がそう感じられたのは智子と彼女のふたりだけだ。

 智子の方はもう二年になろうとしているところになっているんだからそうなっていないとおかしいわけだが、彼女の方は一ヶ月すら一緒にいないんだから不思議で。


「ねえ、どうして?」

「ちょちょ、……なんであんたの家に来るとすぐにこうなるのよ」


 わざわざレオをどかしてまですることじゃないでしょうに。

 私は延々と彼女のことを理解できなさそうだった。


「つまらないと言われた人間なのよ?」


 別に全員がそう思っているわけではない。


「いまだってずっとそれが引っかかったままなのよ」


 委員長は、松島は珍しく泣きそうな顔をしていた。

 教室での楽しそうな感じをいつも見ているから余計にその差に驚く。

 でも、驚いている場合じゃない。


「馬鹿、そんな顔すんな」

「……ごめんなさ――」

「謝るなっ」


 頬を思い切り掴んで引っ張る。

 もちろんすぐに離したが、なんかむかついて仕方がないんだ。


「泣くなっ」


 これ以上顔を見ているとむかつくから思い切り抱きしめた。

 押し倒された状態だったから私の弱々な腹筋ではだいぶきつかったけど問題はなかった。

 窒息死させようとしているんじゃないかってぐらい思い切り抱いて見ないようにした。


「んーっ」

「泣かない?」

「んー!」


 それならと離して距離も作る。

 このままいる必要がないから荷物を持って松島家をあとにした。

 明日板チョコでも買って父に渡せば今年も満足してくれるだろう。


「あーもう!」


 上手くいかないことばかりで本当にむかつく。

 むかつくがなんかすっきりしているような自分もいた。

 委員長の頬が伸びすぎるのが悪いし、数秒でも自由にさせていたのが悪いし。


「はぁ、まあいいか」


 そんなのこれまで何度もあったんだから。

 むかついたからって翌日にまで引きずるということもない。

 意外と切り替えというのが早いのかもしれない。

 しかもこれからも変わらないから寧ろ慣れてきたぐらいだ。


「ただい――」


 ん!? と玄関で固まる。

 私のではない女靴が玄関にあった。

 さすがにあれ繋がりなのだとしたら行動力がありすぎる。

 それでも気にせずに堂々とリビングへ。


「おかえり」

「あれ、ひとりなの?」

「おう、あ、後輩が来ているからひとりとも言いづらいけどな」

「まさか、これ?」

「いや、今日は休みだったからスーパーに行ってたら偶然会ってな」


 いつも通りハイテンションで少し呆れていたら実は熱が出ていた~ということらしかった。

 放っておくこともできないからそのまま買った食材ごと家まで持って帰ってきたらしい。


「あ、アイス買ってきたから食べたかったら食べてくれ」

「冬に敢えてアイスなの?」

「美味しいぞ?」

「はは、食べたくなったら食べさせてもらうわ」


 なんかごちゃごちゃが一気に吹き飛んでしまった。

 やはり家族といられるのが一番だと分かった一日となった。

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