(2)
「「ああ……」」
僕と明莉のため息がハモる。今のはちょっと力が弱かった。
「これは三回でリセットですか?」
「いいや。連続で挑戦してくれりゃ、輪の数は加算していいよ」
よし、なら、明莉も次に挑戦するだろうし、二人でぬいぐるみを狙える。
彼女とうなずき合い、僕は二つ目の輪っかを投げた。
「あ、やった!」
「よし!」
「やるじゃないか、お兄さん。連続で決めて、彼女さんにいいところ、見せてやんな」
「いや、彼女ってわけでは」
「はぅ」
照れくさくて集中が途切れてしまったが、屋台のおじさんはそれを見てニヤニヤと笑っている。わざとからかって相手の心理を揺さぶってくる作戦か? だとしたらこのおじさんは相当にやり手のようだ。
だが、明莉が欲しがっているのだ。僕だってここでむざむざと心理作戦に引っかかるわけにはいかない。
「それっ」
さきほどとまったく同じスピード、まったく同じ角度で投げた。
「やった! すごい、倉斗くん」
明莉が興奮して飛び跳ねて喜んでくれた。
「はっはっ、まあ、そんなに難しくはないよ。じゃ、明莉、交代だ」
「う、うん」
今度は明莉が輪っかを受け取り、恐る恐る投げる。
「ああっ、ごめんなさい……」
「いや、いいって、ドンマイ、ドンマイ」
方向も距離もかなりズレていたが、単なるお遊びだからな。
明莉は結局連続で大きく外して終わってしまった。
「おじさん、もうワンコイン」
「そう来なくっちゃ。男だねぇ」
「あの、倉斗くん、私、あのぬいぐるみが絶対に欲しいってわけじゃ……」
「わかってる。泣いても笑ってもこの一勝負だけにするよ」
「お嬢ちゃん、男がやる気になってるんだ。信じて見守ってやんな」
「はぁ」
あと一回だけ入れれば加算で三回になるのだから、それほど難しいことではない。チャンスは三回もあるのだ。
それでも僕は慎重を期して深呼吸をし、肩をまわしてから、狙いを定める。
「おや、お兄さん、ちょいとさっきと角度が違うんじゃないかい?」
うるさいな。たかがぬいぐるみ一つにそんな駆け引きを仕掛けるのはやめてくれ。
僕は店主の術中にハマらないように、何も答えずにそのまますぐに輪っかを投げた。
「わ」
「お見事! 冷静だね、お兄さん」
ま、これくらいはね。
「じゃ、もう終わりでいいので、そのぬいぐるみをください」
「あいよ。袋はいるかい?」
「いえ、このポシェットに入れるので」
大きさもそれほどではないので、明莉が持っているポシェットに入った。
「ありがとう、倉斗くん」
「気にしなくていいよ。明莉も毎日頑張ってるから、ご褒美だね」
「なら、倉斗くんも何かご褒美をもらわないと。マネージャーとしていつもつきっきりで私の面倒をみてくれているし」
「まあ、一緒にいるだけで、練習やレッスンをしているのは明莉だけどね」
「それでも、一緒にいてくれるだけで、すごく私、心強いから」
「そう」
そう言ってもらえると、なんだか嬉しい。
だが、明莉が何か良いプレゼントがないかと周りを見回し始めたので、僕は言っておく。
「なら、あとで家に帰って明莉の手作りのホットケーキがいいかな」
「そんなものでいいの?」
「ああ。無性に、ホットケーキが食べたいし、ああ、店売りの完成品じゃなくて、君の手作りがポイントだね」
「わかりました。じゃあ、何か工夫して私がいつでも何度でも作ってあげますね」
それはそれでありがたい。無限に作ってくれるとなると、ぬいぐるみよりもずっと価値がありそうだ。
それに、いつでも何度でもって……考えようによっては一生側にいてくれるとも受け取れるな。
「うん、あ、ありがとう」
「ううん。あの、そ、そういう意味でもないから……」
明莉もそれを意識してしまったようで、顔を赤くして髪をいじりながらぼそぼそと言い訳する。可愛い。
「もちろん、それはわかってるよ」
「あ、うん……」
「さて、次は、焼きそばかたこ焼きでも食べようか」
変な空気になる前に、僕はお祭りの屋台で定番のメインディッシュを提案した。
「うん、そうだね」
「明莉は、どっちがいい?」
「ええと、私はどちらでも」
「じゃあ、たこ焼きにしておこうか。食べやすいし」
「うん。お腹もそんなに空いてないし。りんご飴で結構お腹いっぱいになっちゃった」
僕のほうはそうでもないが、明莉は小食だからな。そう考えると、りんご飴のチョイスはちょっと失敗だったか。
「あ、でも、りんご飴も食べられて私、満足だから」
僕の後悔もお見通しのようで明莉は本当によく気が付く。
「そっか。じゃ、たこ焼きで今年は締めようか」
「はい。残りはまた来年で」
「ああ。また二人で来よう」
来年もまた明莉と二人でお祭りを楽しめるとなると、それだけでなんだか幸せな気分になれる。
明莉は僕が疑似デートを楽しんでいることを、見抜いているのだろうか?
だが、彼女は別に嫌そうなそぶりもしていない。だけど、それは僕が浦間プロダクションのマネージャーだから、叔父さんや僕に気を使って……
「倉斗くん?」
「いや、何でもない。行こう。ええと、たこ焼き、たこ焼きっと」
僕がどういう考えであろうと、お祭りでたこ焼きを買って花火を見て帰るだけなのだ。それなら、アイドルとマネージャーとして何の問題もない。少し心配しすぎだな。
ちょっと寂しい気もするけれど、今日は明莉を楽しませて、リフレッシュさせるのが目的だ。
僕は気を取り直して彼女を完璧にエスコートすべく、たこ焼き屋を探した。
「あった。あそこだ」
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