(3)

 ちょっと見つけるのに手間取ってしまったが、無事、おいしそうなたこ焼きを見つけることができた。

 明莉はそんなに食べないからと言うので、二人でワンパックを購入した。

 座って食べられる場所を探し、神社の境内の裏手に腰掛けられる丸太が設置してあったので、そこにハンカチを敷いて二人で座る。


「お、良い香りだ」


 発泡スチロールのパックを開けると、ふんだんにかけられた鰹節が湯気の中で踊っていて、網掛け状の細いマヨネーズと、たっぷりと塗られた完熟ソースが食欲をそそる。

 爪楊枝でひとつずつ突き刺し、口に放り込む。


「あつあつ、ハフハフ」


「ハフ、ふふっ、おいしい」


 良かった。幸せそうに微笑む明莉を見るとなんだか心が温まる。余計にたこ焼きがおいしく感じられた。


「なんだか不思議」


 明莉が食べながら言う。


「何が?」


「こうして、倉斗くんと二人でたこ焼きを食べてること」


「ああ」


 確かに僕も、夏休み前までは、こんな関係になるとは思ってもみなかった。

 お互い、クラスメイトとして存在は知っていたけれど、相手のことを何も詳しくは知らなかった。

 それが寝泊まりを一緒にして……いや、別に部屋は別々で寝ているのだけれど、とにかく一緒に朝ご飯を食べて共同生活を送っていると、明莉のことがよくわかってきた。それは明莉も同じだろう。僕の嫌なところが目立ってなければいいけど。わりと面倒くさがりだからな、僕は。


「倉斗くん、私、何か、生活で直したほうがいいことってあるかな?」


 明莉がそんなことを聞いてきた。


「別にないよ。規則正しい生活をしてるし、料理もちゃんとバランスを考えて作ってるし、言うことなしかな。家事も完璧だから、良いお嫁さんになれると思う」


「はぅ、お、お嫁さん……」


 いかん、つい余計なことを言ったか。


「いや、まあ、明莉が結婚したければの話ね」


「うん、私は、早めに結婚したいかな。前はそんなこと考えてもいなかったけど」


「そう」


 僕も、明莉となら早く結婚したい――って、何を考えているのやら。


「……!」

「……!」


 変に意識していまい、会話が止まってしまった。

 き、気まずい……。

 たこ焼きもすでに食べ終えている。

 何か話題を出さないと、エスコート役として失態だ。僕が電球を交換するのに必要なウクライナ人のジョークをここで出すべきかと悲壮な覚悟を決めかけたとき、向こうのほうで声が上がった。


「おい、そろそろ花火が上がるってよ」


「あ、じゃあ、見に行かないと」


 良かった。変なジョークを言って滑って場が凍り付いたら目も当てられない状況だった。


「じゃ、僕らも花火を見に行こうか」


「うん」


 空パックをごみ箱に捨ててから、花火が見えそうな場所に向かう。


「ここがいいかな。広いし、見晴らしも良さそうだ」


「うーん、ここからだと、ちょっと私の背丈だと見えにくいかも……」


 明莉がつま先立ちで立とうとするが、浴衣用らしきそのサンダルでは難しいだろう。


「ああごめん、気が付かなくて。よし、じゃあ、場所を変えよう。もっと人の少ないところへ行けばいいさ」


「うん、そうだね」


 僕と明莉は人込みを避け、暗がりへと向かう。ほかにも何人か同じことを考えてか山のほうへ向かう人たちがいた。


「あっちにしよう」


「はい」


 明莉と一緒に少し林の中に入って、道から外れてみる。草はそれほど生えていないので歩けないこともない。


「ここは木がちょっと邪魔だな……あそこはどうかな」


 月明かりを頼りに、少し開けた場所を探す。明莉は黙って僕についてくる。

 ドーンと空から大きな音がして、花火の打ち上げがもう始まったようだ。

 最初の一発目を見逃してしまったな。

 ま、そんなに焦らなくても、花火もすぐに終わったりはしないはず。


「ひゃっ」


「おっと」


 明莉がつまづいたのか、バランスを崩した。とっさに僕は彼女の背中を支えてやった。


「ほら、立てる?」


「うん、ありがとう。ごめんなさい。こんなときに私、いつもどんくさくて」


「そんなことはないよ。ダンスだって切れのあるステップを踏めてるじゃないか」


 そう言って僕は彼女から離れようとする。花のような良い香りがして、それが明莉の香りだとわかっているから、僕は落ち着かなかった。明莉と僕は同じシャンプーを使っているはずなのに、彼女から漂う香りはなぜか僕とは少し違っているのだ。


「ミカさんは私のことを筋が悪いって言ってた」


 明莉は僕の腕をつかんだままで言う。


「彼女は人よりちょっと運動神経がいいだけだよ」


「何もないところでときどき転ぶのに?」


「僕だってたまにやるよ」


「私、無謀にもアイドルなんて目指してるのに」


「それを支えてるマネージャーの僕もなかなかだろうね」


「ほかにもアイドルはたくさんいるのに……」


「僕はほかのアイドルなんて知らないな」


「じゃ、どうして――どうして、私にこんなに優しくしてくれるの?」


 どこか意固地になっている明莉が問いかけてくる。

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