第十五話 夏祭り(1)
「お待たせ」
浴衣姿に着替えた明莉がやってきた。
「良かった。すぐに合流できないかと思ったよ」
「うん、でも、倉斗くんは歩き方で遠くからでもすぐわかったから」
「へぇ? そんなに変な歩き方してるかな?」
「ふふっ、してないよ。だけど、人よりのんびり歩いてるから」
「なるほど、それでか」
そうだな。こんな花火大会に一人でぶらぶらしながら来ている高校生男子も少ないだろうし。
「でも……」
僕は改めて明莉を見る。白地にデフォルメされたひよこがあしらわれた浴衣だ。ちょっと子供っぽい気もするが、浴衣から覗くうなじが色っぽくていつもよりも大人の雰囲気がある。
「ど、どうかな……着付けは一人でできなくてお母さんにやってもらったんだけど」
「いや、可愛いよ」
「お世辞はいいから」
「いやいや、本気で、間違いなくそう思ってるから」
「本当に?」
どうしてこの子はそんなに自分の可愛さが信じられないのだろう。まあ、夏休みに入る前の彼女は前髪で両目を隠すようにしていて、魅力が全部隠されていたのだけれど。
「本当だ。信じてくれ」
「わかった。倉斗くんがそう言うなら、信じるね。ふふっ」
はにかむ彼女はいつになく上機嫌だ。
「じゃ、どこから攻めていこうか」
僕は目の前に所狭しと連なる屋台を眺める。ホットドッグ、焼きイカ、焼きもろこし、わたあめ、たこ焼き、今川焼、クレープなどなど。射的や金魚すくいといった遊ぶ屋台もならんでいるが、この香ばしくておいしいにおいの前には、やはり食べ物系から味わってみたい。
「ええと、うーん、倉斗くんはどれがいいの?」
明莉は自分では決めかねたようで、僕の好みを聞いてきた。
「そうだな。まずは、あれにしてみようか」
縁日に来るのも久しぶりだが、せっかく明莉と来たのだ。記念に、普段はあまり食べないものに挑戦してもいいだろう。
「あ、りんご飴」
きれい、というより少し毒々しい赤色のりんご飴を買い、二人で舐めてみる。まだ焼き立てで熱いくらいだ。
酸味がほとんど抜けきり、濃厚なりんごの甘味が僕らの舌の上に広がる。
「ああ、思ったよりおいしいな」
前に食べたときにはあんまりおいしくなかったのだが、今回は当たりのようだ。
「ふふ、私、りんご飴って初めて食べるかも」
「えっ、そうなんだ」
「うん、前に親と来たときは、ちょっと欲しかったけど、頼めなくて」
「頼めばいいのに。ま、これで味わえたね」
「うん!」
嬉しそうで何よりだ。舐めすぎで舌がちょっとしびれてきたところで思い切ってかぶりつき、真ん中のしぼんだりんごを咀嚼する。どろっとした甘い汁が出てきて、これはこれでおいしい。
「倉斗くん、あの、私、まだ全然食べ終わりそうにないから、先に次のを食べててもいいよ?」
「ああうん、じゃ、焼きもろこしも行っとくかな」
明莉がたぶん頼みそうにないものを先に食べておく。アツアツで湯気が立っている焼きもろこしは、これも自然な甘味が強くいい歯ごたえもあっておいしかった。
「倉斗くん、はいティッシュ」
「サンキュ」
明莉からポケットティッシュを受け取り口を拭った。
「はい、貸して」
「いいよ。自分であとで捨てるから」
さすがに汚れたごみティッシュを彼女に渡すわけにはいかない。僕はポケットに押し込み、先を歩く。
「あ、輪投げがある」
明莉が興味を持った様子なので、食べてばかりでも飽きるだろうし、挑戦してみるか。
「やってみよう」
「うん」
看板には『一つにつき三回ほど輪をかけたらその景品を進呈』と書いてあり、屋台のカウンターの向こう側に、いろいろな景品が並んでいる。人形、プラモデル、キャラメル――ん?
「うお? アイフォンがある。マジか……」
「へへ、最近は若いお客さんに人気だからねえ。最新の最上位モデルだよ。もちろん新品さ」
屋台のおじさんが意味ありげに笑うが、これは明らかに罠だろう。
だいたい、三回百円の輪投げでそんな商品が簡単に取れてしまったら、どう考えても採算が合わない。
アイフォンの箱は一番奥にあり、縦ではなく横に寝かせておいてある。その前に箱だけ大きなプラモデルが壁のように縦で置かれて邪魔しているから、難易度も高そうだ。これは狙わないほうがいいな。
「明莉、何か欲しいものはある?」
「うーん、あ。そのぬいぐるみが欲しいかも」
右側には可愛げなモルモットのぬいぐるみがある。それが狙い目だな。的が大きいし、形がいい感じで入りそう。
僕はそのぬいぐるみに狙いをつけ、試しに投げてみる。
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