第十二話 ファン、暴走(1)

 僕はアイドル新人フェスの順位表を見て考え込んだ。


 今のところ、100位の予選ラインはすでにクリアできている。28位だ。叔父さんには悪いけど、弱小プロダクションでこの順位ならよくやっているほうだろう。SNSの写真が利いたかな。

 明莉も毎日いろいろと頑張っているものな。

 100位以下のファン数と比べても、このまま八月末まで順位が大きく変わることはなさそうだ。

 つまり、二次予選を勝ち抜くのは確実。

 もうオーディションの最終予選のチケットは手に入れたと言っていい。

 だけど――

 28位では新人フェスで優勝するところまではいかないだろう。

 明莉はテレビに映り、親友の可奈との再会を望んでいる。

 なら、やはり予選ではなく本番で1位を取らないと意味がない。

 

「倉斗くん、また順位表を見てるの?」


 いつの間にか、明莉が後ろにいた。僕は振り向いて笑顔を見せる。この順位で残念がっていたら、明莉もきついだろう。


「ああうん。順位は変わってなかったよ」


「そう。私が、こんなことを言ってたら、いけないのかもしれないけれど……自分でもすごくよく頑張れたと思う」


「ああ、それは僕も思うよ。明莉が頑張っているのは間近で見てて一番よく知ってるからね」


「ありがとう。でも、できれば、優勝したいかな」


 ちょっと寂しそうに言う明莉。彼女がそんなふうに思っているのなら、やはり僕としては何とかしてやりたかった。


「方法を考えてみよう。もっとファンを増やす方法を」


「うん。ライブはどうかな?」


「いいと思うけど、フェスまでそんなに日にちがないし、今からライブハウスを予約するのはちょっと難しい気がするな。叔父さんも取れるなら取っているだろうし」


「うん……そんなに大きなところでなくても、デパートの屋上とか駅前のゲリラライブとか……どうかな?」


「なるほど、ミニライブとゲリラライブか……」


 僕は考え込む。ミニライブのほうは別に問題はないだろう。デパート側が許可さえしてくれれば、屋上を一時間、三十分だけでもいい、借りられるだろう。ただ、客数がどれだけ見込めるか。五十人が集まってくれるとして、そのうちのどれくらいが新規のファンとして定着してくれるか……いや、別に新しいファンでなくとも、そこの会場にファンとして来てくれれば、フェスの統計では純増のファン数として計上されていくはずだ。


 それなら毎日だってライブをしたくなるところだが……待て待て、明莉の喉の調子が心配だし、本選で声がかれていたら意味がない。昼間のライブだと野外は炎天下で歌うほうもスタッフもお客さんもキツイものがある。熱中症を一人でも出そうものならそれ以降は中止に追い込まれかねない。それに、借りる料金も考える必要があったな。


 残りすでに十日もないのだ。


 500人を加算できたとしても、微妙だな。1位を独走する諸星愛衣はファン数がすでに5万の大台に乗ろうとしていた。

 ゲリラライブの方法もファン数としては似たようなものだが、こちらはもっと問題が大きい。駅前などだと不特定多数の通行人がいるから、歌を新しいお客さんに聞いてもらうという点ではいいが、アイドルの歌を聞きたくない客にとってはいくら明莉の歌声がきれいでも騒音と変わらない。通報されれば警察が駆け付け、無許可となればこっぴどく怒られるに違いない。それがネット上に情報として流されてしまえば、評判はがた落ちだろう。いくら無料といってもそれはできない。i


「明莉、ゲリラライブはダメだ。リスクが大きすぎるよ」


「やっぱり……ううん、いいの言ってみただけだから」


「ああ。ミニライブのほうは叔父さんと相談してみるよ。向こうも何か考えてくれてると思うし」


「うん、そうだね。じゃ、私、ごはん、作るね」


「ああ。ごめん、僕のほうは叔父さんと打ち合わせだ」


 アイドルにアイドル以外の仕事をさせるのは歯がゆいが、明莉の冷え性を考えると外食もなかなか難しい。本選も近いから体調を崩してもらっては困る。


「うん、分かってる。気にしないで。私、お料理するのは楽しいし、趣味みたいなものだから」


「うん」


 時間になったので叔父さんに電話で定時連絡を入れておく。


「そうか、ミニライブか」


「どう思う?」


「ま、営業もライブも地道にやれば効果はあるんだが、もう残り時間が少ない。明莉の体力の温存を考えたほうがいい。あいつ、食欲が落ちてるんだろう?」


「まあね……本人は否定してるけど、あれは夏バテだと思う」


「ま、体が強そうには見えないからな。フラついたり、熱を出すようなら、フェスへの出場は取りやめだ。アイドルは体が第一だからな」


「わかったよ」


「倉斗、ライブとはちょっと違うが、イベントをやろうかと思ってる」


「イベント?」


「握手会のイベントだ」


「ああ、アイドルはよくやってるみたいだね」


 最近はアイドルについていろいろと調べているので、見かけたことがあった。ネットの写真でだけど。


「それなら明莉の負担も少ないし、デパートのホールかどこかを借りられれば、暑さも気にならないだろう」


「なるべく冷房をかけすぎないところでね」


「ああ、わかってる。温度調節も先方ときちんと相談するさ」


「だけど、それでファン数が上がるかな?」


「ファン数はもうこの際、気にするな。当日の本選は多数のファンが集まるが、そこで良いパフォーマンスを歌えば、相手のファンを横取りできる。下剋上だ」


「そう上手くいくといいけどね。逆に諸星愛衣へ寝返られたりして」


「言うな。可能性としてはあるが、それを心配しても仕方がない。だが、ファンサービスで固めておくことはできるだろうな」


「なるほど。それで握手会なんだね」


「ま、コアなファンを固めておけば、当日も盛り上げてくれるはずだ。それに何より、熱い応援はな、アイドル本人のやる気に火が付くもんだ」


「なるほど。明莉のための応援ってわけだね」


「そうだ。それでパフォーマンスも調子が上がれば言うことなしだからな。駅前のデパートと来週中の日程で調整中だ。決まったら公式サイトに載せるから、お前のほうもクラスメイトに声をかけて、ファンを集めるようにしておいてくれ。当日に数人しか集まらない、なんてことじゃ逆効果だからな」


「うん。まあでも、今の明莉のファン数なら余裕で集まると思うけど」


「甘いな、倉斗。お前は高校生だから夏休みでヒマだが、サラリーマンは会社があるんだぞ? それに、告知から一週間の急なイベントだと、スケジュール的に都合のつくファンのほうが少ない」


「ああ……もっと早く考えておけば良かったね」


「すまん、こっちもいろいろと立て込んでてな。だが、喜べ、ステージ衣装は無事に出来上がったぞ」


「おお、やった!」


 晴れ舞台で明莉が身に着けるステージ衣装。やはりアイドルなら派手な衣装で決めたいところだ。

 文字通りの勝負服だな。


「衣装のサイズは問題ないはずだが、チェックのために、オレも一度、そっちに戻る」


「うん、わかった」


「さあ、これから忙しくなるぞ!」


 残り十日。明莉のメジャーデビューはもうすぐだ。

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