(3)
「石川……!?」
ここで学校のヤツに会うとは予想していなかった。いや、どうして予想しなかったかな? 同じ地域だし、夏休みだからバッティングする確率は高かった。しばらくレッスンやバイトで忙しくしていて、学校のことが意識から遠のいていたか。
「何してるかって聞いたぞ、倉斗。答えろ!」
「いや、別に。プールに遊びにきて、ウォータースライダーを普通に楽しんでるだけだぞ?」
「いやいやいや、お前、さっきその子と仲良く恋人滑りしてたじゃないか」
「ああ、いや、たまたま前が詰まって、みっちゃ……一緒に降りただけだ」
「嘘つけ。その前もだろうが。見てたぞ」
見てたのか。ヒマなヤツだ。
「その前も、たまたま引っかかったんだ」
「なにぃ?」
苦しい言い訳だが、それしかない。僕と明莉が付き合っているなんてウワサを流されたら大ダメージだし、実際、付き合っているわけではないのだ。
「そ、そうです」
明莉も僕の味方をする。
「くっそ、なんてラッキースケベなヤツなんだ、ちくしょう!」
「いや、スケベなんて言うな」
「あぅ……」
明莉が真っ赤になっちゃったじゃないか。ま、彼女から要求してきたのだ、僕が強要したわけじゃないし明莉には怒られたりはしないだろう。
「青春のバッキャロー! よし、オレも女の子と! ラッキーに密着してやるぞぉおおおお!」
叫びながらウォータースライダーの階段を駆け上がる石川はもう他人のフリをしたい。下手をすると犯罪者だ。
「今のうちだ、行こう、明莉」
「う、うん」
彼女の手を引いて、僕らは急いでその場を離れた。
「石川くん、私に気づいてなかったみたいだね……」
売店でフローズンシェイクを買った僕らは、パラソルのテーブルで一息つくことにした。
「ま、そうだな。髪型を変えてるよね、明莉って」
今は顔にかかる髪をしっかりとよけて、片目が見えるようにしている。
「う、うん。浦間さんが前にスタイリストの人を連れてきてくれて。その人が、これがいいっていうんだけど、普段は私、恥ずかしくて……」
「まあ、学校では目立たないほうがいいから、あれでいいと思うけど、でも、やっぱり今のほうが可愛いね」
「あ、ありがとう。うう……」
また真っ赤になってしまった。可愛いからもっと言ってやりたくなるが、ここは我慢しておこう。
恥ずかしそうに髪をいじる彼女と二人きりで、フローズンシェイクを飲む。少し離れたプールでは、ときおり、はしゃぐ男女の声が聞こえてくるが、全然気にならない。僕の全神経は、目の前の明莉に集中していた。濡れた髪、水滴が流れる白い肌、柔らかそうで細い指先。薄桃色の健康そうで、ちょっとあどけない唇。それを手の届く範囲で眺めていられるのだ。
これって見ようによっては、デートみたいだよな?
その事実に気づいて、僕の体温がにわかに急上昇した。
「んん? 倉斗くん、どうかした? 顔がなんだかちょっと赤いけど」
明莉が僕の顔をのぞき込んでくる。
「い、いや、何でもないよ。いやあ、ちょっと暑いね」
「そうだね。熱中症とか大丈夫?」
「ああ、平気平気。水分もほら、ちゃんと取ってるし、気分は最高だから」
「そう、良かった。ふふっ」
「はは」
甘いマンゴーのトロピカルな味が僕の心を弾む気分にしてくれた。
「また来年、ここに遊びに来たいね」
「うん、来たい!」
明莉もすぐに賛同してくる。
「ああ、それから海もいいよな」
「そうだね」
「じゃ、来年はプールと海に……」
「うん、二人で……」
「来ようか」
「はい。約束、ですね」
「ああ。約束だな」
約束してしまった。デート、ではないのだけれど、ほとんどデートみたいな気分が味わえる最高の日になるだろう。
僕らは無邪気に笑い見つめ合いながら、そのひとときをたっぷりと楽しんだ。
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