(2)
駅前のデパート内一階ホールでの握手会。すでにファンと思しき客が集まって並んでいた。ざっと数えて百人は超えている。
「集まったな」
叔父さんもうれしそうに言う。
「うん。結構、クラスの奴が多いな」
知った顔が何人かいる。向こうが手を振ってくるので、こちらも振り返してやった。
「よぅ、倉斗」
その一人、僕と仲がいい石川がこちらにやってきた。
「お客様、ほかのお客様にご迷惑ですのできちんと並んでください。列を乱さないよう、お願いいたします」
「うぉい、それマジかよ」
「冗談だ」
「やめろよ。すげー目立って、やっべって感じになるだろ」
「だけど、戻れと言ったらすぐ戻ってくれよ。収集が付かなくなったら困る。そこはこっちもお金をもらってるバイトだから、きっちりやらせてもらうぞ」
「わかってるって。オレだって友達の邪魔をしたいわけじゃないさ。しかし、月野がアイドルだなんてなぁ。未だに信じられないぜ。あと、お前が新宿ブラックサバトで歌ってたのも信じらんねえ」
「あ、あれは忘れろ。え? なに、クラスで話題になってるのか?」
「その日はな。気にするなよ。ただの笑い話で、そっちよりも月野がすげえってみんな話してたぞ」
「ああ。ならいいんだけど」
「今日だってこんなにファンがいるし」
「ああ。こっちも集まりがいいからちょっと驚いてる。一応、フェス公式の累計じゃ二万人くらいファンがいるんだけどな」
「マジか……それって結構すごいんじゃないか? さすがに武道館は満杯にできないだろうけどさ」
「そりゃあ、まだメジャーデビューしてないんだから、難しいだろうな」
「倉斗」
叔父さんが僕を呼んだが、そろそろ開始の時間だ。
「じゃ、石川、戻ってくれ」
「ああ。頑張れよ!」
石川が列に戻ったところで、明莉が登場した。
「おおっ!」
「明莉ちゃん!」
「明莉~」
ファンが興奮し、大きな声で名前を呼ぶ。明莉は事前に叔父さんに言われた通り、軽く笑顔で手を振って所定の位置に着いた。
「では、皆様、本日は初のファン感謝祭においでいただき、誠にありがとうございます!」
叔父さんが拡声器を使って挨拶する。しかし、声がデカいな。ホールの向こうの一般客も呼び込もうという腹積もりなのかも。
「皆様もご存じかと思いますが、先月に月野明莉がデビューし、ライブも二回ほど行い、二回とも大成功を収めることができました。これも応援してくださっている皆様のおかげです。今日はささやかではございますが、ファンとの親睦をかねて、告知通りに握手会を開催したいと思います。ご新規のお客様もぜひ、この機会に月野明莉を応援していただければ幸いです」
一礼した叔父さんに好意的な拍手が起きる。やはり月野明莉の握手会に来るだけあって、スタッフには協力的だ。明莉が襲われたり連れ去られたらどうしようかとちょっと心配していたけれど、これは心配のし過ぎだったな。
「では、こちらの最前列からお一人につき十秒ほどの握手とさせていただきます。写真及びサインについては時間の関係もあり固くお断りしておりますのでご理解ご了承のほど、何卒よろしくお願いします。その代わりといっては何ですが、生写真を向こうのテーブルで販売しておりますので、ぜひお立ち寄りください」
生写真と聞くと、僕もついつい内容が気になってしまうが、僕が撮影して叔父さんに送ったもののどれかだろう。
「一人目の方、どうぞ」
いかにもアイドルオタクといった格好の眼鏡男が満面の笑みを浮かべて前に出てきた。ちょっと僕としてはお断りしたくなる気分だが、ここで一番にやってくるにはかなり前から並んでいたはずで、その点はありがたく思わないといけないだろう。彼も熱心に明莉を応援してくれているのだ。
「今日はありがとうございます」
明莉も片手でいいだろうに両手を添えての握手だ。
「ファ、ファンです。湘南の初ライブ、僕も見てました」
「わぁ、最初からですか。それはありがとうございます」
あのときは告知もほとんどされていなかったはずだが、そこから明莉のファンになってくれたのだろう。ありがたいことだ。
「はい、ありがとうございました。次の方」
叔父さんから握手を離さないようなら、強引に体を割り込めと指示されていたが、そのファンの人はすぐにどいてくれた。あれはこういうイベントも慣れている感じだな。順番に明莉と握手していき、何人かが時間オーバーしてしまったが、僕が手をつかむと、残念そうではあるが引いてくれる。問題はない。
「次の方」
「や、やぁ。月野さん」
「うん、石川くんも来てくれたんだ。ありがとう」
「おほっ、もちろんじゃないか」
「どうしたんだ、石川、お前、なんかおかしいぞ」
「な、なんでもねえよ」
「はい、ありがとうございました。次の方」
「くっそ、十秒、はええ!」
石川はかぶりを振って悔しがりながらその場を離れる。そして生写真の販売テーブルへ直行した。まあ、いいんだけども。
気を取り直してファンの列を見ると、手に何かを持っている客がいた。
僕はすぐに話しかける。
「すみません、お客様、手のものを見せてもらえますか」
叔父さんから、手に何か持っている客は要注意だと教えられている。たとえそれが女性であろうとも。
「あ、あの、ファンレターを渡したくて」
叔父さんに目で確認するが、うなずいていいだろうと合図を返された。
「では次の方」
最後のファンまで握手が終わり、デパートの控室まで戻って、ようやく一息つけた。
「「ふう」」
「お疲れ、二人とも。いい働きだったぞ。ファンも喜んでくれてたし、言うことなしだ」
「だね」
「私、生まれて初めてあんなに握手しちゃった」
「明莉、手は大丈夫?」
「うん。そこまで力を入れてくる人もいなかったし、大丈夫」
「じゃ、倉斗、お前は明莉を送って帰れ。大丈夫だと思うが、尾行されないように気をつけろよ」
「わかってる」
先に叔父さんが控室を出ていく。僕と明莉はあらかじめ着替えや帽子を用意していたので、それを身に着けてから出る。
「倉斗くん、どう?」
「大丈夫そうだ。行こう」
念のため、途中でわき道に入ってぐるりと回り、尾行がないことを念入りに確認して、僕らは自宅へと帰った。
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