第十一話 プール(1)

 来てしまった……。

 目の前にはエメラルドグリーンに輝くプールの水面。そして水着ではしゃぐ大勢の人々。

 そして僕も水着だ。

 何かの仕事やイベントではない。

 割引チケットをバイト先の店長がくれたので、叔父さんとも相談した上でやってきたのだ。

 

「人間は息抜きも必要だぞ? 夏休みなんだ、たまには明莉もお前も楽しんでこい」


 というありがたいお達しだ。レッスンとバイトも調整して今日は終日休みにしてもらった。夢仲先生は「私も行きたい、遊びたい~!」と言っていたけど。


「お、お待たせ」


 明莉の声に振り向くと、この前に着ていた黄色いビキニを身に着けていた。今日はシャツもなしだ。肌の露出度が高く、柔らかそうな色白のお腹や太ももに目が吸い寄せられる。


「あ、あの、恥ずかしいから、あんまり見ないでもらえると……」


「ごめん。でも、それ衣装みたいなものだよね? 明莉が選んだの?」


「う、ううん、これは浦間さんがこれにしろって。今日も、度胸をつけるためにそれにしておけって言われて」


「そうかぁ。無理しなくてもいいんだぞ? 叔父さんには明莉が黄色の水着をつけてたって言っておくから」


「ううん、そういうズルはしたくないから……あの、あんまり見ないで」


「ご、ごめん」


 また目がいつの間にか明莉をロックオンしていた。今度は隠した両腕の隙間からのぞく胸元のふくらみが気になって仕方がないが、ええい、しっかりしろ、倉斗。これじゃ明莉が楽しめないし、リフレッシュにもならないじゃないか。

 回れ右をしてプールの方向を意識して見る。目の前を赤いビキニの大学生らしき二人の女性が通り過ぎていく。しかもスタイル抜群だ。なんだか落ち着かない。


「倉斗くん、そんなに女の人の水着が気になるの?」


「ち、違うんだ。これは……」


 いかん。このままでは僕はスケベな変態男だと誤解されかねない。ここは……そうだ!


「アイドルが着るような水着ってどういう感じかなと思って。け、研究だよ!」


「研究? そ、そうだったんだ……ごめんなさい、私、てっきり倉斗くんが実はえっちぃ人なのかと思って……仕事のために見てくれてたのに」


「いやいや」


 心苦しい。えっちくてごめんよ、明莉。


「でも、そういうのってファッション誌やグラビアでいいと思うから、今日は普通に楽しもうよ、倉斗くん」


「そ、そうだね」


 言い訳できない状況に追い詰められてしまった。こうなったら、さっさと準備運動して水に入るか。

 屈伸とアキレス腱伸ばしと肩回しをやって、目の前のプールに飛び込む。水の中は冷たくて気持ちがよかった。


「明莉もおいでよ。気持ちいいよ」


「うん!」


 明莉も僕と同じように走りこんでプールに勢いよく飛び込む。彼女も少し怖かったのか、空中で「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げてのダイビングだ。派手に水しぶきが上がると、僕の顔にかかってきたので思わずのけぞる。


「おおっ!」


「ふふっ、それっ」


 明莉が水をすくって僕にかけてきた。


「やったな?」


 こちらも水をすくって明莉に水をぶっかけてやった。


「ひゃっ」


 なんだろう、小学校以来の子供っぽい遊びだが、結構楽しい。ひとしきり水をかけ合ったあと、休戦した僕らは思い思いに泳ぐ。平泳ぎ、スクロール、僕ができるのはそれだけだけど。……と、明莉を見ると犬かきをしていた。


「あぅ、私、これしかほとんど泳げないので……」


「まぁ、別に遊びに来てるんだからどう泳いでもいいけど、バタ足の練習、してみる?」


「うん」


 彼女の両手をつないでやり、後ろに歩いて下がりながら引っ張ってやる。


「もっとしっかり、水を足の先で押し出すつもりで。そうそう」


 別に今日一日で泳げるようにならなくてはいけないわけじゃないので、適当なところで一度プールを上がって休憩した。


「もっと学校の水泳の授業、しっかりやっておけば良かったな……」


「気にしなくていいよ、明莉。別に泳げなくたってアイドルにはなれるし、水泳選手でもない限り、泳ぎなんていらないさ」


 船で遭難することなんて、滅多にないだろう。


「うん、ありがとう。少し気が楽になった」


「じゃ、次は別のところに行ってみようか。ここ、いろいろあるみたいだし」


「そうだね」


 明莉を連れて、プールの種類を見ていく。


「「やっほーい!」」


 高いところから蛇行して水に流されながら降りてくるウォータースライダーが目に入った。

 恋人らしき男女が、体を密接させて楽しそうに滑降してくる。

 ちょっとやってみたくなったが、さすがに恋人でもないし、相手は所属事務所のアイドルなのだ。密接はご法度だな。

 それでも、一人ずつあれを滑り降りるのはいいだろう。


「ウォータースライダー、やってみる? 一人ずつでだけど」


「はい」


 明莉も興味があったようで笑顔ですぐにうなずき、僕らは階段を上った。


「じゃ、次の方、初めてですか?」


 一番上でどうしたらいいのか迷っていると係員が確認してきた。


「はい」


「壁に両手で手を突いたりして途中で止まったり、中で立ったりはしないでください。普通に水流に任せてもらえれば安全に降りられますので」


「わかりました」


「それと下に着いたら、次の人のために、すぐにその場からどいてくださいね」


「はい」


「じゃ、行きますよ。それっ」


 係員に背中を押してもらい、透明チューブの中をくねくねと回転しながら、滑り落ちる。結構な加速で止まらないのではっきり言って怖かった。


「うおっ、あひぃ!」


 声が裏返って情けないことになってしまったが、こればかりはどうしようもない。


「ひゃあああっ!」


 後ろから、今度は明莉が大きな悲鳴を上げながら落ちてくる。

 ようやくチューブから吐き出され、プールに足がついてからほっとした。おっと、すぐどかないと。


「あうっ!」

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