(2)
その夜――
のどが渇いて目が覚めた僕は台所に降りて、作り置きしておいた麦茶を飲む。
「ふう。明莉はちゃんと水分を取ってるかな?」
どうも彼女は他人の家の冷蔵庫を開けるのを遠慮してしまいそうな気がする。
「よし、なら……」
紙にマジックで『水分補給!』と書いて冷蔵庫にセロハンテープで貼り付けておく。これで意図は伝わるだろう。
「エアコンもちゃんと入れてるかな?」
スマホの天気予報を見るが、今夜は三十度を超えている。念のため、部屋のベランダに出て、明莉が寝ている部屋のエアコンが動いているか確認しようとしたら、彼女もベランダにいた。
「明莉、眠れないの?」
「あっ……うん、ちょっと眠れないというよりファンが増えてることを考えてたら、目が冴えちゃって」
「そっか。まあ、わかるよ。嬉しいよね」
「うん!」
にこっと屈託のない笑顔を見せてくれる明莉は本当にうれしそうだ。
ただ、ピンクのパジャマを着ているので、僕はそちらのほうが気になってしまう。まずいな。
意識して僕は外の庭を眺めることにした。暗くて何も見えないけど。
「いやー、今夜も暑いね」
「うん。あ、倉斗くん、ちゃんとエアコンはつけたほうがいいよ」
「つけてるよ。つけないと寝られないし。明莉はつけてる?」
「えっと……」
「ダメじゃないか。電気代なら全然気にしなくて大丈夫だよ。それくらいはうちの親がちゃんと残してくれてるし。大丈夫だ」
「あ、ううん、それを心配してというわけではないの」
「んん?」
「私、ちょっと冷え性で、エアコンをつけたままだと具合が悪くなっちゃうので……」
「ああ……」
冷え性か。女性にはそういう人も多いと聞く。だが、暑くてもあまり体にはよくないだろう。
「大丈夫、寝られないってほどでもないし、窓を開けていたら風も入ってくるから」
「わかった。扇風機を持っていくよ。それなら大丈夫だろ?」
「あ、うん、ありがとう」
よかった。
「それと明莉、水分補給はしっかりね。麦茶は冷蔵庫に作って入れてあるから」
「うん、知ってる。ちゃんと私ももらっているから、心配しないで」
ならいいけど。
「でも……こうして倉斗くんと、男の子と夜に二人きりで話すのって、なんだか不思議というか、変な気分」
明莉はそう言うとうつむいて僕から顔をそむけた。
「えっと……気持ち悪い? 怖い?」
「あっ、ううん、違うの。ごめんなさい、そういう意味じゃなくて、なんというか、ちょっと照れくさくて。何か緊張するというかですね……」
「ああ、まあ、僕もちょっと緊張してるからね。パジャマ姿の同級生と一緒なんて」
二人きりだし。暴走するつもりは毛頭ないが、意識はちょっとしてしまう。彼女は手の届く範囲にいるのだ。
「う、うん」
「あっ、絶対、明莉を襲ったりはしないから安心してくれ」
「ふふっ、それは全然心配してないよ。叔父さんも倉斗くんもちゃんと私に気を使ってくれてるし、ほら、覚えてる? この前、砂浜のステージで歌ったときに、借金取りに追いかけられたよね」
「ああ、あったな。僕の人生であんなにアクション映画みたいなふうになったのは初めてだったよ」
「ふふ、私も。で、そのときに倉斗くんが動けなかった私の手をとっさにつかんで引っ張ってくれたよね」
「そうだな」
「あれで、思ったの。ああ、この人は、危険なときでも私を守ってくれるんだって。ちょっと
「そ、そう」
「う、うん」
ここは……いや、明莉が僕を信頼してくれているのだ。ナイトを務め上げないとな。
僕は夜空の星を見て、そう誓うのだった。
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