第7話 それは妖精の花嫁のように
「今日はレタスとトマトのサラダ、そして――ジャジャーン、ハンバーグです!」
「おお!」
皿の上で堂々と主役をアピールしているハンバーグはたっぷりと特製ソースがかけられ、香ばしく焼けた肉の匂いと、かすかな黒胡椒の香りが食欲をそそる。
「って、ふふっ、倉斗くんも一緒に作ったのに」
柔らかな髪の間から覗く片目をつむって明莉が笑った。
「まあね」
ハンバーグの種をボウルの中で混ぜたりこねたりといった力の要るところは手伝わせてもらった。あとはほとんど明莉が作ってくれたので僕にとっては未知の味だ。楽しみ。オイスターソースとケチャップを半々に、みりんをひとさじ入れていて、普段の僕はみりんは入れたことが無いし、ソースとケチャップのどちらかしかつかわないので、ソースの味も期待大だ。
「「いただきます」」
テーブルを挟んだ位置で互いに手を合わせ、さっそくいただくことにする。麦茶に氷もいれたコップは温度差のせいか水滴がたくさん付いており、僕は真っ先にそれに手を伸ばした。
部屋のエアコンの冷房は使っていない。明莉が冷え性だと知ってから扇風機だけを頼っている。最初は暑くないかと心配そうに僕に聞いていた明莉だけど、何度も大丈夫と笑顔で言い聞かせてやり、エアコンも断っていたらようやく気にしないでくれた。本当はちょっと蒸し暑いし、彼女も実は気にしているのだろうけど、そこは明莉を優先だ。僕はマネージャーで彼女はアイドルなのだから。
続いてハンバーグに箸を入れるが、柔らかくて小分けも楽だった。
「へぇ、これ、妙に柔らかいね」
「ソースと一緒に煮込んであるの。倉斗くんは、硬めのほうが良かった?」
「いや、うん、こっちのほうがいいよ」
口に放り込むとソースの味がしっかり利いていてケチャップの酸味と甘みが肉とよく合う。一口で僕は明莉の味付けが好きになった。
「良かった……」
ほっとしたように胸をなで下ろす明莉は心配のしすぎだ。君が作ってくれた料理ならたとえ美味しくなくたって喜んで食べるから。
お互いお喋りなタイプではないので、静かに昼食が進む。
「ふう、ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
ぽっこりと膨らんだ満腹お腹をさすりながら、首振り扇風機のそよ風を浴びる。明莉が選曲したBGMが流れ緩やかな時間が流れていく。
このまま昼寝もいいなぁと僕はまどろんでいると、明莉がタオルケットを僕の体にかけてくれた。
そこで僕は起き上がる。
「そうだ、明莉、ステージ衣装のことだけど」
「うん」
「どんなデザインにするのかもう決めているのか?」
「ああ……浦間さんともまだ話し合っていないですね」
「わかった。ちょっと聞いてみるよ」
スマホを取り出し、叔父さんに連絡を取ってみた。
『明莉のステージ衣装のデザイン、どうするか決まっているの?』
『まだだ。それも決めないといけなかったな。明莉にどんな衣装がいいか、聞いてみてくれ』
「明莉、どんなのがいいかって」
「そうですね……」
彼女も具体的なアイディアは無さそうだ。
だが、彼女のデビュー曲はゆったりとした、切ない感じのラブソングだ。ジャンルでいえばバラードだろう。なら、諸星愛衣のようなド派手で攻撃的なものよりも、可愛くて清楚な感じがいいかもしれない。パステルカラーで、いや、ウェディングドレスみたいなのもありかも。僕は目の前にいる明莉が純白のウェディングドレスを着ているところを想像して――鼻を押さえた。何かヤバい。可愛すぎて、鼻血が出そうだ。
「倉斗くん? 大丈夫?」
「ああ、大丈夫、何でもない」
「私、こんな感じの、妖精さんなんてどうかと思うんだけど」
明莉が検索した妖精のイラストを見せてくる。やや子供向けの、背中に羽根があるファンタジーっぽい妖精だったが、曲のイメージとしては合っているように思えた。
「なるほど。もう少し大人っぽいのがいいと思うけど、叔父さんに見せてみよう」
「うん。送信っと」
『なるほど、ファンタジーがテーマか。曲の雰囲気は合っていそうだが、詩はラブソングだからな。もっと大人の女性の雰囲気を出したいところだ』
『はい』
『これに、ウェディングドレスのような、半透明のヴェールをつけてみたらどうかと思うんだけど』
僕はちょっと自分の希望を入れてみた。明莉に似合うと思ったので問題はないはずだ。
『ほう、妖精の花嫁か。いいだろう。それなら大人の雰囲気も出そうだ』
「うん、それがいいと思う」
明莉も賛成のようだ。
『色は黄色、月野明莉だから、夜に浮かぶ月でどうだ?』
叔父さんが提案した。
『いいんじゃないかな』『いいと思います』
決まりそうだな。
『よし、さっそくデザイナーに発注をかけておく。採寸や直しは……ま、デザインが完成してからでいいだろう』
叔父さんが借金取りから逃げまくっているので、なかなかそのあたりの合流は難しそうだ。だが、叔父さんなら上手くやるだろう。
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