(2)

「それしかないだろう。わざわざ敵の罠に引っかかることはない。他にもメジャーデビューの道はある。地道にネットで新曲のMVを出していくとか、小さな会場でライブをやっていくとか、企業からCMのオファーが入れば――」


「あの、私、テレビに出たいです」


 明莉がそう言い出すのはわかっていた。彼女の目標は親友の可奈に自分を見つけてもらうため。そのためだけの歌手デビューなのだから。認知度が大きく上がるテレビ番組への出演を、一度つかんだ目の前のチャンスを簡単に手放すことなどできないだろう。

 それが彼女にとって親友に会える最速の道だ。


「説得しろ、倉斗。明莉にはメジャーでやっていけるだけの才能がある。今はまだ未熟だが、声質、歌の才能は飛び抜けている。何より、お前も感じてるだろう。彼女には不思議な魅力があると」


「ああ」


 そこは僕も感じていた。引き込まれるような何か。彼女にはそのカリスマがある。

 だけど……。

 ここで叔父さんの方針でやっていたら、メジャーデビューは確実に遅れることになる。それだけじゃない。次にテレビに出られるのはいつになるか。

 僕は明莉に聞いた。


「明莉、これが最後のチャンスになってもいいんだな? 潰されても、、、、、出たいのか?」


「……はい」


 決まりだな。

 明莉は別に優勝しなくても、テレビに露出さえすれば良かったのだ。それで可奈ちゃんが明莉の姿を見る可能性はある。アイドル番組をいつも見るのが好きだったという可奈ちゃんは、この大型新人の舞台をきっと目にするはずだ。明莉が知っているままの可奈ちゃんならば、だが。

 アイドルに興味を失っている可奈ちゃんならば、会わないほうがいい。明莉は毎日欠かさず歌の練習してまで可奈と会いたがっていた。それはお互いを不幸にするだけだ。

 たとえ可能性が低くとも、僕は明莉のワガママを望む形で叶えてやりたい。


「おい、何を言ってる、倉斗。彼女を説得しろと言ってるだろう」


「従えないよ、叔父さん。僕は明莉のマネージャーを引き受けてる。だから、明莉の側に付く。彼女の味方だ」


「バカな……! わかっているのか。アイドルの命は短いんだぞ! 十代でデビューできなければ、そこでもう終わりだ。二十代から這い上がっても、才能は見向きもされない世界だ。それがアイドルなんだ!」


「わかってるよ。明莉は売れなければ大学進学を選ぶとも言ってる。高校でデビューできなければ、アイドル活動はおしまいだ。そうだね?」


 僕は明莉の目を見て確認する。


「はい」


 彼女は一度も目をそらさなかった。その瞳に迷いも曇りも無い。


「おい、倉斗、明莉は十年に一度の逸材だ。浦間プロダクションを復活させるだけのポテンシャルも秘めてる。それをお前……」


 そう言われると辛いのだが、僕は叔父さんの力量をもっと高く評価している。


「叔父さんなら、また来年、十年に一度の人材を見つけられると思うよ。だってこの十年の間、誰も見つけてこなかったわけじゃないでしょ?」


「ふん、言ってくれる。ああ、そうとも! 十年に一度の逸材は三年に一度の割合で見つけてきたさ。全部大手に引き抜かれて逃げられたがな!」


 それが小さなプロダクションの宿命だろうか。似たような運命を辿っている弱小野球チームが頭に思い浮かんだが、今はそんなことを考えてる場合じゃないな。


「叔父さん、なら、明莉をこのフェスで優勝させる方法を考えようよ。僕も手を考えてみる」


「はんっ、若造が一丁前の口を利くようになったな?」


「社長の指導がいいからね」


「言ってろ。わかった。それが明莉とお前の意思なら、また方法を考えて連絡を入れる。レッスンは怠るなよ」


「了解」

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