第4話 地道な活動(1)
午前中は夢仲先生に指導してもらい、まだまだの感じではあったが明莉も僕も色々なことを学んだ。音楽は奥が深い。だが、それだけにこうして続けていればアイドル候補として成長していけるはずだ。
「じゃ、お昼ご飯、どうしようか」
明莉と二人で僕の家に向かいながら聞く。
「食材をスーパーで買いましょう。そのほうが安上がりなので」
明莉が言うけれど。
「でも、明莉は家に帰った方が」
「いえ、お母さん達に迷惑はかけたくないので」
「そう」
借金取りに自宅が見つからないか、心配なのだろう。一時なら大丈夫な気がするのだが、絶対という保証はないので僕もそれ以上は言えない。
「倉斗くんは何が食べたいですか」
「僕? そうだなぁ。暑いし、やっぱり冷麺かな。あと唐揚げ」
「わかりました。バッチリ家庭の味を作ってあげますね!」
妙に気合いが入った声だ。
「ありがたいけど、一応、僕も料理くらいは作れるからね。簡単なのだけど」
「あっ、ごめんなさい。そういえば倉斗くんも普段は自炊してるんですか?」
「まあ、あんまり無駄遣いはできないし、自炊してるよ。外食って塩分が多いって言うからね」
「はい。私もあんまり味が濃いのは苦手です」
「そうだね」
外食のほうが美味しいものもあるけれど、朝の出来たての味噌汁なんかは、自炊のほうが好みの濃さになるのでそっちのほうがいい。明莉の料理は薄味なので、こういう子がお嫁さんになってくれて毎日ご飯を作ってくれたらなぁと思ってしまう。明莉が僕の恋人だったら……い、いかん、何を考えてるんだ、僕は。余計なことを考えてしまった。
「倉斗くん、どうかした?」
「い、いや、何でもないよ」
僕は慌ててごまかした。だって、明莉との結婚生活を考えてしまったなどと言っては彼女に気持ち悪がられてしまう。あくまで明莉はアイドルとして僕と一緒にいるのだ。そこに恋愛関係があるわけじゃないし、彼女が将来誰と結婚するかなんてわからない。間違っても僕がストーカーにならないようにしないとな。
「そうですか。ふふ、変なの」
スーパーに二人で行き、必要な材料を買って帰った。
そうじゃないとわかっているのにこの共同生活はなんだか楽しい。彼女と二人きりで料理などと、破壊力がありすぎる。将来は絶対に恋人を作ろう。僕は新たな決意をした。
「「「ごちそうさまでした」」」
食事は二人で一緒に作り、僕らの最初の共同作業となった。お互い遠慮し合ってぎこちなかったが、それでも同い年の異性と二人きりで何かをやるなんて初めての経験だったので、変な高揚があった。明莉もそのあたりを意識してしまったのかちょっとテンションが高かった。
幸い、変な事故は起きず、料理も美味しく作れた。お腹いっぱいで大満足だ。
しばらく二人でリビングのソファーでくつろいでいると、叔父さんからの連絡が入った。
「どうだ、二人とも、上手くやってるか」
僕のスマホをスピーカーモードにして二人で聞いた。
「ああ」「はい」
「よし、さっそく次のステージを取ってきたぞ」
「わぁ」「すごいね、叔父さん」
「おいおい、倉斗、オレを誰だと思ってる。プロダクションの社長だぞ?」
「そうだった」
「今年の八月、つまり来月の話だが、テレビ局が主催する新人スター音楽祭という番組がある。明莉のデモテープと書類を送っておいたが……喜べ、審査に合格したぞ!」
「おお」「すごい!」
「じゃあ、来月明莉はテレビ出演、メジャーデビューってこと?」
だとしたら明莉の夢はほとんど叶ったも同然だ。彼女の小学校の友達がその番組を見ているとは限らないけれど、テレビに出ていればいつか可奈ちゃんの目に止まるはず。
「焦るな。まだ一次審査が通っただけだ。まだ二次審査と当日の最終審査があるらしい。今年からの新企画だから、細かい日程と条件は未定だ。だが、聞いた話では二次審査はアイドルが歌う各ステージの動員数と盛り上がりや、MCのトークを見るらしい」
「動員数……」
デビューの砂浜でのステージを思い出すが、人数はお世辞にも多いとは言えなかった。
「え、MCトークですか……はぅ」
明莉もトークと聞いて青ざめる。
「案ずるな。どうせ応募も殺到してるからな。スタッフの審査員もいちいち細かいところまで回って見やしない。だから、チラッと見たときにステージが満員になってればまずクリアだ。そこを考えて、観客数が少なめのライブハウスを予約してある。単独ライブじゃなくて、ブッキング――複数のバンドも同じ日にライブをするから、その客も当てにできるぞ。トリに人気のあるバンドが登場する日に入れてもらったから、観客数は心配しなくていい」
「へえ。でも、他のバンドの客を当てにするのって、ちょっとセコいね」
「言うな。これもスターダムへの道を駆け上がるには必要な事だ。だが、きちっとした舞台で観客が多い分、下手な歌を披露すればばブーイングが起きることだってある」
「ええっ! そんな……」
「ま、明莉なら大丈夫だろう」
なら言わなきゃいいのに。明莉はすっかりおびえてしまったじゃないか……。
「それより、ライブをやるにあたって二つの問題点がある」
「問題?」
「ああ。まずチケットのノルマだ。通常、インディーズバンド――メジャーデビュー前の無名なバンドが出演するようなライブハウスではチケットを自分たちで売りさばく必要がある。オレも知り合いに頼んで手配はしたが、借金の悪いウワサが関係者に広まっているせいか、ほとんど断られてしまった。悪いが倉斗、お前がクラスメイトに売るなりして、何とかノルマをクリアしてくれ。残り30枚だ」
「わかった。それなら、うーん、とにかくやってみるよ」
クラス全員を動員できればクリアだが、学校の他のクラスの生徒や路上売りでもやっていく必要もあるだろう。ま、これも明莉のためだ。やってやる。
「頼むぞ、倉斗。生徒だけなら、クラスメイトの明莉が出演すると言えば興味を持つだろう」
「はぅ、クラスメイトの前で歌うなんて……」
「はは、テレビに出れば全国のお茶の間の前で歌うんだ。クラスメイトだけじゃない。みんなに顔が知れ渡るし、そんな事は言ってられないぞ。友達の可奈ちゃんに歌を見てもらうのが明莉、お前の目標なんだろ」
「そ、そうでした」
「もう一つの問題は?」
「言いにくいが、ステージ衣装がまだできていない。安物や借り物で済ませることも可能だが、最終審査ではテレビ出演でのメジャーデビューが懸かっているからな。当然、オーダーメイドのオリジナルが望ましい。そうなると最低で十万はかかる」
金か……。十万円くらいならなんとかしてほしいが、一億円の借金がある叔父さんには難しいことだろう。
「わかりました。それくらいなら、お母さんに出してもらえると思います」
明莉が言うと叔父さんが拒否した。
「ダメだ。事務所としては一切金を取らないという条件で明莉のご両親を説得したんだからな。その約束や契約を反故にするわけにはいかない」
「じゃあ、僕が立て替えておくから、あとで叔父さんが払ってよ」
「それもダメだな」
「ええ?」
「稼いでもいない高校生が軽々しく他人の借金を背負うんじゃない。まず倉斗、お前はバイトで金の大切さを覚えてもらうぞ。話はそれからだ。マネージャーのバイトの件、覚えているだろう」
「そうだったね。で、仕事は何を?」
「駅前のデパートで試食の実演販売の補助員をしてもらう。客を捌く良い経験になるぞ。営業だ」
補助なら普通の高校生でもできるバイトだろう。
「私もやります」
「いや、明莉にはレッスンのほうを頑張ってもらいたいんだが」
「でも、私の衣装代ですよね。倉斗くんだけに働かせるわけにはいかないです」
「コイツにはあとでバイト代を払う予定なんだが……わかった。なら明莉も手伝ってくれ。話は通しておく」
「ありがとうございます」
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