(2)
さっそくその日からデパートに行き、売り場のバイトをやることになった。私服姿に着替えた明莉は、長袖のフェミニンなブラウスに、ベージュの落ち着いた色のスカートだ。
「明莉、その格好、暑くないのか?」
僕は彼女の服装が気になった。夏なのに長袖って。
「私、寒がりなんです。冷房が少し苦手なので」
「ああ、なるほど」
デパートの売り場は室内だろうし、冷房も食品を痛めないように強めになっている。それなら、別のバイトがいいのではないかとも思ったが、野外だと炎天下で熱射病も怖いんだよな。またあとで叔父さんと相談してみよう。
「じゃ、はい、このエプロンを二人とも付けて」
『花山』というプレートの中年の女性店員に指導を受け、基本的な挨拶を教わった。
「これが試食用のお皿。こっちの爪楊枝と包み紙も使い終わったらここのゴミ箱に捨てること。いいわね?」
「「わかりました」」
「じゃ、始めましょうか。さあさあ、油を使わないカニクリームコロッケのご紹介!」
電気フライヤーという家電を使い、電熱で焼き上げたコロッケを半分に切って試食用に包み紙に入れていく。
「お客さん、どうですか、お一つどうぞ」
近くに様子を見に寄ってきたお客さんに花山さんが勧め、僕らがコロッケを渡していく。
「あら、美味しい」
「油を使わないので、その分、ヘルシーですよ。オーブンでもできます」
「へぇ。それはいいわねぇ。一パック頂こうかしら」
「ありがとうございます」
評判は上々だ。実演をやっている花山さんがやり手な感じなので、手伝っている僕らも楽だ。叔父さんもそうだったけれど、知らない人にぐいぐい話しかけて客寄せをやっている。客の何人かに無視されてもちっとも気にした様子もない。
「すみません、チーズはどこにありますかねえ」
そんな中、おばあさんが明莉に尋ねてきた。
「あ、はい。こちらになります」
明莉は売り場を把握しているようで、あれなら大丈夫そうだ。
「良かったわ、二人とも働き者で。ところで、倉斗くんはバイトのお金、何に使うつもりなの」
「うーん、いえ、僕はまだ決めてないですね」
アイドルの衣装というと何だか気恥ずかしいのでごまかしておく。叔父さんから正式にもらえるバイト代もあるのだし。
「ええ? それも変わってるわねえ。普通は旅行やゲームのためにやる子が多いのに。あと服とか」
「明莉は服ですよ」
「明莉って、君の彼女?」
店員が興味津々という笑みで聞いてきた。
「違いますよ。タダのクラスメイトです」
「へえ、どうだか。脈はありそうだけど」
「い、いえ」
「すみません、戻りました」
明莉が戻ってきたけど、危ないな。彼女だの脈があるだの聞かれたら、どうするんだと。まったくもう。
「いいのよ。お客さんの対応も仕事のうちだし。それより、明莉ちゃん、あなた服を買いたいの?」
「ええ。あの、ステージ衣装を買うつもりなので」
「ステージ衣装?」
うーん、話しちゃったか。まあ隠さなきゃいけないことでもないか。
「はい。私、アイドルを目指しているんです」
「ええ? アイドルですってぇ?」
急に花山さんの目つきが険しくなった。
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