(2)
「ならいいけど。ふふっ、初々しいわねー。でも、どういう関係なの? 二人とも。ああ、クラスが2Aで一緒だったっけ?」
夢仲先生が聞いてきた。
「ええ、それもあるんですけど、実は……」
ここでいったん話を切って、僕は明莉を窺う。彼女は別に話しても良いという感じでうなずく。
「何?」
「実は彼女、僕の叔父が経営している芸能プロダクションに所属することになったんです」
「えっ、芸能プロダクションって、アイドルになるつもりなの?」
「ええ、まあ……」
明莉が恥ずかしそうにうなずく。
「すっご。私が高校生の時って、そりゃあ何度か夢見てオーディションにも行ってみたけど、落ちたなぁ」
オーディションに行ったのか。それもかなり本気な感じがする。
「ああ、それで歌の練習がしたいわけね?」
「そうなんです」
「わかったわ。まあ、そういうことなら、担任と進路指導の先生には内緒にしておいてあげる。でも、そのプロダクションって、大丈夫? 変なビデオ撮影とかされてない?」
「その辺は大丈夫です。まともな事務所ですから」
僕は叔父の名誉のためにも言っておく。
「そう。まあ、倉斗くんのご親戚なら、大丈夫か。どれ、そういうことなら、月野さん、ちょっとその芸能界を目指すって言う歌声、聞かせてもらおうじゃない」
「は、はい……」
相手は音楽教師だ。歌を聴いてもらえば、才能の善し悪しもわかってしまうだろう。明莉が緊張した。
「じゃ、ここなら防音が効いてて外に声は漏れないから、思いっ切り声を出して良いわよ。ちなみに、持ち歌があるの?」
「ええ。『彼方の星空』という曲です。こんな感じの」
明莉がスマホをタップして曲を再生した。歌声は入っておらず、カラオケ用のBGMだ。
「えっ、カバー曲じゃないわよね、これ。なあに、高校生の無名歌手が曲まで付けてもらってるの? 生意気」
「あぅ、す、すみません……」
「まあまあ、先生」
「そうね、じゃ、いいわよ、それなら、先生がピアノでメロディーを伴奏してあげるから、ちょっと歌ってご覧なさい」
「えっ、先生が伴奏を?」
「そうよ。何か文句でもあるの?」
「いえ」
ま、特に問題は無いだろう。明莉もうなずいて、その気になったようだ。
先生がピアノを弾き始めたが、楽譜も無しですごいな。
明莉が目を閉じて呼吸を整え、そして歌い始めた。
星空の下
あなただけを信じて
共に歩きた――
「ストップ! ストーップ!」
伴奏を弾いていた先生が、両手でガーンと不協和音を叩きだし、手を止めてしまった。
「全然ダメじゃない。ええ? それで芸能プロダクションに所属して歌手を目指す、ですって? 冗談でしょ。私よりも下手じゃないの!」
「あぅ、ご、ごめんなさいっ!」
「せ、先生、ちょっと待ってください。先生は音大を出てるんですよね?」
「当然よ」
「なら、歌は上手くて当然だと思いますよ。こっちはアイドルなので、それなりに可愛く歌えればいいので」
なんとか明莉をフォローしておかないと、やめると言い出しかねない。
「うーん、そう、アイドルか。まあ、それならわからなくもないわね。フン、まあ、アイドルなんてどうせ年齢でしょ? ちなみにどうかしら、倉斗くん。私、二十三でサバを読んだら、行けるかな?」
そう言って可愛いポーズを取る先生。
「いや、どうでしょう……」
「じゃ、十七歳は?」
今度は上目遣いのまま両腕で挟み込むようにして胸を強調するポーズを取ってきたが……
「それは無理です」
いくらなんでも先生は大人びた顔なので、高校生には見えない。そこはハッキリ答えておく。
「チッ」
不快そうに舌打ちされてしまった。先生も歌手になりたい過去があったようだから、少し未練があるのだろう。
「あー、なんか世の中を呪いたくなってきたわね」
「あぅ、あ、あの」
どうしよう、この空気。
考えろ。何かこの最悪の空気を乗り切る方法は……お、これで行ってみるかな?
「先生」
「何よ?」
「先生は今、音楽教師として成功してるじゃないですか」
「ええ? 成功? 安月給で笑わせないでよ」
「いえ、お金のことでは無いです。生徒達に丁寧に音楽を教えてくれて、クラスでは評判がいいですよ。な? 月野」
「は、はい。先生は人気者です」
「ふふっ、まあ、そりゃあ若くて美人だし?」
「「ウンウン」」
そこは無条件に同意できる。ちょっと面倒臭い性格してるとわかったけど。
「でも、先生も高校生の頃はちょっとアイドルになってみたかったんですよね?」
「ま、そりゃあちょっとは売れてテレビに出たいと思ったりするじゃない?」
「ええ、そうですね」
僕はそんなことは一度も考えたことはないけれど、考える子もいることだろう。うなずいておく。
さぁ、とにかく先生が上手く話に乗ってきたからには、ここだ。
僕は真面目な顔で言う。
「その夢、月野に託してもらえませんか。先生が指導するという形で」
「ああ……なるほど。へぇ」
うん、空気が変わったな。良い方向へ。先生の顔から険が取れた。
「わかったわ、倉斗くん。私が音楽面で月野さんを指導して、導いてあげるわね。これも教師の役目ですもの」
「はい」「ありがとうございます、先生」
月野もほっとしたようにお礼を言う。
「でも、倉斗くん、あなたって前からそうだと思ってたけど、やけに大人びているというか、知恵が回るわねえ。高校生とは思えないわ」
「よく言われます。お前は変わってるって。爺くさいとか」
それでも高校生なので、肩をすくめるしかない。
「ふふっ、何でかしらね」
「さあ」
月野はそこではっとした様子で、僕を見て悲しそうな顔になったけれど、別に両親がいるかいないかは関係ないだろう。これは僕の生まれ持った性格のはずだ。
「ま、いいわ。じゃあ、月野さん、私のレッスンは厳しいわよ? 付いてこられる?」
「が、頑張ります」
「よし。じゃあ、まずはボイストレーニングから始めるわよ。声は大きく腹から出す、腹から」
それから夢仲先生による専門的なトレーニングが始まった。アイドルとして売れるために、それがどれだけ役立つのかは僕にはよくわからないが、やらないよりはやったほうがいいだろう。アイドルだって歌が上手いほうが良いに決まっているのだ。
「はい、音がズレてる。ピッチもっと上げて! 喉の奥も開く!」
「は、はい。アー」
「上げすぎ! 音程変えてどうするの」
「あぅ」
授業とは違い、スパルタでなかなか大変そうだ。
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