第13話
夏のような日差しが降り注ぐ中、比較的涼しいとされる校舎裏とはいえ、湿気で蒸し暑くなっている。長時間の捜索は熱中症を引き起こしかねない。すでに三人の頬には汗が滴っていた。
捜索を始めて一時間が経過した頃、あまりの暑さに倉庫の横に積まれた土嚢を半分ほど動かし終えた半井が顔を上げた。
焼却炉付近を探す二人は手を休めることなく続けている。一度休憩すべきだと思ったが、あまりにも二人の真剣な表情を見るかぎり、おそらくどちらも応じないだろう。せめて熱中症になる前に水分補給をさせたいところだ。考えていると、少し戻れば自販機があったのを思い出した。
「ほまれ、糸魚川。近くの自販機に行ってくる。くれぐれも倒れないように――」
「あった……」
半井の声かけと同時に、ほまれがわなわなと震え、興奮交じりの声が聞こえた。地面から顔を上げた糸魚川が、彼女の手のひらに置かれた物に目を見開いた。土で汚れているが、留め具が壊れた五百円玉くらいの大きさのコインだった。ほまれは糸魚川にそれを差し出した。
「このコイン、側面に切り込みが入ってて、開けるようになってるの。トイくんが確認して」
「……は、はい」
渡されたコインを、糸魚川が慎重に開く。中には二人の男女が赤ん坊を囲んで微笑んでいる写真が入っていた。――間違いなく、糸魚川の両親だった。
「これだ……これです! 間違いありません!」
「――や、やったぁ!」
いろんなものが込み上げてくる中、糸魚川が絞り出した言葉にほまれは飛び跳ねて喜んだ。半井も寄ってきて、笑みを浮かべて胸を撫で下ろした。
「よかったな、糸魚川。それにしてもほまれ、こんな小さいのどこにあったんだ?」
「レンガとブロックの隙間に引っかかってた。コンクリートの表面で削れて傷になってる部分があるから、転がった時に自分で耐えたんだろうね」
「自分で……? どういうことですか?」
まるでペンダントに意志があるような言いぐさに首を傾げる。
落とした際に転がって運よく引っかかったならばまだしも、見つけてもらえるように耐えたというのはどうもおかしい話だ。
しかし、ほまれはあっけらかんと口にした。
「ペンダントが君のもとに帰りたかったからだよ」
「は……? いやあの、高校生になって流石にその例えは無理があるんじゃないですか……?」
「どうして? 君は幼い頃に遭った火事で両親に守られた。お父様はお母様を助けるために戻り、帰らぬ人になってしまったけど、二人とも必ず君のもとへ戻ると誓ったはずだよ。だから、コンクリートに引っかかれようが焼却炉の煤で黒くなろうが、君が見つけてくれると信じて待ってたんだよ。今度こそ、傍にいるために」
『必ず戻る』――父親との最後に交わした言葉をふと思い出す。
自分を他人に預け、燃え盛る炎の中に戻っていく大きな父親の背中を、糸魚川は無我夢中で呼び止めた。空を切る自分の両手が嫌だった。周りを振り払ってでも一緒に飛び込めば良かったと、戻ってきた二人の前で何度も後悔した。
一緒にいたかった。
助けたかった。
せめてもの償いでずっと身に着けていたはずなのに、どうして切り捨て、忘れようとしていたのだろう。
写真の中の二人がこちらに微笑んでいるように見えて、留めていた涙が溢れた。
「よく頑張ったね。ご両親も、トイくんも」
せき止めるものはなにもない。糸魚川は煤にまみれた手でペンダントを両手で包み、その場にしゃがみこんだ。地面に大粒の涙が零れるのを、ほまれと半井は静かに見守っていた。
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