第12話
二人に連行される形で糸魚川がやってきたのは、本校舎の裏にある用務員が利用する倉庫だった。
学校の花壇に使用されている肥料や木材など、学校の周辺を整備する資材や道具が保管されている。倉庫のすぐ横には、使われなくなったレンガやコンクリートブロック、非常時の土嚢が外に置かれており、もはや何十年も前に使用を禁止され、ただの置物となってしまった焼却炉が佇んでいた。
「ここは三年生の悪い子が授業を抜けてここに集まっていることで有名な隠れスポットなんだよ。垣田くんが焼却炉の近くで絡まれたって言ってたし、ここで間違いないよね」
「……いやいや、そんな場所をパワースポットみたいに言わないでください」
「実際にパワースポットだ。ここに来ると絡まれるって有名だからな」
ご利益を得られないどころか怪我をさせられるなんて、酷いパワースポットができてしまったものだ。
ほまれは糸魚川から手を離すと、長い黒髪を一つにまとめて括ってお団子にする。そして地面に這いつくばるように、焼却炉の周辺を探し始めた。いくらここ数日雨が降っていないとはいえ、校舎裏は日陰となっており、湿気で地面がぬかるんでいる。
「と……轟木先輩!? そんなことしたら制服が汚れますよ!?」
「言っても無駄だ、糸魚川。ああなったら誰も止められない」
そう言って半井も倉庫の壁に沿って積み重ねられた土嚢を一つずつどかしながら確認していく。
「半井先輩も、なにしてるんですか? 二人がどうして……」
糸魚川には理解できなかった。
探し方を教えてほしいという無茶な相談をしただけで、どうしてそこまで二人が服を汚し、授業をサボってまで赤の他人の失せ物を探すのか。特にほまれは黙々と焼却炉の方まで進んで、見落としがないように目を皿にして探している。
いくら生徒会が全校生徒の有意義な学校生活を送れるようにと尽くしているとはいえ、ここまでする彼女の動力はどこにあるのだろうか。
「生徒会は、応援するだけなんでしょう!?」
「ああ、そうだよ」
糸魚川の叫びに、半井が顔を上げた。すでに服は泥で汚れ、顔には更に泥が跳ねて黒い点が増えている。
「応援するだけで、あとは生徒次第――それがモットーだ。でもほまれは、お前の話を聞いた直後、生徒会室の壁に穴を空けた。拳一個分、それはもうデカいのを一つ」
「拳……? それと何の関係が?」
「『今までも、これから先も支えてくれる大切な存在が家族だから』と。アイツの家も訳アリでな、境遇は違うにせよ、重ねちまったのかな。それだけじゃない」
――たとえ目に見えなくても見守ってくれている。心底嫌いで一生打ち解けられない人もいるだろうけど、何かのタイミングで後悔することがあるかもしれない。中には、本当に離れてよかったと清々しい人もいるだろうけど、また新しく人との関わりを求めるはずだよ。人は縁を紡ぎ、切り離してはまた紡ぐ。その繰り返しなのだから。
――特に彼は本来の家族も今の家族も大切にしている。それを簡単に手放すのは、絶対苦しいよ。
――なにより、私たちに打ち明けてくれた彼の高校生活は始まったばかりなんだよ? こんなやりきれない気持ちでこれからの日々を過ごしていくなんて、私が許せない。
「……だとよ。大切な家族を引き裂いた原因が高校での生活に関係するとなれば、学校生活を応援するモットーを掲げた生徒会の失態だ。だから俺達は活動の一つとして、敷地内の落とし物チェックとしてこの近辺を探す。見つけたら保健室に届けるさ。それなら私情なんてどうでもいいだろ」
「……なんですか、それ」
生徒会がしていることは、結局ただのお人好しなのだ。そう割り切ればいいはずなのに、糸魚川には、ほまれの言葉が頭から離れない。
『今までも、これから先も支えてくれる大切な存在が家族だから』
糸魚川は海田家が好きだ。古臭い家でも、笑って自分を迎え入れてくれた二人が好きだ。
だからこそ、二人の本当の息子になりたかった。生みの親を忘れて、海田として生きていくことを決めたはずだった。
しかし、二人は自分だけでなく、亡くなった両親のことまでを考えて、糸魚川の名前を残してくれた。名字は違えど息子同然だと言われた時に安堵したのは、息子であることを認めてくれただけでなく、自分が生みの親を忘れないようにしていてくれたことがわかったからだ。
子は親を選べない。それは逆も然り。ならば互いが歩み寄るしかないじゃないか。
「――轟木先輩!」
糸魚川はジャケットを脱いでほまれに近付くと、彼女にジャケットを突き出した。
「なにこれ?」
「スカートの中が見えます。これを腰に巻いてください」
「そんなことしたら汚れちゃうでしょ! それに下に短パン穿いてるし……」
「ダメです。巻いてください。それに僕のジャケットを汚したくなかったら、地面じゃなくてレンガやブロックの隙間を探してもらえませんか? 地面は僕が探します」
半ば強引にほまれにジャケットを渡すと、糸魚川は彼女がしていたように、地面に這いつくばって焼却炉の近くを注意深く探し始める。先程とは打って変わった彼の真剣な眼差しに、ほまれは満足そうに笑うと、ジャケットを腰に巻いて焼却炉のすぐ近くに置かれたレンガを移動させながら探す。
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