第10話

「は……? 貰ってますよ、もちろん」

「じゃあその中身は読んだ? 第三条、服装についての項目。『基本学校指定の制服を着用する。非常事態が起きた場合のみ申請を出せば私服の着用を許可する。また、最低限のマナーを守ったアクセサリーは身に付けても良い。』……これに則ればトイくんは校則違反をしていないことになる。ペンダントがダメなら、あなたのピアスやTシャツも違反だからね。見逃してもらっていることを自覚しなさい」


「うっ……で、でも男でペンダントって、ダサくないですか? 中に家族の写真だって入ってたんですよ!」

「私はパーソナルスペースを踏み荒らしていく君の方がダサいと思うよ」

「はぁ!? どこが……」


「君は彼の何を知っている? 何が気に入らない? 君がどれだけ彼を陥れようとしても何歯向かわなかったから? 反応しなかったから彼の大切なペンダントを奪って隠したの? 糸魚川くんが授業の合間を見計らって校内を探しまわり、事務室に訪れては落とし物として届いていないか確認していることを、君は、君たちは誰よりも知っていたのにどうして嗤った? ロケットに家族の写真が入っていたのは彼がそれほど家族を大切にしているからだって、どうしてわからないの!」


 ほまれが次々に繰り出す言葉に、垣田と他のクラスメイトの顔が真っ青になっていく。

 並べられた言葉は子供に言って聞かせるほど優しいものなのに、まるで説教で、恐喝だった。彼女が纏うオーラに飲み込まれて、誰ひとり何も言い返せない。


「垣田くん、君が彼を良く思っていないことは見ていればわかる。だからといって彼や彼の家族を偏見だけで貶すのは間違っている」

「……く、クソが! 女の癖に……」

「女が口を出すと生意気に聞こえるのかな? それは良くないね。私の話が耳障りなら、君に聞こえてくる言葉すべてが君への文句になってしまう。……そうじゃないことくらい、わかってるでしょう?」


 これ以上言葉が出てこなかったのか、垣田は肩を震わせ、黙ってほまれを睨みつける。他のクラスメイトも野次を飛ばそうと口を開いたが、彼女の威圧感に圧されて黙ったままだった。ついに垣田は松田の方を向いて縋った。


「ち、ちがう! アイツは家族なんて大事にしてるもんか! 家出してるんだから……先生!」

「……垣田、表札を掲げるのは義務じゃないんだよ。郵便物が確実に行われるようにするためのもので、最近は個人情報が流れるのを危惧して、つけないところもあるくらいだ。女性世帯だと知って乗りこまれ、犯罪でも起きたら大変だからな。糸魚川の事情についても事前に話を聞いている。家出はしていないことだけは確かだ」

「な……っ」

「話を聞いている限り、お前が一方的に糸魚川に暴言を吐いているだけとしか思えないんだが……どういうことか説明してくれないか?」

「……オイ、これ」


 松田と垣田が話している間、半井が机を漁ってチェーンを取り出してかざす。先輩が見せたのは、留め具が壊れたくすんだシルバーチェーンだった。


「チェーン……だけ?」

「机の奥にもロケットはない。お前、まさか壊して――」

「……ははっ!」


 思わぬ事態に焦っていると、垣田が狂ったように嗤い出した。


「バカかよ! 誰もそれが糸魚川のペンダントだって言ってねぇし! 俺が盗んだ証拠ねぇし!」

「お前、往生際が悪いぞ!」

「何が? 先輩だってペンダントがどんな形してるか知らねぇんだろ? 糸魚川が嘘ついている可能性だって――」

「それはねぇよ」


 ばっさりと。


 狂ったように嗤う垣田の声を遮ったのは半井だった。


「自分で言ってただろ。『』って。糸魚川が誰にも見せていないロケットの写真を、どうしてお前が知ってんだよ?」


 真っ当な証言だった。確かに垣田は松田やほまれにそう説明している。それに今更気づいたのか、垣田は更に真っ青な顔色になり、その場に立ち崩れた。まるですべて密室トリックを崩された犯人のようだった。

 ほまれはしゃがんで垣田の頬に手を添えると、満面の笑みで問いかける。


「さぁ、垣田くん。もういいよね。ペンダントはどうしたのかな?」

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