第7話

 一ヵ月前――無事入学式とガイダンスを終えてようやく授業が始まった頃、垣田を中心としたグループに目をつけられたのがきっかけだった。


 自分が垣田に何をしたのか、心当たりは全くなく、なぜか自分がいる近くで陰口を叩かれた。しかし、イジメのような大事に発展するようなものではなかったことから、聞こえないフリを続けていた。


 ペンダントの留め具が緩かったのは本当の話で、教室から理科室までの間に垣田に絡まれ、突き飛ばされた時に外れてしまった。それを垣田が拾い上げ、「これを校内に隠す。探し出せたらもう二度と関わらない」とゲームを提案してきたのだ。ふざけた提案に糸魚川は反対したけど、人数の差でなす術なく、その日からペンダントを探しまわる日々が続いた。暴力がなかったことだけが唯一の救いだったかもしれない。それでも一向に見つからず、祝日の連休と重なって校内を探すのに手間取っていた。


 生徒会室に訪れたのだって、「探し方を教えてほしい」というくだらない相談をしにきた訳ではなく、ペンダントを隠されているかもしれないと思って探りにきただけだった。


 よく考えれば魔の巣窟と噂され、先輩が常駐している生徒会室に簡単に忍び込めるわけが無かったなと、ここに来たことを後悔している。


「――だから、最初から相談しに来たなんて嘘だったんです。でも僕はこれが大事になるほどのことではないと思ったから、言いませんでした。騙していてすみませんでした」


 一通り説明して、糸魚川は頭を下げた。

 完全に個人の問題だったし、生徒会が掲げているモットーには関係ないと思っていた。だから必要なことは話さなかったし、隠していたことについては謝るつもりはない。でも目的が相談ではなく生徒会室そのものだったことは、騙していたことにかわりはない。


「……突き飛ばされてペンダントを盗られた、か。なぜ垣田はペンダントに目をつけたんだ? アクセサリーを身に着けることは別に校則に違反していないだろ」


 しばらく続いた沈黙を破ったのは半井だった。確かに入学当初に配られた生徒会手帳にそんな記載はない。覚えている人の方が少ないだろうけど。

 答えは至ってシンプルだ。


「男がロケットを肌身離さず持ち歩いているのが、気持ち悪かったんでしょう」

「ロケット? ペンダントじゃないの?」

「知りませんか? 写真を入れられるペンダントのことをロケットペンダントというんです。僕はその中に写真を入れていました。垣田はそれを見たんです」


 五百円玉くらいの大きさのロケットには、幼い頃の糸魚川とその家族の写真が入っていた。まだ赤ん坊で眠っている彼を挟んで、両親が満面の笑みを浮かべている、他人から見れば仲睦まじい様子の写真だった。


「それを見てからマザコンだの気持ち悪いだの、そういった罵倒が多くなりました。一度だけ垣田に家族のことを聞いたら怒り出したから、おそらく気に食わないんでしょう。それとどこから仕入れてきたか、僕の家族のことを調べた奴もいて、表札に書かれた名字が違う家に住んでいるから、家出してるとか変な噂が出回っているんです」

「……その辺でいいぞ。俺達はそこまで踏み込むつもりはないぞ」

「問題ありません。これに限っては僕も割り切っています」

「……分かった。俺達は人の事情を口外するつもりはない」


 半井の戸惑う表情を見て、少し申し訳なく思いながら糸魚川は続ける。


「表札が違う家に住んでいるのは、僕がその家の子ではないからです。本当の両親は僕が五歳の時に火事で亡くなりました」


 当時のニュースによれば、同じアパートに住む住民の寝タバコが原因だったらしい。じっくりと広がった火は隣の部屋へ移り、アパート全体に広がった。火災報知器が備わっていたにも関わらず、運悪く故障していた糸魚川の部屋は、コンビニに買い物しに出ていた父親が戻ってこなければ一酸化炭素中毒ですでに死んでいただろう。


 母親は急いで息子の首にペンダントをかけると、父親に託して後ろから一緒に部屋を出てくるはずだった。途中で壁が壊れ、母親だけが取り残されてしまったのだ。父親は引き返すのを躊躇いながらも、まずはアパートの外に出た。そして消防隊が遅れていると聞くと、息子を他人に預け、再び火の海へ戻っていった。消防隊が到着したのは、その十分後で、二人がアパートの火の海から戻ってくることはなかった。


 両親が亡くなり、半年ほど親戚をたらい回しにされ、最終的に遠縁の海田夫婦に引き取ってもらえることになり、今に至る。


「つまり、そのロケットの写真は最後の家族写真で、両親の形見なんだね」


 今まで黙って聞いていたほまれが、感慨深げに口を開いた。


「そんなに大切なものを隠されて、君は怒り狂ってもおかしくはないはずだよね。大事にしたくなかったのは、今のご両親に迷惑がかかるから? それとも、一人で何とかなると思ったの?」

「どっちもです」


 少なくとも、糸魚川が親戚にたらい回しにされた時点で、引き取ったあの二人には迷惑しかかけていないのだ。いつしか二人の、いや、自分以外の人を頼ることが苦手になっていた。


「それに同い年が隠すんだから、自分が覚えていられる場所に隠すだろうって思って。大事にはしたくなかったけど、こんな展開になると思っていなかったので、想定外でした」


 あまりにも糸魚川があっけらかんと答えるから、二人はまた黙ってしまった。

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