第6話
“逃げられるものなら逃げてみろ。地の果てまで追いかけてやるからな。”
――と言いたげな半井の視線に逆らうことなどできるはずもなく、糸魚川は大人しく生徒会室に連行された。
廊下を歩く度に半井の涼しげな横顔にうっとりする女子生徒や、掴まれた腕を見て嫉妬する先生の目を掻い潜って中に入ると、轟木ほまれがソファーに足を投げ出して校舎の見取り図に目を通していた。二人が入ってきたことに気づくと、眼鏡をかけ直しながらこちらに目をむけた。
「やぁ、トイくん。来てもらって悪かったね。どうぞ座って。半ちゃん、今日はココアがいいな」
「ねぇよ。腐りやすい物は買い置きができない」
「でも今日トイくんが来ることは事前にわかってたじゃん」
「ついさっきの話だろ」
「……ちょっと待ってください。何の話ですか?」
二人の先輩が交わす話の内容が入ってこない。
どうしてほまれは彼がここに来ることを予知していたんだのか。例え垣田が絡んでこなかったとしても、彼が生徒会室を再び訪れる確率は低いはずだ。
「あの揉め事が無くてもお前はここに来た。……いや、連れてこられた、が正しいか。授業が終わったあとに俺が教室に迎えに行ったんだ。そしたら隣の教室にいるってクライメイトが言っていたから終わるの待ってた」
「……最初から連行するつもりだったんですね?」
「そういうこった。お前には聞きたいことがあるからな」
半井はドアに鍵をかけ、入口をカーテンで覆った。これで室内の声が外に漏れにくくなるという。
糸魚川は促された通りにほまれの正面に座ると、途端に怖気がした。少なくとも、この間初めて会ったときには見せなかった、真剣な顔つきをしたほまれに圧倒された。
「――トイくん。まだ話してないことあるよね。説明してくれるかな?」
「……説明もなにも、この間話した事がすべてで――」
「君が落とし物を事務室に確認しに行ったの、先週じゃなくて今月に入ってからだよね。もう月の後半に差し掛かるから、約一ヵ月くらい前になるかな」
ローテーブルに「落とし物確認届け」と書かれた一枚のリストを置いて、一ヵ月前の欄に書かれた糸魚川の名前を指さした。雑な対応だったとはいえ、記録だけはしっかり残していたようだ。
「言ってたよね、『窓口がバタバタしていた』って。新入生が入学する四月は、生徒の対応だけじゃなくて、請求書の処理や新しい職員の手続きの締め切りが短くて一番忙しい時期なの。本当は保健室に届けられているかもって話も最初から知っていたんじゃない? 君が一ヵ月前に事務室に聞きに行ったとき、保健室の先生は隣町の学校で行われた会議に出席していた。君の話だと、先週は会議もなければ、事務室もいつもより落ち着いた様子だったらしいよ」
「それにさっき絡まれてた時に聞こえた、ペンダントの在処……自分で無くしたんじゃなくて、隠された。いくら探しても見つかるわけがないだろ。奴が持ってるに決まって――」
「――なかった」
「え?」
「垣田は持ってなかった、自らポケットの裏とか見せつけてきて――っ!」
そこまで言って我に返った。今まで黙っていたのに、こんなところでボロが出るなんて、なんて自分は浅はかなんだろうと。半井が自分にわざと言わせたとしても、自白していいことではなかった。
しかし、ほまれの表情は変わらなかった。眼鏡の奥の瞳は真っ直ぐ糸魚川を見据えている。
「話して。 何があったの?」
この人に嘘をついても意味がない。――そう、直感した。
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