第5話
授業が始まり、淡々と板書が続く中で、糸魚川は先程の半井の話を思い出していた。まるで相談しに行った理由を探しているかのようだった。
「糸魚川くん、ちゃんと書いてるー?」
「……書いてます」
「これのどこが?」
何が書いてあるかわからないミミズ文字が並んだノートを先生が覗き込んでくる。ソーシャルディスタンスは守ってほしいと、糸魚川は小さく悪態をついた。
一日の授業がすべて終わると、糸魚川は早々に荷物をまとめた。
半井と校内で鉢合わせになれば、また話を聞かれるような気がした。そうなったら今度こそ逃げられない。逃がしてもらえないと思った。
鞄を背負って教室を出ようとすると、突然後ろから肩を力いっぱい掴まれる。振り返れば、クラスメイトの一人、
「そんなせかせかと帰んなよ。ちょっと付き合え、な?」
「……今日、用事あるから」
「昨日も同じこと言ってたじゃん。来いよ」
人の話も聞かず、垣田は糸魚川の腕と鞄を掴んで空き教室に引っ張っていく。されるがまま空き教室の黒板に叩きつけられると、垣田に頭を掴まれた。
「糸魚川ぁ……まだ探してんだって? いい加減諦めろよ」
「……垣田が決めることじゃない。放っておけよ。それともどこに隠したか教えてくれる気にでもなった?」
「オイオイ、俺にそんな口聞いていいのか? ペンダントなんて、いくらでもあんのにさ」
思わず殴りそうになった。拳を固めたところで我に返って、込み上げてくる怒りをなんとか抑え込んだ。人の気も知らず、物をおもちゃのように扱う奴を殴って気を紛らわせるほど、垣田自身に価値がないのだと、糸魚川は自分に言い聞かせた。
怒りは一時の感情に過ぎない。だから我慢すればいい。――それだけを考えていた。
「――何してんだ?」
教室のドアが大きな音を立てて開かれると同時に、半井がずかずかと入ってきた。
いつになく低い声と鋭い瞳がこちらに向けられると、糸魚川は金縛りにあったように身動きが取れず、垣田はその場に座り込んだ。いつの間にか糸魚川の頭に置いていた垣田の手は空中でもがいている。
「空き教室だからって私物化していい訳じゃない。使うなら申請を出せ。放課後、五分間のみ私用での貸出も検討してやってもいい。まぁ、十中八九無駄だけどな」
「し、私物化なんてそんな! ただちょっとコイツと話を――」
「へぇ……人に手を上げてたってことは、何か正当な理由があるからやってんだよな?」
「は……っ!?」
半井は近付いてじっと垣田を見つめて言う。
「困ったことがあったら直々に生徒会が話聞いてやるよ。解決はてめぇでしろ」
「ヒィッ!」
「分かったらさっさと帰れ。寄り道すんなよ」
垣田は手を振り払うと、脇目も振らずに教室から飛び出していった。先輩の気遣いの言葉など聞く余裕もないようで、遠くからいろんなところにぶつかる音が聞こえてきた。
呆然と教室のドアを見ていると、頭上から「しまった……」と先程と打って変わって、落ちこんでいる声がした。
「またやっちまった。これで次会ったら怖がられるのか……」
「……え? 今の、脅しじゃなかったんですか……?」
「脅すなんて人聞きが悪いな。ただ、『人を殴るほど困っていることがあるなら話くらいは聞いてやる』って意味だったんだが……どうやら恐怖を植え付けちまったらしい。俺の悪い癖なんだ」
癖というか、言い方や表情の問題なのでは? ――などと思っても、目に見えて落ちこんでいる半井に追い打ちをかけるだけだ。糸魚川はこのことについては黙っていることにした。
「ひとまず、お前に怪我がなければいい。生徒会室に行くぞ」
「……なんで生徒会室?」
確かに気が抜けてふらついたとはいえ、なぜこの空き教室から遠い生徒会室へ行く理由があるのだうか。糸魚川が首を傾げると、半井は彼の腕をがっしり掴んで言った。
「悪いな。さっきの話は聞かせてもらった。ペンダントを落としたんじゃなくて隠されたなら話は別だ。生徒会の問題に関わるから全部話してもらうぞ」
生徒会長だけでなく、副会長までも超能力者かよ。
しっかり拘束された腕を見て、思わず溜息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます