3 ツンとくる初恋の味?
「売ってるんじゃない?最近行ってないから知らない。駅キタでも適当に歩いてみれば?」
適当にあしらうが、海野君は追いかけてくる。
「連れてけよ」
「何であたしが連れてかなきゃならないのさ」
「道わかんねーし、男が一人でソフトクリーム食えるかよ」
杏はフンと鼻を鳴らした。
「あのさ。そういう時はフツー、連れて行ってくださいませ、杏様々って手を合わせてお願いするべきなんじゃなーい?」
すると海野君は素直に言った通りにした。それで杏が先に立って案内することになる。
「この辺の景色はあんま変わってないみたいだな」
「まぁね。ここらは古くて小さい個人商店ばっかだから変えられないんでしょ」
そう言いながら、初恋の海野君と二人、静岡のメインストリート(いやサブかな)を歩く。いかにもデートなカップルが何組か仲良く歩いて行くのを横目に見ながら、杏たちは周りからはどう見えるのだろうかと考える。
でも海野君は水色の作業服。杏はラフなダボダボTシャツにジーパンという、まるで色気のない格好。これが杏の普段着。だからナンパされないのよと大学時代の友人には言われるけど、ナンパなんてされたくない。そう答えた自分を思い出しつつ、チラと海野君を見る。短髪で作業着の彼と社会人らしくない自分。これはどー見ても工事現場に向かう男とバイトだな。と、
「お、田◯屋本店!」
歓声が上がる。見慣れた深緑の看板。店頭にソフトクリームの文字。杏はホッと息をついた。あって良かった。
内向的な杏は、中学、高校、大学とも、ほぼ家と学校との往復だけで過ごしていたから、静岡の繁華街、呉服町や紺屋町界隈には殆ど足を踏み入れたことがなかった。親友の忍ちゃんに何回か連れて行って貰ったくらいだ。記憶通りにお店があったことに心底ホッとする。
「じゃ、あたしは帰るから。またね」
さっさと去ろうとした杏のリュックが引っ張られる。
「待てよ。言ったろ?男一人でこんなの食えるかよ。奢ってやるからそこに居ろ」
杏がジロッと睨んだら、海野君は慌てて言い直した。
「奢らせていただきますので、そこに居て下さい、杏様々」
杏は笑って頷いた。あの悪ガキ大将だった海野君に頭を下げられるのは、ちょっぴりいい気分だ。
忍ちゃんに連れて来て貰って以来、数年ぶりのわさびソフトクリームにチロリと舌を伸ばす。ほんの少し薄いわさび色をしたソフトクリームは、一口目がいっとう鼻にツンとくる。でもバニラが甘くて爽やかで、あっという間に舐めきってしまう。と、店の中を覗いていた海野君がまた大声で叫んだ。
「おぉっ!やっぱワサビ漬けはこの大きさだよな。あっちのスーパーではわさび漬けなんてなかなか売ってねーし、あってもバカ小さいカップだけでさ。食った気がしねーっての」
「あんた、ワサビ漬け食べ過ぎると頭が悪くなるって親に叱られなかった?」
言ってから、お店の前だったと内心慌てる。
「あー、よく言われたっけな。でも関係ないっしょ。俺、頭いいし」
あ、そ。調子がいいのも自信過剰なのも昔と同じ。
「お前、彼氏いんの?」
「そんなの居ないわよ」
反射で答えてしまってから慌てて言い直す。
「い、居ないこともないけど」
でもあっさり返された。
「へぇ、居ないんだ」
ムカッ。
「だったら何さ?」
「映画付き合えよ」
「へ?」
「ガンダムの映画。観たいんだけど、こっちのヤツら皆見ちまったみたいで。一人で行くのもなんだし、ここで会ったのも何かの縁と思ってさ」
「ここで会ったも何も、あたしがあんたをここにソフトクリーム食べに連れて来てあげたんじゃん。あたし明日も仕事だし家でご飯食べるから、じゃあね!」
言って公園に停めたままの自転車を取りに戻ろうと踵を返す。
「じゃあ、小中の時のお前の失敗談、皆にしていい?」
杏は慌てて振り返った。
「冗談!そんなことしたら、あんたのあだ名もバラすかんね!」
脅し返すが、海野君はニヤニヤ笑って言った。
「どうぞ〜。口に出来るもんならね」
答えに窮した杏に背を向け、片手を上げた海野君は
「じゃあまた明日な。あんころ餅」
言って、市バスに乗って行った。
翌日も黙々と作業に没頭する。だけどその日、海野君は現れなかった。
なんだ。もう視察終わったのか。県庁か市役所かどっちか聞かなかったけど、どっちかに戻ったんだろう。ホッとする一方で、ほんの少しだけ残念に思ったりする。
仕事が終わり、帰ろうと自転車置き場に向かったら、何故か海野君が杏の自転車の横にいた。黒いスーツ姿だった。
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