第2話『長崎の火事』

「山口さん、H店に食材借りに行ってきます。留守お願いします」「はい、わかりました。」

 店長との折りあいはよくない。それは仕方がないことだと思っている。接客の考え方がまるで違ってた。しかし店長と喧嘩をするために仕事に来ているわけではないから、全てはわたしが従わなければならないと当然思っている。

 

 私は大学を卒業し、外食産業のリョンソン株式会社に入社した。そして10年勤務して辞めた。その後他社で15年デスクワークをして辞めた。辞めて家で遊んでいたら見栄えもよくないので、とりあえず最寄りのファミリーレストラン『リョンソン』で働くことにした。私がアルバイトという身分とはいえリョンソンに戻ったことは近隣の店長クラスに知れ渡り、挨拶兼ねた連絡をいくつも頂いた。長崎で共に働いた尾藤店長からは(辞めるときも止めても頂いた)うちの店長、松尾店長は「大した男ではないよ」「うちの会社も変わってしまったよ」と嘆いておられた。


 尾藤店長はおもしろい男だ。もう20年くらい昔になるだろうか。もうほんとうに昔話だ。

 私達は長崎の路面電車の最終駅のうえにある店舗で働いていた。桜の季節になると山桜がきれいで遠くから眺めたまだらに桜色に染まる山並みをいまでもはっきり思い出すことができる。それとヤクザが2人いつも来ていて、ひとりはプロレスラーなみの体格でいつも面倒くさく接客してたのを思いだす。しかし、面倒を起こすことはなかった。


 営業も終わり私は残ってタバコを飲んでいる3名のクルー(アルバイトのことをこう呼ぶ)にキチンと戸締まりをするように伝え帰宅した。

 遅い夕食を終え、就寝した。携帯がなる。

「山口さん、た、大変です」

時間帯リ-ダ-の宮田からだった。 

「どうした?」

「店が燃えてます。消防車もたくさん来てます」

「わかった。すぐ行く」

 店まで走った。15分くらいで着いた。

黒煙は上がっていたが燃えてはいなかったと思う。「とりあえず店長に電話するよ」と宮田に伝え携帯を取り出した。

「店長、店長、すいません、山口です」

「おお、山口さんですか。どうされましたか?」「店が燃えてます」「それではバケツで2~3杯水をかけて消してください」

「店長、飲んでますね。そんなレベルではないんです」「わかりました。今から来ます」あきらかにいやいやだった。それから店長が来てお互い顔見合わせながら、店長が言った。「クビですかね?」「わかりませんがなんのお咎めもなしということはないと思います」


 それから会社の動きは早かった。防犯上、店舗を無人にするなとの指示により冬の寒い時期に、私ひとり3泊4日毛布にくるまりながら燃えてしまった炭くさい店で過ごした。突貫工事は止むことなく続けられた。

 そして火事から4日後、店はリニューアルオープンした。すす臭いなかでの営業だったが少しでも早く店を開けるという会社の姿勢には驚嘆したのをよく覚えている。

 そしてふたりには全くお咎めはなかった。このころの会社にはまだカリスマがご存命だったからだと深く感謝している。


 



 

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