御主、専属の家畜にならぬか?
柚木 彗
第1話
「御主、専属の家畜にならぬか?」
生涯初の逆ナンの言葉がこれだった。
* * *
36歳。小肥り、イヤイヤ正直に言うとただの豚だ。
豚だトン。トンカツだと旨そうだったんだが、残念ながら人間だ。
ほんと残念。
それは兎も角。
物心ついた時からドンドン太っていき、今や体重100キロ強。
夏場電車に乗れば付近から女性の姿が減る。
そんな社畜童貞。
もうすぐで賢者だ。
畜生!
そんな社畜が朝一会社に入って自身の机に着いて、背後から今まで一度だって微笑まれた事も、笑みを浮かべられたって事さえ見たことが無かった能面上司がニッコリ。
ナニコレ何の珍儀式?天変地異の訪れか?等と内心ひやひやして恐れていたら…
肩ポンキマシタ。
わーいって喜ぶかい!
オレガナニヲシタ。
肩に触れるな、キモチワル。
今まで一度だって企画書等の届けを滞った事は無かったし、遅刻等もしたことは無い。思い当たるのは入って来たばかりの社長のどら息子、課の皆が影でこっそり言ってる某尾張の誰かさんと同じ『ウツケ』と言うアダ名がついた奴(中身は尾張の誰かさんの様に優れた人物ではなく、本当に残念なだけのクズだった)の尻拭いを何故か俺がやらされ、毎日連日の残業、残業、残業、残業、残業…連続出社の日々。
しかもソイツはしれっと全て俺の机に仕事を置いて定時にドロンする業のモノ。
お蔭で仕事は貯まる一方で、減るより増える一方。
等々俺は体調を崩してぶっ倒れたのがつい先日。
勿論会社に届けたさ。
電話を受けたのがそのウツケだったけど。
ウツケに連絡任せるのは非常に危険なのは理解しているので時間をずらし、もう一度会社に連絡入れたら案の定そのウツケ、上司に連絡入れてなかった。やっぱりな。
で、どうやらそのウツケがやらかしたーー…らしい。
俺が倒れて病院送りになってる間、そのウツケは会社の極秘事項を勝手に色々やらかし(むしろどうやって其処まで頭まわった?と言いたい)、ライバル会社に売った『らしい』と。
ぶちきれた社長と、一部俺が太ってるからって勝手に毛嫌いしてる面子に『アイツがちゃんと面倒を見ていないから』『太ってるのは合間に御菓子でも喰ってサボってるから』と、無いこと無いこと、ちょっとだけあること(太ってる事とか、夏場汗臭いとか。って仕方が無いないだろ…俺だって朝晩風呂入ってるけど、どうにもならないんだよ。後な、太ってるのは会社に入る前からだっつーの)を足してボロクソ告げたらしい。
「まあ、頑張れ」
って能面上司がとても嬉しそうにクビって言ってきた。
ちなみに、率先して俺の事ディスってたのはコイツだ。
日々口癖の様に何かしらの言葉の後に必ず「臭い」って付けて来るし。今思うとパワハラだよなこれ。案の定隣の机にいた奴から後日メールが来て教えてくれた。
嫌味ったらしい文章付きだったので、うっかり何処ぞの悪戯メールかと思ったと返信をしてから受取拒否設定をし、メールアドレスを替えた。
何やってんだか。
返信メールをしてから自分自身にウンザリする。
…俺も相当毒されてしまった様だ。
高校出てから入った会社なので、流石に勤務履歴二桁。
一応微々たるものだが退職金が出たし、事が事なので職業安定所に確りと訴えておき、やれるだけの事はして置いた。「今時の御時世なので無駄かも知れませんが、やれるだけの事はしましょう」と、俺の訴えをちゃんと聞いてくれた職安のおっちゃんに泣きそうになりながら、諸々書類を書いて置いた。
のは、もう二ヶ月前だ。
退職金もあるし、貯金もあるがこの先の事を考えるとと思って即就職活動を始めたが、尽く打ちのめされる日々。
本日も面接を受けて見たが、俺の頭の天辺から爪先迄を繁々と眺めてから履歴書の恐らく年齢欄と学歴を見て、『適当』に相手をされて「帰れ」と言う様な顔をされて終わった。
此れだけならまだいい。
昨日受けた所等、『ヘイト面接』だったものな。
やたらと此方を怒らせる様な事を言ってきて、露骨な嫌味の報酬。此方は笑顔を絶さずにしつつ、心の中で何かしらの指示かな?と思っていたら、少し思い当たる節があった。
何故かというと俺が面接が終わって退室する際、ふと開いたドアの廊下の隅の向こう側に元の会社の社畜セールスどもが此方を見て、イヤらしい顔付きでニヤニヤしていたのを運が良いのか悪いのか目撃してしまったからだ。
前の会社関係者の奴ら、根回ししてるんじゃねぇ?
はぁ、と1つ溜め息を吐いて室内を振り返り、一人しか居ない面接官の顔を繁々と見る。強面にはハッキリと帰れの二文字。
「有り難う御座いました。所で藤枝さん(面接官の名前)、入った時から気になって居たのですが、ズボンのチャック全開ですよ?」
この時の羞恥に凍り付いた面接官の顔が見れたから良しとしよう。
* * *
しっかし悪質だな。
あの後県内の同種の中小企業に面接を受けに行くと、ほぼ全部がヘイト状態か対応が悪くなったよ。無いのは中でも上位に入る所と大手位かな。
最も大手だと学歴でダメなのだけど。
中企業の上位も同じ理由で。
別の職業に行くしか無いのかなぁ…
職安の何故か何時も行くと相談に乗ってくれるおっちゃんが、「そうかい、そうかい」と辛そうに話を聞いてくれるのはいいのだけど、毎回俺が行くと率先して相手をしてくれるのは何故なのだろう。
そしてずっとメモを取っている。
一度何故メモを取っているんですか?と聞いてみたら、「君の為に大事な事だよ」と微笑んでくれた。
ちょっと嬉しかったな。
ここ暫く俺に微笑んでくれたのは、客商売の人の所と職安のおっちゃん、御木本さんだけだ。
また嫌な事があったら気軽に来てくれ。なんて言われたけど、そう何度も言って迷惑かけるわけにも行かない。
凄く心配だから。
なんて言ってくれるの御木本さんだけだよ。
就職どうしようかな…
このまま職安に行くとまた御木本さんに愚痴ってしまいそうになるため、ブラブラと街中を散策する。
いい歳をしてって思われるだろうけど仕方が無い。
家に居ても仕方が無いし、それよりはと、最近御気に入りの都市部にある木々が多い大きな公園へと足を伸ばす。
森林浴ってのになるのかな?
気持ちいい。
ここをぐるっと一周歩いて普段の運動不足を解消させる。
早足で一周するとほぼ一時間かかる。
ゆっくり歩くと一時間半位。
中々の運動量だ。
クビになってから、特に趣味の無かった俺が暇をもて余して始めた新たな趣味だ。お蔭で近頃体調が良くなり、服が妙にブカブカになって来た。家に体重計等無いので測っては居ないが、多少軽くなって来ているのかも知れない。よし、今度体重計購入しよう。
そんなこんなでゆったりと気持ち良く歩いているとーー…
冒頭の発言が降り注ぐ。
「御主、専属の家畜にならぬか?」
―は?
黒曜石の様なストレートの髪の毛を結いもせずに風に靡かせ、長髪長身の日本人形の容姿。日に焼けた事もない様な白い肌の女性が一人、俺を指差して突っ立って居た。
右を見て。
左を見て。
俺?
「御主だ御主」と、コクコクと頷くたびに彼女の細身の肢体からは想像も出来ない…いや、とても大きな二房がたわわに実っており、彼女が動く度に気になって仕方が無い。
以前バラエティー番組中で女性のピアスやイヤリングが揺れると男性の目線が其処に行くと言っていたが、多分、ほんの少し違うと思う。目線が行くことは行くが、男性の本能と言うか日本人男性の本能じゃないか?ブラジルとか海外は乳より尻のが人気が高いらしいし、尻は故意に揺らすか歩く時に動かすとかぐらいしかないからな。
まぁ童貞の俺には関係ないか。
何が言いたいかと言うと、男は女性の乳の揺れに惹かれます。
俺だけかも知れないけどな。
「御木本に聞いてな、苦労してるのだろ?」
「え、御木本さん?」
「ああ、御木本だ。って知らんか?職安の相談役の気の良いオッサン」
「オッサンって」
「オッサンだろ?むしろ近頃は爺か?白髪染めをしとらんからろまんすぐれー?だったか。そんな感じになっとるし」
何だか一人でブツブツと呟いて、一人で納得している様子。
しかし、この子初対面だけど何故こんなに言葉が砕けているんだ?確かに変に気を使わなくてもいいけど、俺達初対面だよな?
「で、返事はどうなのじゃ?暇なんじゃろ?ならば私の専属の家畜になるといい!」
えーと。
もしかして…
「もしかして家畜では無くて、社畜?」
「ぬお!そうだった!社畜だ!」
ぬぉ~!と蹲って「恥ずかしい!やってしまった~!」等と言う姿に苦笑する。
ほんの少し可愛いと思ってしまった。
蹲るのと口調は初対面なのにやけに気安いとは思ったけど。
* * *
「ほうほう、それでまた海斗はやらかしたのだな?」
にこにこにこっと笑う彼女は、俺が書類を置いている机の上に綺麗な形のいいお尻を端にちょこんと乗せて座っている。あまり行儀のいい事では無いが、彼女がやると誘惑と言う名の挑発へと変化してしまう。非常に魅惑的だ。
少々机が、いや少々所では無く非常に羨ましい。
「やらかしたってね、社長」
単に企画を成功させ、売り上げを伸ばしただけだが。そう呟いて呆れを込めて吐息を吐くと、
「ダメだぞ海斗。郁美だ。プライベートでは名で呼ばねばダメだと言ったぞ?」
「今は就業時刻です社長。それにやらかした訳ではありませんよ?あくまでもビジネスです」
「む~仕方無い。相変わらず海斗は辛辣だ」
「そうですかね」
「フフン、だからこそ此処までのし上がれたのかも知れぬの」
クスクスと笑い、ちょろっと舌を出して自身の下唇を舐める。
「その仕草、他の人の前ではしてはいけませんよ」
「ほう、何故?」
「それは私が嫉妬するからですよ」
「ほうほう、それは良い事を聞いた。是非嫉妬して貰いたい。出来たら夜のベットの中で」
ぶっと噴き出してしまうと、くすくす笑い出す社長、いや唐住郁美。
今やこの唐住郁美と俺、里山海斗は故郷に錦を飾れる程の大企業となった会社の社長(郁美)と副社長(俺)へとなった。何でこうなった?と思うだろうが、この目の前の女性である俺の今の恋人である郁美が以前俺が務めていた会社を乗っ取り、其処を足掛かりにして次々と業績を上げていったのだ。どうやったかと言うと、やはり以前勤めていた会社は俺の面接する箇所に悉く裏から手を回し、嫌がらせを行って居た。
その嫌がらせの内容がほぼ無実無根なのだからタチが悪い。
郁美はその証拠を何処から手に入れたのかは「秘密♥」と言って絶対に話してくれなかったが、それを足掛かりにして会社自体に打撃を掛け、元々社長のドラ息子がやらかした後だからか、それとも郁美の揺さぶりがあったからか。それとも超ブラック会社であった為か、兎に角比較的短期間で手に入れ、次々と傾きかかって居た会社の業績を上げて行き、あっという間に大手に伸し上がることが出来た。
ちなみに相談役として御木本さんがちゃっかり引き抜ぬかれて居るのには笑ったが、彼の手腕と言うか話術は交渉の場に無くてはならない程に優秀なのでとても助かって居る。ただ無職の人達を時折連れて来て相談に乗って居るのはまぁ、人徳の為す所なのかも知れない。でもいくら休憩時間中とはいえ職場ではやらんで欲しいな。せめて空いて居る休憩室か小会議室でしてくれと頼むとするか。
そう言えば以前俺の肩を叩いた元上司がやけにヘラヘラと笑顔を浮かべ、
「やけに痩せてかなりな上物の服を着る様になって男前になったな。さては整形でもしたな!」
服はともかく整形はしてないし単に痩せただけですと言ったが一行に信じて貰えず、終いには整形に幾ら掛かったか?とか、元はあんなデブだったのにな!とか、ディするディする…。
いくら元部下とは言え、上役しかも副社長に対してこれはどうなんだ?と社長の郁美が叱咤したら、
「ははは、すいませんついね。でもこいつ役にたつんですか?辞めさせらせた元厄介者だったんですよ」
「言葉が過ぎるぞ」
「おお、すいません調子に乗りましたな。昔の馴染みだと思って水に流してくれ海斗君」
等と笑いながら上から目線で調子良いことを言っていたが、郁美が「アレは上役には向かないわね、せいぜい平かその一個上ぐらいかしら」と成績と働きぶりを見て役職をどうするかと言って居た。だが気が付いたら姿は見えず居なくなった。如何したのかと思ったら、どうも不正を行って居たらしく粛正したとの事。どんな不正?と思ったら、元社長のドラ息子の悪事を幾つか俺のせいにしていたらしく、後に発覚して責任を取らせて辞任させたのだとか。
それぐらいで?と思ったが、郁美曰く「こう言うことはちゃんと示しをしておかないと、あの人また似たようなことを起こさないとは言えないからね」とのこと。どうやら他にも細かく色々あり、元々無かった信用が更に低下して駄目だった様だ。
大丈夫かなあの人、子供が確か三人いた筈だけど…
「大丈夫、お嫁さんの実家の農家を継ぐ事になったわよ」
なら大丈夫か?寒冷地だった気がするがまぁ、農家なら食いっパグれる事も比較的無いと思う。
「それよりね、そろそろ…ね?」
俺の懐に手を入れ、プロポーズする為に中に隠していた指輪が入って居た箱を取り出す。
そして徐に指輪を嵌め―…
「御主、専属の家畜からグレードアップして郁美専属の夫にならぬか?」
相変わらずの押しの強さに俺はノックダウンされ、思わず「はい」と返事をしてしまったのは記して置く。
* * *
会社云々の細々とした事はちょっと分からないので、その辺りの突っ込みは温くみて頂いて下さるよう、お願い致します。
里山海斗
御人好しで、やや押しの弱い主人公。
以前はおデブさんだったが、すっかり趣味になったウォーキングと軽い筋トレで今や細マッチョに。顔は平均だが、着る服とセンスにより見違えるようになった。
唐住郁美
お色気ムンムンの肉食系黒髪美女。日本人形の様だと海斗に思われるストレートの黒髪は、矯正をきちっと掛けている。仕事面は真面目で優秀だが、料理はやや苦手で独り暮らしが長かった海斗に習っている。
御木本
郁美を海斗に紹介した元職安の社員。人がよく話好きで若い人の相談に良くのる好人物。この度めでたく海斗達の仲人を引き受ける事になったのだが、スピーチをどうしよう?と、今まで悩みを聞いていた人達に今度は逆に相談をしまくっている。
元上旬
名前は出ていない。この度嫁の実家の農家(玉蜀黍)を継ぐ事になり、嫁の実家の両親の画策?により、婿入り養子に。苗字も狭間と変更になり、肩身の狭いおもいをしている。だが嫁と子供達は田舎の水が合うらしく、都会より元気で過ごしている為にまあ良いかと開き直りつつある。
御主、専属の家畜にならぬか? 柚木 彗 @yunokisui
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。