21話

 

「あはは~ストーカーみたい。」



 蒼志さんが保健室のドアを見てニコニコしながら言っているけど、一戸さんが「おお、本当だ。」と、やはり何処の宝○の男優だよとツッコミを入れたい雰囲気で振り返っている。

 何故だろう、振り返った一戸さんの周囲に薔薇の背景が見えた気がする。しかもワッサワッサと大輪の薔薇が空間一杯に。

 更には一戸さんの背には超巨大な羽根がワササ―ッと映え、キメッキメのポーズを取っているように見える。彼女は自然体でやっているだけなのだろうけど。だって、出会った時からの雰囲気と姿勢で普通にしているとわかるし。

 でもとても絢爛豪華な幻影が見える。


 脳内再生で何処の色の薔薇の人とかが出た気がするけど、その人物が落合先輩の顔のような気がして…ん?とすると、ライバルは誰?キャスティングは誰になるべき?いっそ一戸京夏さんが主人公で、ライバルが落合先輩にして、薔薇の人が杏花音さんのが良くない?先生役が陽平父さんで。


 陽平父さん、ウェーブがかかった長髪なのか……………。


 すっかり現実から逃避してしまった。



「そう言えばアイツ、寮暮らしになったっけなぁ。」



 ふわぁぁと欠伸をしつつ、陽平父さんがノンビリとドアの前にいる皇さんを見詰めている。

 ちなみに陽平父さんは皇さんを今回の勉強会?と言う名の補習に特に呼んでもいないので、「アイツも野生の勘かね?」と呟いている。

 なんだろう、αって全員野生の勘セットで持っている的な何かなのかな?


 でも昨日の皇さんは、ちょっと…圧が怖かった。



「おーい皇、どうでも良いが威圧は無しにしろ。此処には愛らしいオメガちゃん達と、可愛いオッサンが一匹いるだけだから。」


「何処が可愛いオッサンですか。」



 ガラガラと音を立てて皇さんが保健室内部に入って来る。

 僕はつい、スススと後退して陽平父さんの背後に隠れるように移動。そんな僕に陽平父さんが大丈夫とでも言うように僕の頭の上に手を置いて、クシャッと髪型を崩す。



「父さんってば。」


「へいへい。」



 ぐしゃぐしゃ―と更にかき混ぜられる。

 もー止めてよ~陽平父さん、髪型がぁ~!



「先生、それは僕に対する嫌味ですか。」


「うんにゃ、ウチの大事な義理の息子を可愛がっているだけ~。」



 眠そうにダラリとダラけた姿勢のまま椅子に座っている陽平父さんの側まで来ようとしたのか、更に皇さんが前に歩を進めると、蒼志さんや一戸さんの二名が僕と同じようにスススと彼の進行方向から後方へと移動する。



「あー…。」



 父さんがありゃ?て感じで声を出すと、「この威圧、キッツイですね。」と蒼志さんが声を出し、一戸さんが「兄さんも凄いけど、同等?うーん違うか、威嚇、威圧?オーラって奴?兎に角スンゴイ。」と唸りつつ後退していく。

 その後退の仕方も何処と無く演じているみたいなのは、もう流石としか言えないです。



「皇、ついさっき注意しただろ。お前そんなだと昨日と同じになるぞ?」


「ぐ。」と変な唸り声?みたいなのを喉から出しているのか、皇さんは足を踏み出したままその場に停止した。



「蒼志、お前いい加減慣れろよ。」


「無理です。こんな濃厚なαの圧はかなり身体が軋みますし、今だって冷や汗出て来てきついですよ。」


「あのなー、徹だって出しているだろうが。」


「え?」


「成程、変な所で徹は器用だな。俺にはガンガンぶつけて来やがるけど。」



 あんにゃろめ、今度しばく。と陽平父さんがブツブツ文句を言い出すと、蒼志さんが不思議そうな顔付きになる。



「先生?」


「徹は蒼志には威嚇系フェロモンを器用に当てないようにしているっつーワケだ。あ、ウチの息子にもだったな。徹、うちの阿須那に怒られるのがとても嫌がっているし。アイツ無駄にΩには優しいからなぁ、その癖αにはアホみたいに威嚇するけど。おい、皇。聞いてるだろ?中坊のおこちゃまαでさえ出来るのだから、お前だってやれば出来る子だろ?」


「一戸先生、それは…っ」



 ん?そこで僕を見るの?

 でも僕、この圧はかなり、かなりキツイ。

 身体が震えて来るし、蒼志さんでないけど今だって背中とか額から変な汗が出て来ている気がする。今までこういった圧を感じることってほぼ無いから、萎縮してしまうし動けなくなる。顔色ももしかして青くなっているかも知れないなぁって思うんだよね。血の気が引いてる感じがさっきからするし。


 って、一戸さんーっ!

 視界から消えたと思ったら、何時の間にか保健室のベッドがあるカーテンの裏から「気合じゃ」とか呟きながら、スマホでバシャバシャ写真を激写してる。

 一体何をしているのですかーっ!



「いやほら、有名人だし。良い機会だし。ならシャッターチャンスは逃さないようにしなければ!」



 そこで何故キラーンって歯が白く光るのですかっ。しかも背景には先程よりも盛大な薔薇の大群が幻影として見える謎現象。

 あれですか、其処だけ世界観が違うのですかっ。



「杏花音、お前、案外大物だな…。威圧感じねーの?」


「うふふ、センセー私のこと敬ってもいいのだ~。つか、萌のためには威圧などあってなきが如し!」


「どんな萌、というか敬い方だっつーの。」


「いーやーだって、美青年とうちの可愛い身内との!何処の映画だよ!劇場だよ!これって劇的出会いでしょ?αとΩの運命!ドラマ!」


「お前ちょい黙っていろ…。」


「エーおじさん酷い!先生わかってない。こんな萌え劇場目の前でやられたら、乙女心突っ走っちゃうでしょーが!」


「何処が乙女心だ。お前マジ黙れや。」



 陽平父さんが呆れていると、あれ、空気が変わった?

 は~…って、皇さんが吐息を吐いているけど、皇さんの気持ちで変わったとかかな?


 …単に一戸さんに呆れてだったりして。

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