20話

 

 事件があった日の翌日。


 室内に響く音。

 最近はスマホとかタブレットとかパソコンとかで授業を受けていたからすっかり忘れていた音だなぁと思いながら、カリカリと文字を書く音が響いています。


 こう書くと学生しているなぁって思うのだけど、僕はつい先日やっとヒートが終わって授業に出られたのにも関わらず、午前中で中断。

 しかも宿題が大量に出ているのに、一週間ちょっとの間お休みしていたからサッパリわからず。

 それなのに世間は僕に対してとても残酷だったらしい。

 事件が起きたので三日間学園が閉鎖となった。


 いや本当にどうしろと。

 とは言え授業が無いだけで学園自体の機能が閉鎖されて居るわけではなく、寮とか食堂とかは寮生のために開いている。

 更には部活動をしている生徒もいるらしく、校庭は運動部の学生達が活発に動いている。

 学園付属の図書館も開いているらしく、勤勉な寮生は休日の間そこで勉学に励むのだとか。

 あれ、この学園ってαとΩの学校では無かったっけ?と思ったけど、αや一部のΩにとっては将来の夢を叶いさせるには最高の学び舎らしく、必死で学ぶ生徒も多いのだとか。


 そんな最中、僕は、僕は…っ!



「数学なんてわかんないよーーー!」



 うわーんと泣きたい気持ちでおります。

 室内は僕だけではなく、一戸杏花音さんとそのお兄さんの京夏さん。それと何故か二年生の落合先輩もこの場に居る。

 尚、この場所は『閉鎖』されている教室には入れないけれど、御厚意により陽平父さんの職場である『保健室』で僕のために補習授業を買ってくれたため、急遽開催された学習会だったりします。



「喚くな、泣くな、優樹。宿題早く終わらせたいだろう。」


「ううーっ!」



 今回僕等の指導をしてくれているのは阿須那父さんの上司の安倍川さんの息子さんで、この学園の隣にある大学、更にその敷地内にある大学院に在籍中の安倍川蒼志さん。滅多に学園の外に出ないからと、蒼志さんのご両親がケツを叩き(と、蒼志さんが言っていた。)、指名依頼をして来たらしい。

 陽平父さんも多少は教えられるらしいけど、学園に居る以上呼び出しもあるからと喜んでいる。と言うか父さん、もしかして苦手科目あるでしょ?



「英語が苦手だなぁ。ドイツ語とかフランス語とかのが発音しやすいんだけどな。」


「ナンデ。」


「んー、まぁ、ナンデだろうな?」



 ナニソレ羨ましい。

 陽平父さん曰く、医学用語とかでドイツ語を見掛けることが多く、気が付いたら簡単なドイツ語の方を覚えてしまったらしい。それとフランス語は何となく?だそうだ。ナンテ頭をしているのですか、取り替えて欲しい…。


 とか何とかやっているウチに、一戸兄妹さん達は京夏さんが付きっきりで妹の杏花音さんに教えている。流石特別進学クラスなだけあってαだし、頭が良いのだろうなぁ。

 そして、その麗しい兄妹達の様子をニコニコしながら落合先輩が見ているけど、下、足元っ。

 ドドドドドドって音が聞こえるのだけど。

 この音って京夏さんの足を落合先輩が踏んで、いや、お互い踏んでいるってことなんだよね…。凄いなぁ京夏さんのシスコンぶり、高速でお互い踏みまくって居るし。

 そして挑発に乗って遊ぶ落合先輩完全に面白がって居るよね、これ。


 座席は一戸杏花音さん・一戸京夏さん・落合先輩といった感じで、目の前で繰り広げられている喧騒に呆気に囚われている僕です。



「優樹君、優樹君。手が止まっているよ?」



 クスクスと笑いながら蒼志さんが僕の机にコツコツと音を立てる。



「あ、ごめんなさい。」


「いやいや、目の前が凄いからね。…何だか徹みたいだな。」



 ふふっと微笑む蒼志さんの目が優しい。

 って、あの子ってそういう風なことをしているのだろうか?誰かと競争とか、それとも喧嘩?啀み合い?変わっているけど、不良とかでは無いし。変わっているけど。大事なことなので二度言いました。


 徹と言うのは阿須那父さんの会社の上司の子供、岸和田徹君。

 中学生のまだまだ可愛い盛りの男の子だ。

 αのせいか顔付きは…鼻筋が通った、透き通るような肌の美男子。

 ところが14歳と言う年齢のせいか、同年代のαにしては童顔みたいで侮られるらしく、初対面の他の格好良い系のαには何かとぶつかって、対抗して威嚇することが多いらしい。更には身長が160センチしかまだ無いらしく、とても気にしているのだとか。

 岸和田さんが家にご飯を食べに来る時によく僕や父さん達に愚痴っていた。

 更には色々とαらしく、いや違うなぁ。何処をどうやったらそうなる?と、ブッ飛んだ所もあるみたいで、僕の家に蒼志さん達一家が遊びに来るとどう嗅ぎ付けてきたのか、何時の間にか玄関先に来て乱入して来る。

 下手すると1階の窓から侵入しようとして来る。しかも小さなトイレの窓だ。

 何処の泥棒だ。


「成長したらこの窓から入れないから大きくしろ。」と踏ん反り返ったのには呆れた。

 流石に阿須那父さんが「玄関から入れ。」と文句を言って拳骨を落としていた。それでもめげてないのはある意味αだと陽平父さんが言っていたなぁ。


 …ブッ飛んだα怖い。


 蒼志さん達が来ることを誰も教えていないのに、シレっと顔をして当然!と言う風に胸を張って蒼志さんの横にやって来る。一度盗聴とか、携帯から位置情報でも取られているのかと蒼志さんに疑われていたよ。ところがどっこい。徹君はご両親曰く機械類はαの癖に苦手らしく、徹君曰くちんぷんかんぷんなのだとか。

 それならどうして?と聞いてみたら、感と匂いって言っていた。どんな野生児か。あれか、動物の勘か。それを聞いた陽平父さんが付けた渾名は「わんこ」。

 岸和田さんまでそう呼んでいるみたい。


 でも一度懐くとほんと、『わんこ』みたいになる。

 目に見えない耳と尻尾がふわふわからブンブン全速力で振り切って動いているみたいに懐こいし。

 特に蒼志さんには滅茶苦茶懐いていて…あ。



「あれ、蒼志さんってΩだったっけ。」


「そうだよ。って、今更かな。ふふ。」



 今チラっと見たら、蒼志さんの首から肩にかけてかなり頑丈なプロテクターが付いていて、チラリと一戸さんの首元へと視線を送ると…僕と同じような、国からの支給品。

 それ、薄くない?見た目宝塚歌劇団の男装の麗人なのに、そこが何だか残念な気がする。僕も似たようなモノだからお互い残念仕様ですけども。


 と言うか、うん。何しているの、落合先輩に京夏さん。

 何故腕相撲し始めているの。



「えー、何だったっけ?」


「こうなる運命?」



 勉強するのでは無かったっけ?



「すんじゃったからなぁ。」


「だなぁ。」



 α2人はさも当然とした面持ちで頷いている。

 ちょっと其処のお二人さん、邪魔するなら出てってくれないかな?



「「すいませんでした。」」



 シンクロして同時に頭を下げる落合先輩と京夏さん。

 その様子を呆れた顔付きで見詰める妹の一戸さん。



「それじゃ、罰としてお前ら2人、購買部にある自販機で紙パックの飲み物買って来い。奢ってやるから。」



 陽平父さんが千円札を出し、「全員分な。お釣りはちゃんと持ってこいよ。」とチャッカリと告げている。



「せんせー、余ったら購買部でポテチ買っていい?」


「二袋なら買えるか?金足りるか?」



 その間にも杏花音さんと僕はイチゴ牛乳を頼み、蒼志さんはカフェオレ、陽平父さんは珈琲と注文を言うと、落合先輩と京夏さんは賑やかに騒ぎながらも保健室を去っていった。


 そう言えばこの学園、寮に学生がいるから購買部は毎日キッチリと開いている。

 学園内で食堂も開いているし、カフェもあるけど運動部とか京夏さんみたいな特別進学クラスは全員寮に入らないといけないらしく、そうなると色々不自由になるからと時間を決めて開いているらしい。ノートとか教材とかも置いてあるらしく、生徒は全員購入する際に名前と学年を記載すれば無料で購入することが出来るらしい。

 ん?という事は、ポテチは無料?と思っていたら購買部のお菓子は駄目らしい。カフェとか食堂のデザートは無料らしいけど。むむむ…今度カフェのデザート食べに行こう。パフェとかプリンとかあるかな?あったら食べたい。



「あいつら仲良いのな。」



 陽平父さんがぐでーんと保健室の教師用の机に突っ伏すと、「ねむ…。」と呟く。



「おや、先生。昨夜はお盛んで?」


「蒼志やめろ、優樹の表情筋が死んでいる。」



 うん。いや、だって、僕の実の父親である阿須那父さんが下だって今朝知ったし。普段陽平父さんの方が阿須那父さんの尻に敷かれているから、今まではどっちか判断出来なかったんだもん。

「うわ、本当に優樹君の表情が死んでいる!」と蒼志さんが驚いた顔をしているけど、スルーして下さい。微妙な心境なのです。親達の仲が良い事は心底歓迎しているけど。

「何かゴメンね?」と言われてもどうしようもない。「先生どうしよう!優樹君の顔が益々死んでいる!」って言わないで下さい。そして陽平父さん、「うるへーんじゃ。」って、蒼志さんの頭をガシガシ撫でている。


 …何となくだけど、ワンコな徹君が「ちくしょー!」と鳴いて(泣いてでは無い。)いる光景が思い浮かんだ。



「あー…。」



 ブルルルルルルと、蒼志さんの鞄からバイブ音が流れる。



「電話ですか?」


「あはは、あーそうだね。でも多分メールかな。」



 ちなみに、予想通り徹君からでした。しかも内容が「学園に入れないー!いれてー!」だったそうで。当然蒼志さんは無言でスマホの電源を消した。

 返信もしていない。

 無情なり。


 とは言え返事をしても徹君は部外者だからこの学園には入れないし、無理なのですけども。



「そう言えばどうしてメール?○インじゃないの?」と聞いてみたら、以前はやり取りをしていたらしいのだけど、あまりにもしつこいのと、他のαや男性と接触するとどうやら野生の勘が働くらしく即連絡が来る。更には真夜中だろうが早朝だろうが…以後、省略。

 聞いている此方が唖然とする数の連絡も常にあり、もうシラネとブロックしたそうだ。



「それでもメールだけは止めるとヤバそうだから止めてと徹のご両親に懇願されてね。仕方がないから妥協している。」


「物凄いストーカーですね…。」


「αってコレだと思うと凄まじい執着を見せるよ。君の相手も多分そうなのでは?」



 つい、と蒼志さんが指を指したので無意識に指差す方向に顔を向けると…昨日のほんの少しだけ見た、皇さんが保健室のドアにある硝子の向こうから此方…ううん、明らかに僕を見詰めて突っ立っていた。

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