18話

 

「お邪魔するぜ~。」



 カラランと鐘の音を立てて喫茶店『ロイン』のドアを開けて室内に入る。

 ちなみに準備中の札が掛かっていたがスルーだ。鍵が掛かっていないという事は、店長である不破が俺が訪れるのを待っていたからだろう。

 こういう時腐れ縁とはいえ気心が通じるのは…阿須那の言葉で言うならば、「気持ち悪い。」だな。

 俺も学生時代の不破だったら本気で『気持ち悪い』と言う感想しか抱かないだろう。


 阿須那は今でも当時のことが脳裏に蘇るらしく、不快感を顔面に出す。

 今の不破は当時の奴とは似ても似つかない位大人しくなってしまったからな。

『昔』の能面のような表情しかしなかった阿須那のことを知っている身とすれば、年月が経過したとはいえ随分と変わったなと思う。



「陽平いらっしゃい。店は生憎準備中なんでな、カウンターで良いか?」



 店内は掃除やらセッティングが済んでいないらしく、布巾やバケツ等が乱雑に置かれている。「バイト君が今回の件で欠席なんでね、まだ掃除できてね―の。だから今日は夕方か夕飯時に店開こうかと思ってゆっくり準備してたとこ。」と説明を受けた。



「おう。つか、差し向かいで座るなんて、学生の時以来でねぇ?」


「そう言えばそうか。あの時はお互い威嚇する位若かったなぁ。」



 威嚇理由はコイツの素行とか阿須那に対する度重なる強姦未遂とか、それはまぁ酷かった。キス等下手すると俺より先に不破としていたのを知っているから、不意打ちにされたと言っていたが思い出すと気分が下がる。


 …俺はそれより先の関係を結んでいるから良いけど。何せ伴侶だし。唯一だし。

 βだからそれ以上は出来ないが、左手の薬指の指輪は伴侶である阿須那が選んでくれたものだ。

 風呂以外では一生外さないと宣言をしている。とは言え風呂でも外さないけどな。どうしても外さないと不味い場合は首にぶら下げているネックレスに通し、見せびらかしておく。

 愛だからな。


 それが今こうしてお互いに穏やかに座っていられることが不思議でならない。



「番を見付けたって。」


「正確には『番候補』であって、俺の片思い。」



 滅茶苦茶親と子の年の差だよ、攻略出来るかな~、ははは。

 等と笑いつつ、珈琲の焙煎の支度をしている様を見詰める。



「お前がこうやって呑気に店長をしているなんて、昔の姿を知っている身としては不思議な位だ。」


「確かにな~。若気の至りとは言え、株で儲けた金使ってバカみたいに小山のボス気取ってさ。一時期マジでヤバかったし。やっぱ慣れないことは手を出すべきじゃーないよねぇ。」



 飲む?と、何時の間にか淹れてくれた珈琲をサーバーにギリギリまで注いで出される。



「因みにそれ、優樹ちゃんの番候補の皇君が好きな銘柄。彼、よくここに来て頼むんだ。」



 へぇっと口に出してみると、「悪い子じゃないよ。ただ必死で数年前に偶然出会ったっていう番をずっと長い間探していたらしいからさ。」と言われ、それきり口を噤む。

 珈琲を焙煎する匂いが漂い、その芳ばしい香りを嗅いでから珈琲を一口、含む。



「…苦いな。」


「アメリカンだから薄いほうだけどね。」


「優樹なら渋い顔をしてストレートは飲めないって言うなと思って、な。」


「この間来た時砂糖とミルクてんこ盛りしていたよ。カップを洗う時、底に砂糖の塊を見付けた時驚いちゃったな。」


「アイツ苦いものはマジで駄目だからな。」


「阿須那ちゃんに似て可愛い子だよね。」


「学生時代の阿須那にマジでそっくりで、見ているとほのぼのするよな~。」



 阿須那も滅茶苦茶可愛がっているし。と、先程の光景を思い出す。

 時折伴侶になった俺よりも、子供である優樹に愛情を注いでいるのでは無いだろうかと思うぐらいだ。いや、まぁ、子供だから理解してるけど、時折負けたって思うのは仕方ないと思うとなぁ。



「なぁ、陽平。」


「ん?」


「阿須那ちゃんってβだよな。」


「何当たり前のことを言っている。」


「阿須那ちゃんの子供の優樹ちゃん、なんつーか…お前に似ている。」


「義理の親子だからなぁ、一緒に生活していると言動とか似て来るからじゃね?」



 でも阿須那に似て可愛いだろ!と力説したら思いっきり呆れられた。

 いいじゃねえか、マジで可愛いからなあの2人。血の繋がりが顔面から仕草から諸々とありすぎて、時折意味もなく悶える時あるけど。優樹の前ではやらないぞ?阿須那だけの時はやらかして呆れられるけど。

 仕方ないじゃないか、俺自身自覚もあるぐらい初恋拗らせていたから尚更。言っとくが優樹に恋愛感情は一切無いからな。あるのは可愛い息子だなって思う親心だ。

 それに対し、阿須那の場合は色々欲が爆発する。

 程々にしないと翌日阿須那が起きられなくなるから爆発の頻度は抑えているけどな。


 …阿須那はあまり触れさせてくれなくて焦れてしまうけど、稀に、極々稀に、ひっじょーに稀!に、許可が出るとつい御盛になってしまうのは仕方がないよなぁ。



「そういうことでは無いのだけどね、まぁ良いや。で?」



 何しに来た?と言われて話題を変える。



「今回の件についてだが。」


「ああ、例の皇君のストーカーさんね。」


「どうやってあの女が薬剤を手に入れた?」



 違法薬物、あの水薬は例の『ダムレイ研究所』でしか作っていなかった筈。新たに制作したとしても普通は出来ない。…人道的に非情な行為で出来上がるからだ。



「アレの中身って今は作れないし、法律的にも犯罪に当たるから普通の製薬会社では作りたがらない筈だよな。『元』の一人である人物は既に亜藥村には近付いていないし、既に研究所は無い。跡地は病院だしな。ならばどうやって手に入れたかわかるか?」


「ん~…一応先程調べたけど…まぁいっか。同じ村出身だし、過去の呵責もあるしなぁ。」


「知っているなら教えろ。」


「はいはい、と。」



 不破は肩を下げ、ううーんと唸る。



「その前に何故俺が『知っている』って思っているか聞いていいか?」


「ハッ、今更それ言うか?元脛に傷持つ任侠な世界の人だった癖に。」


「あ~それ言われるとちょっと、苦い気持ちが…。」



 あはは、や~若気の至りですわと苦笑し、「変な世界の会社とか裏とか、ウッカリ手を出すのはよくねーわ。義のためなら命も惜しまずなんて、今の世の中では古いわな。」と口角を上げて嗤う。



「マフィアとかはもう平気なのか。」


「んーまぁ、こんな下っ端な俺のことはほっといてくれると思うよ。」


「は、どうだか。元イタリアンマフィアの…」



 そこで「シ」と不破が自身の唇に人差し指を立て、俺の口を閉ざさせる。



「俺の番候補の子、今回の件でヒート起こしちまって。抑制剤を飲んでいるから今は徐々に収まって来ているけど、上の階の隔離部屋で中から鍵掛けて貰っているだわ。本来なら学園の寮のが安全面から考えても良いのだけど、ちと、訳ありでなぁ。今回の件にも関わっていてさ。取り敢えずそんなわけで、うっかり此処で話して俺の過去は聞かれたくねぇから黙っていて貰えると助かる。」



 まだそこまで話してないからと言い、「あと一応誤解を解くけど、俺のケツは処女ですからね~。」と訂正が掛かった。



「ふーん。」


「信用してねぇな?ま、良いけど。流石俺、信用ねぇ~ニヒヒヒ。」


「何だよ、イヤラシイ笑いだな。」


「いやぁ、陽平とこんな話し出来るようになったなんて、ほんっと、良い意味で年取ったなと思って。」



 嬉しそうに頷いて目元を緩める不破。

 ったく、普段からそういう顔付きで番候補を見ていれば相手も惚れるだろうに、コイツはしない。コミカルな事柄はやる癖に、変な所で恥ずかしがるから中々進展しないし警戒されるのに気が付けよ、ったく。



「まぁでも誤解が無いように言うと、情報は持ちつ持たれつしているぜ?アチラさんも色々と苦戦しているらしいからさ。」


「それ、聞いていいヤツ?」


「大丈夫だ~いじょうぶ、運命の番探しているっつ―ワケ。アチラさん40手前で焦っていんのよ、まーじ拗らせているからねぇ~。」


「…何か色々聞きたくねぇ。」



 と言うか、俺に言うっていうことは知り合いの可能性があるのではないか?まさか片棒を担げとか、助太刀しろとかは言わないだろうな?



「あはは、つーか聞け。俺昨晩その手の話真夜中まで聞かされて寝不足だっつーの。」


「……おい。」


「ふはははは、ま、世の中のα様なんてそんなもんよ。所詮番相手の可愛いΩちゃんに振り回される、愛に焦がれる愚かなαだからな。ほんと、αが最上位なんて嘘だよな。どう考えても女王様なΩが最上位じゃん、ね?牙があるフリをした、情けない雄ライオンだよ。何時だってΩって言うただ一人の人を求めている。」



 それは何もαに限ったことでは無いのでは無いだろう。世間では監禁しただの軟禁だっただの、そういった恋愛沙汰も殺傷ネタも数多くある。ただ、世間体でいう所のニュースになるのはαの方が圧倒的と言うだけ。

 俺だって阿須那を家で監禁出来るならしたい所だが、阿須那自身が嫌がるだろうし、それに阿須那の会社の上司達に知れたらと思うと、背筋がゾゾゾと寒気がして冷や汗が出る。

 特に阿須那の上司の安倍川と言う女性上司。

 うっかり変な発言等しようものなら、寒空に一人放置されたような孤独感と寒さを感じさせてくれる。同じ上司の岸和田さんのほうは物腰が優しくていいのだが、あの人の息子って此方に止め刺してくるぐらい冷酷な視線を向けてくるから、生きた心地がしないんだよなぁ、まだ中学生のおこちゃまな年齢の癖に流石α。

 コエエ。



「雄ライオンならハーレム野郎ってことになるじゃねーか。」


「ぶ。」



 確かに!と爆笑する不破。



「ま、ライオンとかハーレムは兎も角。」



 と言って、カウンターの上に不破のタブレット端末が置かれる。

 その画面に表示されているのは今回のお騒がせストーカーの報道ニュース。その情報がタブレットで流れている。



「ニュース番組?」


「なんつーか、世間ではこのストーカーの子が前日失敗したから今回こそ~って感じで収めているけど、もちっとあってね。」



 何でも、不破の番候補の子の親族が関わっているらしい。



「未明ちゃんの親って言うのが交通事故で亡くなっているのだけどぉ、親族とは絶縁状態なワケ。理由はその親族が保険金を騙し取ろうとしてさ。学園に入る際に揉めに揉めて、彼の中学の先生がウチの喫茶店の常連でね。その先生に相談された切っ掛けで俺等知り合ったのだけどさぁ。その伝手で俺、未明ちゃんの身元引受人している。一応言うけど、未明ちゃんのご両親の保険金は一切手を触れていないよ。未明ちゃんもだけど。」



 そこでタブレットに表示されていたニュース画面が途切れる。

 ついっと不破が指先で画面を弄ると、今度は事件現場と思われる場所が表示される。これは写真か。

 その画面の一番端に微かに映る、中年と言うより老人の年齢に差し掛かった男女二名を不破が指差し、トントンと画面を叩く。



「コレが問題の親戚。結構姑息でね。保険金の受取人を複数設定して未明ちゃんから奪い取ろうとして画策とか色々トラブル起こしていてさ。その際に弁護士を入れて未然に防いでいるけど、裏技使ってくるしわでしつけーの。何せコイツラの裏、どうもヤバいのがいるみたいで。下手に警察に預けても対処出来ないっつーワケで普段は学園の寮に居るのだけど、ねぇ。」



 更に不破がタブレットの画面を切り替える。

 ソコに映し出されたのは、明らかに一般人ではない風体の男達。

 ただ画面がぼやけていて顔がはっきりとは映し出されては居ない。

 と言うか、不破がワザトぼやけた判明の付かない写真を映し出して居るのかも知れないが。


 またタブレットの表面を不破が指先で叩くと『関わるな』と赤い文字が表示されている。



「そういうこと。」



 不破がそう言うと、カタンッと何処からか物音が聞こえてきた。



「ちょいと待って。」



 と、二階を見詰め、「未明ちゃん起きたみたい。様子見て来るわ。」言葉を残してから御盆を手に持ち、店にある冷蔵庫から牛乳パックとスコーンを取り出し、電子レンジでスコーンを温めてから2階へ上がって行った。



「結構まめまめしいな、アイツ。」



 しかし両親の事故、か。

 何だか亜薬村の研究所に集められたαやΩ達を思い出す。



「最後に俺等以外に『生き残った』奴等は今何処にいるのかねぇ。」



 阿須那や砂生各務、それに俺、かぁ…。

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