17話

 

「あのなぁ阿須那。」


「駄目。」


「産後のガルガル期かよ…。」


「ウルセェ。」



 不機嫌、ううん怒っている?それとも威嚇しているのかな?と言うぐらい、不機嫌な阿須那父さんの声が聞こえて来る。


 意外と力強い阿須那父さんの拘束から離れられず、更には僕の視界を塞ぐためなのか僕を隠すためなのか。父さんの着ていた上着を頭からスッポリと掛けられて視界はゼロ。それどころか彼のフェロモンさえ遮られており、匂いが感じられないまま抱き締められている。

 何度も「離して」と頼むのだけど、頑なに拒絶されていて離して貰えない。

 僕もこんな状態の阿須那父さんを見るのは初めてで、離して欲しいけど強く言えない。もし此処で父さんの束縛から離れられたら一体どうなるのだろう。先程でさえ視界が揺れて変になったと言うのに、不安になってしまう。

 だからこそ強く言えないし、行動に移すことが出来ない。



「御免な、皇。」


「いえ。」



 先程の彼はスメラギって言うのか。

 漢字にすると『皇』かな?

 先程チラっと見た時、この学校の制服を着ていたようだから同じ学園の生徒だと思う。それと多分α。微かに匂いが漂ってきて、あ、この匂い覚えがある。

 柑橘系の爽やかな匂い…レモンっぽい。この匂いって先日の不破さんのお店で嗅いだ匂いにソックリ。

 そう言えば今日初めて教室に入った時も授業中も、廊下側の一番前の席が一つ空席だった。病欠かな?とクラスメート達に聞こうかと思ったのだけど、授業の合間の休憩時間の度に廊下側に押し寄せるα達の姿に戦々恐々としてしまい、聞ける状態では無くなった。


 何で必ず手前側に見えるのが筋肉が発達しているような人達なの?

 それが悪いわけでは無いけど、思わず顔面が引き攣って後ろに下がって徐々にフェードアウトしたくなったよ。お目当てが僕等Ωだったから出来なかったけれど。

 希少動物扱いは無問題です…。


 ん?落合先輩と少し前に嗅いだことがあるαの匂いもする。この匂いは不破さん、かな?

 外で見た時は少しだけ威圧感があるような感じがしたなぁ。自身が経営している喫茶店の中に入るとちょっとコミカルな感じがして面白い雰囲気を出す人なのだけど。



「うわぁ、阿須那ちゃんってそうなるのか…。」


「不破さん、ですか?」


「よう、阿須那ちゃんの可愛い子ちゃん、元気かー?」



 とかこの場に合わないような明るい声が聞こえて来たけど、「いってー!」って声まで聞こえてきた。ドカッという音が聞こえて来る前に僕を抱えている阿須那父さんが少し揺れた気がするから、蹴ったのかな?

 家の中で陽平父さんに蹴り入れているのは偶に見るけど、あれは戯れている時だし…。



「ありゃ、これマジでガルガル期?」


「阿須那、落ち着けって。」


「ウルセェ。」



 グッと僕を抱えている父さんの締め付ける力が強くなる。

 う、うーん父さんちょっと落ち着いて欲しいなぁ。徐々に痛くなって来ていて思わず「ぐえ」と、変な声が上がるか上がらないか位の時、不破さんの声が聞こえて来た。



「んじゃ、今日の所は解散ってトコで良いかな、校長先生と先生方。学校関係者では無い私が纏めてしまって悪いとは思いますが、私達保護者は隣で説明を受けたことですし、各保護者や番候補達にとって無事だとは説明を受けています。ですが、出来ることなら早く彼等に会いたいですしね。勿論状態次第ですが。」


「あ、ああ。しかし…。」



 先生かな?

 動揺しているような気配が声からも察せられる。



「彼なら大丈夫ですよ、抱きかかえている生徒は彼の実の子ですし。それに彼の伴侶が此処に居ますから、な、陽平。」


「おう、任せろ。」


「それにこのままの興奮状態よりも一旦落ち着かせるため、僕等は離れた方が彼も落ち着きます。って~ことで皇も出るぞ。」


「ですが…。」


「皇、阿須那ちゃんが興奮して威嚇しているのはお前のせいだっていうのはわかるな?幾らあの子が長年探していた『運命』だとしても、今は引け。そして無意識かも知れないが、面倒臭い威嚇のフェロモンも止めろ。出している限り阿須那ちゃんが落ち着かないだろうが。」


「う、わかりました…。」



 沢山の人の気配と足音が去って行くのが聞こえ、最後に少しだけ此方を見ているらしき視線を感じたけれどその相手の気配も沢山の足音と共に去って行く。

 最後に不破さんの「じゃ、此方は引き受けたから。そっちは陽平に任せた。」「ああ」と言う声が聞こえ……。


 あれ?

 威圧感を感じていたのはαの不破さんからだと思っていたけど、皇さんって言うあの人から出ていたの?

 何故?何故威嚇をしていたの?

 だから阿須那父さんが僕を抱きしめているの?



「優樹、優樹、もう大丈夫だから。だからもう、震えなくていい。怯えなくてもいいから。」



 え。



「あれ、ぼ、く…?」



 震えていた、の?



「もう大丈夫だからな。そんな震えなくて良い、父さんが守るから。」



 ポンポンと背中を優しく叩かれ、全身の力が抜ける。



「オメガのヒートを起こす薬だなんて…しかも、目の前で知り合いが倒れたりすれば混乱するよな。怖かったよな。でももう大丈夫。此処には父さん達しかいないから。あの威嚇、いや牽制か?していたαもいないから、もう大丈夫だ。」



 ぽすんっと、頭に手が置かれて撫でられる。

 阿須那父さんの上着越しだからちょっと乱雑に感じるのは、多分陽平父さんの手だ。

 その手が軽く撫でられてから離れる。

 もう少し撫でて欲しい、かな…。なんて、言わないけれど。

 背中の手はまだ僕を優しく撫でてくれていて、その手がとても嬉しい。



「陽平…。」


「ん?」


「もう少し優樹の頭を撫でてやってくれ。」


「了解。」



 ポンポンと先程離れた手が頭に戻って来て、ゆっくりと撫でられる。

 小刻みに震えていた身体が自然と落ち着いて来ていて、ほっとする。って、僕もう高校生なのに、ほんと甘えん坊だよね。

 でももう少しこのままで居たい。


 ごめんね、父さん達…。


 ん…なんか、暖かくて落ち着いてきたら、抑制剤の副作用、かな。

 ねむ、け…が………。




 ※ ※ ※





「眠ったか?」


「ん。」


 ポンポンと阿須那がまるで小さな子をあやすように、自らの子を抱きなおしながらその背に優しく手を添える。

 先程とは違い、まるで聖母のような優しい笑みを浮かべた阿須那に陽平は安堵する。


 少し前まで阿須那の顔付きは完全に般若のようで、威嚇するかのように皇を睨み付けていた。その様は我が子を守る母性から来ているような、まるで……母親が産んだ子を必死で守るような、そんな雰囲気をこの室内に入った者達は感じただろう。

 βの男なのに、な。



「そろそろ優樹から上着を取ったほうが良くないか?」



 息苦しくないだろうかと提案すると、阿須那は首を横にふる。



「まだ駄目だ。学園内ではアイツの残り香であるフェロモンに優樹が当てられる可能性がある。」


「皇か。わざとでは無いだろうけど、上位αで更には財閥の跡取りだから無意識に牽制やら威嚇やらしちまうみたいだな。成程、だから優樹は怯えたのか。」


「優樹はそういったα特有の、財閥とか社会的にも上位な奴等とは遭遇したこともされたことも無いからな…。」


「ま、俺達庶民ですしぃ。」



 気楽が一番だよなぁ。

 と言いつつ、先程の元同級生である不破のことを思い出す。

 とある有名資産家であるαの真似をし、株で儲けた金で中小企業やらビルやら土地やら買い付けたら、色々面倒になったと何時だったか愚痴っていたのを思い出す。

 だったらやらなければ良いのにと軽くいったら、何時の間にか柵(シガラミ)を捨てていたらしい。先日阿須那から「アイツ喫茶店の店長していた。」と言われて非常に驚いたと同時にこうも思った。

 流石不破、自由人と。



「だな。」


「うんうん、そういう阿須那が俺は好きです。」


「…。」


「照れるな、阿須那。押し倒したくなる。」



 俺の職場だから丁度すぐソコにベッドはあるし、とは言えしませんよ。



「あのな、此処はまだ学園で、お前の職場の保健室、な。」



 ついでに言うと照れてないと少しだけ頬を染めて此方を睨み付けて来る。

 だけどその顔が可愛いやら少し色っぽいやらで、惚れている此方としては困ってしまう。

 仕方がない、少し茶化して場の空気を誤魔化すか。



「へい、残念です。」


「…。」



 あ、不発に終わった。チョットシンドイです、この空気。



「黙られると正直困ってしまうのだけど。」


「はぁ、あのな。」


「ん?」


「先程の先生達の中に亜藥村産、恐らく最後の実験体オメガである砂生各務が居た。オマケに禁止薬物は、「ダムレイ」研究所産のだろう?まだ残っていたのかよ。まさかまーた国家が極秘でアホなことして品種改良だか何だかしたんじゃないだろーな。やりそうで怖いし、落ち着かね―し、気持ち悪い。」



 亜藥村と言うのは俺達が幼少時住んでいた村のことだ。

 ちなみに優樹がヒートを起こしてオメガと判明し、自身の孫相手に包丁を持ち出して大騒ぎしやがった元祖母が住んでいる村だ。

 あの件から阿須那は優樹を一切接触させたくないと、帰省したりはしていない。

 ただ数年前の阿須那の離婚前後は度々『アチラ側』の元祖母と同世代の人々がアレコレと迷惑という名の接触をして来たため、俺とワケを話した不破や知り合いをフルに使って頭を下げ、法的に制裁を下した。その御蔭で現在は音信不通となっており、穏やかな日常を過ごしている。



「阿須那…。」


「別に人種差別しているワケではない。ただ、同種だから同族嫌悪だ。」


「同種って、お前。」


「知っているだろう?俺はあの村出身でバース『ダムレイ』研究所、国産初の人工オメガ。…その失敗作だ。」



 ※※※


 ※アイテム設定等


【オメガ用測定器】

 ・この場合はオメガがヒート状態になったかどうかを計る測定器。5段階測定出来る。


 ・極秘国家機関「ダムレイ」研究所


 人間のバース研究所として設立。その後、αとΩを人工的に増やそうとし、違法な行為をし続けていたために数十年前に破棄された。当時の研究員はほぼ拘束・もしくは死刑宣告を受けている。

 

 ※ダムレイ:カンボジアで「象」を意味する。

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