13話

 

「あ、死んでいる。」



 ツンツン、ツンツンツンと。

 一戸さんがどうやら僕をつついているらしい。

 ちょっと痒い、この感触。

 そして僕は先程から机に突っ伏して死体と化し、諸々と気疲れから干からびていた。

 何がって、うーん…色々?精神的にとか、気分的にかも知れないけども。


 理由は、今の僕は動物園の白黒模様なパンダ気分だから。

 出来たらサル山の猿がいい。出来たらボスが居てくれて、この見物している集団から僕達一年生オメガを是非守って欲しい。

 もしくは水族館の大量にいる鯖とか秋刀魚。

 有象無象な存在になりたい。



「何でこう、休み時間の度にαさん達が覗きに来るの…。」



 しかもほぼ男性陣のみ。

 可愛い女性はおりませんか?僕、目で癒やされたいです。もしかして手前の厳つい筋肉質な三年生男子のせいで後ろに追いやられておりませんか?

 急募、癒やし。

 目が癒やされたいのです。



「あはは~もう慣れた。」


「いやはや、この学園の一年生でオメガがまさか二名だけとはねぇ。」



 因みにウンザリしながら喋ったのが僕、優樹で。『慣れた。』と言ったのが陽平父さんの遠い親戚の一戸杏花音さん。次が何故か毎回休み時間に顔を出す、二学年の先輩である落合行弘先輩。

 この落合先輩は先日、僕が生徒玄関でヒートになった時にお世話になった先輩である。



「うーん、ドアから顔を出しているのは三年生かなー?」


「何なの、一時間目が終わったら一年生達が見物に来て、二時間目が終わったら二年生が来て。三時間目が終わったら三年生。僕達オメガは絶滅危惧種なの?」


「ある意味そうかもね。」



 クククッと笑う落合先輩が「そんな元気の無い優樹君にお土産~♪」と、いちご牛乳パックを目の前に置いてくれる。



「はい、杏花音ちゃんにも貢物~。杏花音ちゃんには大好きなフルーツ牛乳ね。」


「わーい、先輩有難う!」



 早速一戸さんが付属していたストローを指して飲みだすと、此方を伺っていた三年生達が「可愛い」「格好良い女性だ」「姿勢が素晴らしい」とか、ボソボソ話しているのが聞こえて来る。

 ううん、杏花音ちゃんもだけど僕ら二人とも今日一日はこのままの状態なのだろうか。



「僕達じゃなくて他の学年のオメガさん達を見に行けばいいのに。」



 机に突っ伏したまま文句を言うと、「ん~」と言いながら一戸さんが口を開く。



「それはもう終了して居るのでは無いかな?何せ二年生や三年生なら編入して来ない限り新参者なんて居ないだろうし、その間に顔とかはもう見ているでしょう?」



 何ならお話とかもして親睦も深めている人も居るのでは?と言われてしまうと納得してしまう。

 と言うか先輩、今日だけで三度も顔を合わせているけどお暇なのですか?

「猿山のボスを実行しているのだけどね。」と苦笑しつつ言われてしまうって、さっきの聞かれていたのですね、成程納得。って、何か違う。



「それもそうか…。」



 納得して遅ればせながら先輩から貰ったいちご牛乳にストローをぶっ刺す。

 イライラしているので若干強めだったけど、握り潰したりしていないから無事いちご牛乳は飛んでいないけど、刺した時に『ガッ』って言う音が響いたのは何故だろう。

 もしかして、このクラスの他のαさん達も僕達に注目していない?

 滅茶苦茶視線感じるのだけど、是非やめて下さい。

 僕気が小さいので。そうは見えないかも知れないけれど。



「おーい杏花音ー!」



 途端に見学をしている三年生達を押し退け、ズカズカと足音を立てつつ一人の男子生徒が、僕等がいる教室に入り込んで来る。おお、身長が高い。



「あれ、兄貴どーした?」



 んん?一戸さんの兄貴?


 ひょいと顔を上げると廊下側から「可愛いー!」とヤケに野太い声が上がって来たが無視無視。と言うか怖い。どれだけオメガに飢えているのだと言いたい所だけど、今年は特に新入生にオメガが居ないということで諸々希少動物と化しているらしい。

 聞いた所に寄ると隣町にこの町のオメガ達がこぞって入学してしまい、今現在この学園の新入生オメガは一戸杏花音さんと僕、倉敷優樹の二名しか居ない。

 二年生も元々オメガの数が少ないらしく、この天然記念物扱いが悪化しているとか何とか。


 因みに三年生は知らない。

 何せ先輩からのまた聞きだからね、という事は三年生のオメガは結構いるのかな?ちょっとお会いしたいです、出来たら憩いを与えてくれそうな人限定で。



「お?君か、杏花音が言っていた可愛子ちゃんか。」



 いやそんな変な名前じゃないから。

 女の子相手じゃないのだから、可愛子ちゃんとか僕には似合わないよ。

 と言うか、凄い。圧が。高身長だからか。

 いやいやそれより、



「一戸さん双子だったの!?」


「あれれ、言ってなかったっけ?」



 瓜二つと言っていい位にそっくりな人が目の前に!

 似ていないのは性別と髪型…あ、制服も。

 でも相変わらず宝塚感が凄い。

 そしてこのお兄さんも姿勢が素晴らしい。リアル王子様って感じだ。



「ではでは、不肖の妹、いや違うな、我が妹は劣っていないし。真逆の言葉は、えーと。」


「自慢の妹じゃないかな?」


「おお、流石落合先輩サンキュー。では『自慢の妹』の『不肖の兄』ってことで。一戸京夏だ。文字は京都の京の文字に夏と書く。文字通り夏生まれだがどちらかと言うと初夏だな。なおクッソシスコンだ。自覚している。宜しくな。」



 横から「どんな紹介だよ、クソ兄貴。」とか言う声が聞こえて来るが、当人はニヤリと笑うだけ。



「ちなみに隣の特別進学クラスに居る。妹と仲良くしてやってくれ。」



 ニッコリ微笑まれて握手を求めて来る。

 その手を握ろうかどうしようか、初対面の人相手に尻込みして居ると、



「宜しく~。」



 と気軽に落合先輩が京夏さんの手を握っていた。

 それで良いのか、先輩。そして「おお!つか、おもしれー。」と微笑む京夏さん。


 何だか握手をしている手からギリギリとした音が聞こえる気がするのだが、何故。

 そして何故か先輩も圧が上がって来た。

 気合?威圧?何だろうなぁ、この圧力。


 鍋だったらいいのに。

 出来たら電気の圧力鍋。

 ガスだと怖くて僕扱えないから。阿須那父さんもガスのは怖いと言って、陽平父さんにちゃっかりとTV通販で売っていた電気圧力鍋購入して貰っていたし。お蔭様でちょっとだけ阿須那父さんのご飯のレシピが増えて喜んで居たよ。

 夫婦…違った、夫夫の仲が円満になっているみたい。

 僕も、その、もしかしたら誰かと、将来……うん。買ってみたい。

 料理が出来る方じゃあ無いから、材料と調味料だけ入れて後はお任せって言うのは有難いからね。その前に相手がいませんけど。


 と言うか、αって普段から圧が凄いのかな。

 なんか違う気がするけど。



「で、どうした兄貴。こんな所まで来て。」


「あーそうだった。次の教科こっち数学だけど教科書忘れた。貸してくれ。」


「へいへい。」



 サッと一戸さんが席に戻るとそれまでギリギリとお互い握手していた二人の手が離れた。


 …ン?


 先輩と一戸のお兄さんの手、お互いに握っていた方の手が真っかっか。何これ、どういう状態。もしかして二人して競っていた、とか。αなりの挨拶とか。

 もしかして脳筋αのご挨拶でしょうか。

 僕出来たらそのような状態はご遠慮したいので、一戸さんとは脳筋挨拶はしないと心に誓います。

 だって無理。

 僕なら3日ぐらい手が腫れそうだもん。



「ほい、兄貴教科書。んで、制裁。」



 ベちんっと一戸さんがお兄さんの頭を教科書で殴る。

 え、何で。

 一戸さんも脳筋のお友達ですか、双子だからかな。

 僕ちょっと席外していいかな?え、駄目?


 そして制裁なら先輩もやられるべきではと思うけど、ソコの所は先輩だから制裁は下さないらしい。

 先輩優遇か、ちぇ~って言っているお兄さん。言いながら何処と無くデレデレしている気がするのはシスコンだからか、それともMだからだろうか。

 やっぱり僕席外したいなぁ。



「なーに二人してアホな競い方しているの。優樹君ドン引きしているじゃないか。」


「おやホントだ、ごめんね。」



 苦笑しつつ落合先輩が「そろそろ時間だから戻るね~。」と、あっという間に教室を去り、一戸さんのお兄さんが「悪い。けど、何だかあの先輩いけ好かないつーか、ムカつくっつーか…何だろうな。」と言って去って行った。


 いやほんと、何なの?



「αってああ言う感じなの?」


「うーん、家の男共は当てにならないけど。何せ実兄のαが『アレ』だし。父も『脳筋でアレ』だし。」



 つまりソックリってことだよね。



「お前ら席につけ~。」



 何時の間にか教室の教壇に入って来た先生と共に次の授業開始の鐘がなる。

 廊下に居た三年生のα達も何時の間にか居なくなり、僕のストレスがちょっとだけ軽減された。

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