10話
カラランと乾いた音が店内に響く。
この音は僕達が入店する時にも響いた音だ。
「こんにちは。店長、アメリカンをサーバーいっぱいに頂戴。」
「おう、スメラギ君おひさ。って、授業は?」
「外の騒動で理解宜しく。と言うか、赤銅君が居るんだから理由は同じでしょうが。」
「学年が違うだろ、つーか目の前の大混雑ってスメラギ君が理由だろ?」
「いや、この混雑は人気俳優や人気モデルが撮影しているからじゃないかな。俺はもう少し後からだし、今回はちょい役程度で撮影するだけだからさ。」
入店して来た男性客がスルッと僕の席から一つ開けて座る。
見ると深々とパーカーのフード部分を被って顔が判別し難いようにしていて、更にマスクで口元を覆っていて僕の席から見えるのは目元ぐらい。
有名人なのかな?先程の撮影?している人達の関係者のような会話を店長さんとしているし。とは言え目元だけなので誰だかさっぱりわからないし、元々芸能人とか有名人とか興味が無いのでこうして見ていても意味ないよね。
それよりも今、「みめいではありません!ほのかです!末って書いて、次に明るいという文字を書いてほのかって読むのです!」と、例の美少年が店長さんに怒っている。
「え、今それ言う?指摘するの、遅くね?」って店長さん笑っているけど、これってからかっているのかなぁ。
阿須那父さんが呆れたような顔をしているから、多分そうかな?
途端に香る、爽やかな香り。
あれ、レモンっぽい匂いがする…。
そう認識した途端、一瞬だけ視界がぐらりと傾いたかな?と思ったら、不意に聞こえた「お待ち~」とやけに明るい声に我に返る。
「先にオムライスな?食後に、いやちょっと後か。アンミツをアイス付きで出すから待ってな?」
「珈琲お待たせ。」
トントンとオムライスと珈琲を出された途端視界がクリアになり、先程まで感じていた爽やかな匂いが収まる。
何だったのだろう?
お水に入っていたレモンの香りが強調されただけかな?
水が入っているコップを手に取り、匂いを嗅ぐ。
薄っすらと感じるレモンの匂い以外は特に感じず、視界が傾くこともない。
「優樹、デザートも出ることだし、無理せずに食えよ。残したら父さんが食うから。」
「うん。」
「陽平の飯は夕飯に食おう。帰って来たら二人で謝ろうな?そうじゃねぇとアイツ拗ねるし」
と、阿須那父さんに言われ、思わず笑ってしまう。
面倒臭いって言いつつ、阿須那父さんの口の端が薄っすらと上がっている。
何だかんだ言って陽平さんのこと大好きだよね、阿須那父さん。
いただきますと手に持ったスプーンでサクッとオムライスの中央に突き刺す。
この真ん中にケチャップが乗っているの、ちょっと可愛い。
中学の同級生だった女子達が好きそうだなぁ、今度連絡が取れたら遊びにでも誘ってみようかな。皆に会いたいし、ご飯も一緒にしたいなぁ。等と思いつつ、他にも何人か誘わないと駄目かな?以前だったらクラスの男子達が「優樹がデート!?」と煩かったなぁと思い出す。
他校になっちゃったし、以前のクラスの男子達は気不味いから女の子達だけでいいか。
薄情かも知れないけど等と思いつつ、未だ登校していない…いや、玄関までは居たので登校はしているのだが。どうせならプリント等を持って来てくれたし、その御礼をかねて杏花音ちゃんとこのお店に遊びに来ても良いかなと思う。陽平父さんの遠い親戚だと言うし、玄関で会ったαの先輩もお礼をしないと。
何なら三人で来ても良いかも知れない。
一口くちに入れた瞬間、ふんわりと広がる卵の味。
「あ、美味い…。」
柔らかくてほんの少しの酸味。
ケチャップが昔ながらという感じなのも良い。
そして中身のケチャップライス。
その横に一緒にブロッコリーと共に添えられて置いてあるウインナーがタコさんになっているのはお茶目なのかな?それともこだわり?思わず聞くと可愛いでしょ?なんて僕に聞いてくる店長さんに苦笑してしまう。
「おう、美味いって褒めてくれて有難うな。」
横で阿須那父さんが「店持つだけはあるか。」と上から目線で話しているけど、「でしょう?阿須那ちゃんに褒められた~♪」と陽気に話している店長さんが面白い。
それにしても、何故先程あの美少年にオメガ?と聞かれたのだろう。
来店してきたお客さんのせいで会話は途中で途切れちゃったから、別に重要なことでは無かったのだろうけど。
そう言えば僕もプロテクターを付けていた。それが見えたのかな?一応見えにくいような服装を選んで着ているけど。でも僕のプロテクターは中学生の時にあのホテルで買った物と、国から支給されている品の二品。美少年が身に付けているプロテクターと比べたらお粗末な品。
もうちょっとお洒落な物にしたほうが良いかな。
それとも美少年の身に付けている頑丈そうな物に替えてみるとか。
…今まで不自由を感じてなかったから古びてきていて、特に国からの支給品のはあまり頑丈では無いのか合成の革製品故か、薄くて心許無い。
「で、阿須那ちゃんさっき言っていた理由わかった?」
「わかったよ、てめぇ苦労させるなよ、このエロ魔神不破。」
「ぐあ、何数十年前の黒歴史な渾名を…。」
「事実だろうが。つか、ちゃん付するな。気持ち悪い。」
「昔からそう呼んでいるじゃん、今更じゃん~。」
「じゃんじゃん何度も連呼するな。」
「ええー癖ですー。」
「って、お前店に入ると口調がかわるのか?」
「常連客からオカマみたいっていうのは言われたことあるな。そんな気は無いけど。勿論差別はしないからな?ま、俺の場合は客商売だから、多少口調は柔らかくなるねぇ。」
ん?何がわかったと言うのだろう。
と言うか黒歴史って、父さん言わないであげたほうが良くない?
父さんが一瞬美少年の方に目線を向けたけれど、彼はカウンターで一生懸命あんみつを盛り付けていて気が付いていない。対して店長さんは先程入って来たお客さん用のアメリカン珈琲をサーバーいっぱいに入れて出していた。
「は~い、お待たせ。ついでにオマケでビスコッティを付けてやろう。ちょいと焦げている、客に出せないヤツだから遠慮するなよ。」
「店長、付けてやろうって」
アメリカン珈琲と共に三つ程小皿に入れたビスコッティを未だにフードを被ったお客さんに出すと、彼がクスクスと笑って「ありがと、店長。」と言って受け取った。
対して美少年の方は店長さんに文句を言ったあと、呆れたような顔付きをしている。
「なーに、お得意様にはサービスだよ。」
「店長それって顔がいい人にしていません?」
「えー俺、みめいちゃん一筋だけど。マジで。」
「はいはい。」
「ちょっ、ホントだって。」
「へー。」
「まじ、こう見えて本気よ、俺。」
「へー。」
「いや、あの、ね?」
「みめいちゃんじゃありません。」
「…あ。」
能面のような顔付き…美少年が無の表情で、辛辣に店長さんに物申し、ついで僕の方を向いて先程の向日葵のような笑顔に戻って、「食べ終わってからアイス出す?」と聞きながらあんみつを出してくれる。
「ごめん、言い過ぎたほのかちゃん。」
「未明。漢字で発音。」
「はひ。すいません未明ちゃん。」
尻に敷かれている。
今一番この言葉に当て嵌まったのはきっとこの目の前の二人だろう。
と、言うか、もしかしてもしかしたら。
年齢差が物凄い気がするのだけど、多分美少年は僕と同世代位な気がするし、対して店長さんは父さん達の同級生。20ぐらいは離れているような、そうで無いような。
更には美少年のプロテクター。店長さんはαなようだし。
「あの、不躾ですがお二人はもしかして番?」
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