9話

 

 阿須那父さんと一緒に珍しく近所のスーパーでは無くショッピングモールへ足を運ぶと、そこは平日なのにも関わらず一箇所物凄い人々で人集りが出来ていた。

 そこは休憩所を兼ねた長椅子が置いてある場所で、すぐ横は観葉植物やら鉢入りの花に切り花を売っている花屋の入り口の。僕も時折中を覗いているお店だった。


 とは言えお花って切り花でも結構高いので、父さん達の扶養家族である僕は切り詰めたお小遣いから購入するのは稀。種ならそうでも無いのだけれど、球根とか鉢で売っているのとかは高価なのが多いので値段とにらめっこ状態に突入する。

 高校生になったのだから少しはお小遣いアップしないかな~とは思っているけど、それはそれ。学校帰りに買い食いしたくなる食いしん坊なお年頃な僕。


 成長期だからね。


 横ではなく縦に伸びる時期だからね。


 もう暫く身長伸びていない気がするけど、でも高校一年生になったばかりの男の子だからね。

 身長を伸ばすにはまず、お腹が減った状態を無くすのが大事なのです。


 とは言え同級生の友人達曰く、「少食過ぎ」って。

 これでも結構食べているよ?確かにハンバーガー等のセットは食べられないけど。ポテトとジュースでお腹いっぱいになっちゃうし。お蔭で男子と行くとハンバーガー取られちゃうからセットで購入はしなくなったし、マックとか行くよりはどちらかと言うとちょっと御洒落なカフェとかチェーン店の安いお店とかになった。

 因みにほぼ仲良くなった女の子達が何故かセットで数人ついてくる。

 お蔭で男子からのお誘いが多くなったので、お小遣いの減り率がっ。

 とか言っていたら、時折誘って来た男子のお目当ての女子が来るようになると見栄をはりたいらしく、お礼として奢ってくれるようにはなった。

 ただ、女子達全員が何故か「優樹ちゃんを護る」とかなんとか言っているのが気になる。


 …僕、男の子だけど。



「父さん、アレはなんだろ?」


「何かの撮影でもしているのかもな。」



 通行の邪魔。とは言えないけど、小さな通路の通りには比較的若い男女がスマホ片手に人集りの中をつま先立ちして撮影しており、中が見えない。

 大きな声で「此処から先は入らないで下さい」という声が聞こえ、「撮影と言うより事故か?」と、阿須那父さんが首を傾げつつ様子を窺っている。



「そのわりにはパトカーが来てないね。」


「これから来るとかか?」



 救急車もいないしとキョトキョトと周囲を窺っていると、やや遠くから現場を見ていた黒いカフェエプロンを身に纏った父さん達と同い年位の中年の男性が此方を向き、声を掛けてきた。



「雑誌の撮影らしいですよ。何でも有名な芸能人が来ているとかで皆さん興奮しているのですよ。」



 と、ニッコリ微笑んで教えてくれた。

 その際阿須那父さんに「お久し振りです。最近来てくれませんね、お忙しいのですか?」と少しだけ此方に近寄って来た。



「今は『息子』と来ている。手を出すな。」


「おやおや、手厳しい。昔はあんなに可愛かったのに。」


「いいか優樹。コイツはたちが悪いからな。もし街中で声を掛けられてもスルーしろよ。」


「いくら何でも未成年には手を出しませんよ。」



 溜息を吐(つ)きながら肩を竦めて言う、黒いカフェエプロンを付けたやや切れ長の細身の男性は此方を見て「惹きつけられるいい匂いがしているのですがね、相手は私では無いようです。とても残念です。」と苦笑している。


 どうやらα…なのかな?

 少し尖った感じの匂いを鼻に感じる。

 これがαの匂いなのか、学校で感じたあの清涼なレモンのような香りとはまた違う匂い。

 ちょっと、濃い匂いだなと感じる。

 何となくだけど無意識に半歩程後退る。

 相手は父親と同じ位の年齢の中年男性だけど、『コレジャナイ』。

 その感情は僕がΩだからなのか、それとも相手から若干感じる上位αの気配の圧に萎縮しているためか。



「は、嘘つけ。」


「本当ですよ。でも『この子』は私が欲している子では無いですからご安心下さい。」


「…安心ならねぇ。」


「仕方無いですねぇ、まぁ過去が過去ですし。」


「そうだな。」


「実は私、あれから改心致しまして。今は普通のカフェ店員ですよ。」


「…マジかよ。」


「ええ、ですからもう二度と貴方を誘いませんよ。」


「信用ならねぇ。」


「はは、まぁ、仕方ありませんよねぇ。」



 クスクス笑っているカフェエプロンを身に付けた男性と、未だに疑っている父さんに僕はどうしたら良いのか困惑する。うーん、会話入っちゃうと申し訳無いような気がするし。

 そもそも僕の話をしているようでしていないようだし。


 …抜け出しちゃ駄目?


 あ、駄目っぽい。

 父さんがジトっとした目で相手を威嚇しながらも僕の何時の間にか繋がれた手を離さない。その父さんの手がじんわりと冷や汗をかき始めている辺り、過去に何かがあって苦手としているのだろうなぁ。



「そうだ。どうせならウチの店に入りませんか?」


「は?」


「その方が即納得致しますよ。うんうん、そうだそうだ、そのほうが早いですからね。」



 黒いカフェエプロンを付けている男性はそのままスタスタと阿須那父さんの腕を掴んだまま引き摺るように引っ張っていく。当然父さんに手を繋がれている僕までそのまま拉致同然に店内に連れ込まれる。


 あ、連れ込まれるって言い方なんだか悪いかも。

 だって、文句を言う父さんに被せるように「久し振りなのだから遠慮なさらず。」とか、「お昼まだなのでしょう?当店自慢の珈琲とオムライスのセットを奢りますよ。」とか、僕には「坊っちゃんにはアンミツ等どうでしょう?特別にアイスも付けますよ。勿論奢りです。」と、にこやかに言われてしまい、当然僕は素直に従った。


 父さんゴメン。だって僕この人ちょっと怖いもん。

 上位αっぽい人にはよっぽど理不尽なことをされない限り逆らえません。



 …嘘。

 お腹が空いていて、甘い物に惹かれただけです…。











 甘い物の誘惑に速攻で負けた僕を見て撃沈している阿須那父さんを苦もなく引きずり込み、そのまま僕も父さんの後に店内に入り込んだ瞬間、



「いらっしゃいませ~!」



 と、元気一杯向日葵みたいな満開の笑顔を向けて来た人に目が釘付けになる。


 所謂美少年という人だ。


 何だろう。僕の語学力が壊滅的なのは自覚しているけれど、こう、えーと…漫画とか映画とかで見たことある、某エルフの美少年がそこにいて大輪の花を咲かせていた。

 無論笑顔で。

 とは言えエルフみたいに耳は尖っていないし、生粋の日本人のようだ。

 だからこそかも知れないが、少年期から青年期へと入る中途半端な年齢特有のほのかな美しさがその顔に映り、独特の儚さが……ん?あれ、感じられない?


 見た目は儚く思えるのに、何だろう。

 力強く感じるのはその姿勢だろうか。体幹、とかかな。キリッとした均等に取れた体付きが弱々しくは一切感じられない。むしろその逆。でも一目見る感想が『儚い美少年』。


 …うーん、違和感。



「あ。」



 阿須那父さんが何だか納得という顔でその子ー…中年男性と同じカフェの制服らしい黒いシャツと黒いズボンに黒いカフェエプロンを身に纏った美少年が銀のお盆を手にして先程よりも表情を曇らせ、次に疑問を浮かべてから父さんと黒いカフェエプロンを身に纏った中年男性へと視線を移し、困惑した表情に移動した。



「不…破さん?」


「みめいちゃん、オムライスセットを二つで。可愛い子にはスペシャルアンミツを。」


「あ、はい。え、えと。」



 何だか動揺している美少年を尻目に、カフェエプロンを身に付けた中年男性…あ~ええと、先程から何度も中年男性と言っているけど失礼だよねぇ。

 父さん達と同い年の同級生らしいし。

 その不破さん、だったかな?と美少年に言われた人物が僕達に「カウンターにどうぞ」と席を勧めてくれる。


 席に座った僕達の前には水が二つ、コトリと音を立てて置かれる。

「ごゆっくりどうぞ」と一言言葉を添えて去った美少年が、カウンターに入って行って珈琲の準備を仕出す。そして不破さん?が、炊飯ジャーからご飯を取り出してオムライスの準備をしている。

 僕は置かれた水が入ったコップに口を付け、あ、これほんのりとレモンの香りがする。味もさっぱりとしていて喉越しがスッキリする。



「そーいえば数年ぶりじゃね?こうしてゆっくりと顔合わせて話すのって。」


「会いたくなかったがな。」


「わー阿須那ちゃん、相変わらず口悪いわ~」


「うっせ。」



 等と父親達の応戦?みたいなお喋りを耳にしつつ、店内をぐるっと見渡す。

 カウンター席の他にもテーブル席が幾つかあり、然程広くはない店内だけど懐古的な雰囲気があって中々面白い。僕、こういう風な所って始めて来た。


 店の入口のドア横には大きな観葉植物があり、目が惹かれる。

 うーん、なんて言う植物かな?高そう。南国っぽい雰囲気のある植物だなぁ、ちょっと欲しい。後でパソコンで調べてみよう。

 そう思ってふと、顔を上げると例の美少年とバッチリと目が合った。


 あ。

 そう思った時には目が外される。

 でも何だか此方を窺っているような、そうで無いような。

 僕なんて見ても何もありませんよ~ただの高校生になったばかりの一個人ですし。

 なんて思ってふと、その子の首筋に目が止まる。


 プロテクターだ…。


 真っ黒い頑丈な革素材を覆うように、金属で固めているプロテクター。

 そのプロテクターには7桁の番号が嵌っていて、番号が当て嵌まらないと解除出来ないように確りと鍵の役目をはたしている。



「あの…」


 つい口をついてしまうと、その美少年の子から「君、Ωだよね?」と声がかけられた。

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