8話
「んーあれ、阿須那父さんって果物苦手だったっけ?」
ギクリと肩が揺れる様子を後部座席から見詰める。
僕は普段車の後部座席の左側に座る。時折荷物があったりすると右側に座る時もあるが、基本はそこが指定席。そのため、助手席の後ろには僕がノンビリ過ごせるようにスマホとかが入れられる車用シートポケットが備え付けられている。
時折遠出する時はゲーム機を置いて暇な時間を過ごしたりしていたりする。
「…気にするな。」
あ、はい。これ気不味い空気発令中です。
今まで父さん僕の前では結構何でも好き嫌い無く食べてたよね?これって我慢しているのかな?そしてそんな阿須那父さんの好き嫌いを陽平父さんは把握しているのか。
余計なこと言わなければ良かったなぁ。
無理しなくてもいいと思うよ?他のもので栄養摂取出来れば良いから、もしかして父さん好き嫌い多いのかな?野菜だって今までは…んー?そう言えば父さん達が結婚してから…いや、その前…うーん、元母が居なくなってから父さんと食べた品ってスーパーの惣菜とか外食以外だと焼きそば・お蕎麦・そうめん、それと炒飯とインスタント味噌汁…あ、全部野菜無い気がする。
特に焼きそばなんてお肉とモヤシだけだったし、そうめんは汁以外無かった。お蕎麦は辛うじてネギが乗っていた気がするけど、お蕎麦に付属していたドライフーズ系だった気がする。
「ねぇ父さん、もしかして野菜も?」
「……聞くな。」
苦手なのか。
声に出さずとも父の態度でわかる。
そして陽平父さん、根気強く苦手を克服させようとしているワケか。
あれ?元母が居た時は確か、うーん…朝僕が起きた時にはもう仕事に出ていて、学校から帰宅して夕飯を食べた時にはまだ父さんは帰っていなくて。
以前住んでいた家は阿須那父さんの会社からかなり遠くて、電車で往復三時間以上かかるって聞いて居た。
…何でそんな不便な所に住んで居たのだろう?
僕の環境のせいにしてはちょっと違う気がするし、やっぱり元母の希望の場所だったとかかな?後はどう考えても理由はわからない。
今居る家は都心の一軒家なのだけど、陽平父さんのお父さんとお母さん、つまり僕にとってはお爺ちゃんとお婆ちゃんが元々住んで居た家だと聞いた事がある。
今は畑仕事がしたいからって少し都心から引っ込んで、田畑が広がる土地に移り住んでいるのだけど、お婆ちゃんは元気いっぱいで今も仕事を継続しており、此方側に稼ぎに来ているし、お爺ちゃんは庭に畑を作って楽しんでいる。
時折畑で取れたと野菜類を送って来てくれる程。
今住んでいる家はリフォームして台所とかお風呂場とか快適な空間にしてあるのだけど、一部居間と玄関の一部は当時のままで残してある。初めて家にお邪魔した時に、僕は居間が気に入って、阿須那父さんは玄関がとても気に入ったのが理由。
後はほぼリフォームしていて、僕の部屋は鍵が確り二箇所掛かるように設定。
一番ヒートが酷い3日間以外はほぼ使用して居ない。
理由は普段から鍵を掛ける習慣がないし、夏場はほぼドアが開いているし、あまり自室に居ないから。
居間でゴロゴロするのが大好きだから学校の宿題とかはほぼソコを利用しているし、何より父さん達が帰宅して来るのがわかるから。
お迎えしやすいからね。
それに父さん達が息子の僕の居心地が良いように大きなクッションを積んだソファーを購入してくれたので、そこに座って寛ぐのが習慣になった。
だって、とっても気持ちが良い。
それにこの家に来てから以前には無かった庭に出て、毎朝毎晩の庭の水やりが大好きになった。
ふっふっふっふ~中学から玄関横に置いた朝顔とか紫陽花とかの鉢の世話は僕が頑張って居るのだよ。
もう少ししたら向日葵の種も蒔いて、夏になったら大きな向日葵を鑑賞し、楽しむつもり。
陽平父さんはタネが食えるのが良いって言って「沢山育てろ」って言っていたけど、僕は食べるために育てるわけじゃないからね。
部屋に飾るとか、人に贈るのが目的だから。
それと阿須那父さんお気に入りの玄関にだって飾るつもり。
他にもお花とか育てたいけど、小学生の時に育てたお花以外良くわからない超初心者。
むむむ…高校生になったし、学校の部活とかは園芸部あったら入ってみようかな?
庭にもっと花を育てたい。
お婆ちゃんやお爺ちゃん達が育てた花も幾つか中庭にあるけど、育成するのが大変だろうって言ってかなりの数爺ちゃん達の家の庭に持って行っちゃった。
薔薇とか確かに僕だけだと知識は無いから無理なのはわかるけど、せめて一つは残して欲しかったなぁ。…枯らす自信があるけど。ううう…。
もっと勉強していつか大輪の花を育ててみたい。
当面の目標は夏に咲く朝顔と向日葵。秋はコスモスとかかな。
うん、やっぱり園芸部入ろう。
無かったら頑張って独学で学ぼう。
もしかしたら爺ちゃん婆ちゃんが詳しいかも知れないし、何なら図書館で本を借りても良いかな。ネットで調べるって言う手もあるしね。
「優樹病院着いたぞ。」
病院に到着するまで僕は無意識にウンウン唸っていたらしく、何悩んでいる?また熱でたのか?と阿須那父さんに少し心配されておでこを触られてしまったけれど。
学校に戻って園芸部があったら入りたいって言ったら、そうかって苦笑していた。
「おばーちゃん!」
「あらー優樹ちゃん来ていたのね?」
病院に着いて受付にカードを出すと、ひょこっと受付の入り口から中から顔を出したのは陽平父さんのお母さんであり、僕の義理の祖母であるお婆ちゃん。
名前は一戸…え、ええと…ちらっとお婆ちゃんの名札を見ると『一戸 恵津子』の文字。
実は未だに覚えていない。ごめん、お婆ちゃん。
「名前まだ覚えていないのね?」
僕の心の声よんだ!?と突っ込みたくなる。ふふっと苦笑しているお婆ちゃんに素直にごめんと謝ると、仕方ないわよと苦笑される。ちなみに心の声は声に出していたらしく、父さんに「声に出ていたぞ」と言われた。
うう、やっちゃったよ…。
そして。僕はこの人と出会えたから変なふうに人間不信に陥らなかったんだよね。
相変わらず年配の女性に接触されると身体が硬直するけど、でもこのお婆ちゃんは大丈夫。まだまだ触れられるのは駄目なんだけど、少しずつ快方に向かっていると思っている。
いつかお婆ちゃんに頭を撫でて欲しいなぁ。
どうしても今はまだ無理。
お婆ちゃんもそのことを理解していてくれるから、ちょっとだけ寂しそうに微笑んでくれる。
それが少し寂しい。
「じゃ、優樹ちゃんの受診カードと健康保険証を預かるわね。ああ、オメガ連携手帳も提出お願いね。」
「はーい。」
勇気を出して少しだけ連携手帳を出す時、ちょんっと指先を触れる。
ほんのチョビっとだけ。
それだけでも嬉しそうにお婆ちゃんは笑ってくれた。
夏、庭に植える予定の向日葵が綺麗に咲いたらお婆ちゃんに持っていこう。
そしてもっともっとお話がしたい、仲良くしたい。大好きになりたい。
そう思った。
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