第19話 武闘大会と魔法使いの乙女!
大群衆の声援に巨大な円形闘技場が揺れていた。
「やれーーーー!」
「やっちまえーーーー!」
闘技場の中央で黒煙の中、立ち上がったのは凶暴な大熊の姿に変身した戦士である。
対するは仮面舞踏会用の
たった今、その少女の放った炎の旋風が戦士を焼いたのだ。
「へぇ、私の魔法を受けて、まだ立つの?」
「グオオオウ!」
体毛をくすぶらせながら牙を剥きだしにした熊人は猛然と突進してきた。
その突撃の威力は凄まじい。試合フィールドに置かれた岩をも打ち砕いて迫る。その体当たりを食らったら間違いなく即死だろう。
「馬鹿な奴、理性を捨てたか、それで私に勝てると思う?」
ふわりと宙に浮いた魔法使いは両手で杖を握った。
獲物を見失い、背筋が凍るような気配に見上げた熊人の目に
「勝負あり! 優勝者、魔法使いフリーシア!」
審判が旗を揚げた。
熊人はそこに立ち上がった姿で完全に凍りついている。そのそばに降り立ったフリーシアは冷たい氷に片手を付けた。
「ふっ、やはりこの私より強い奴なんていないのよ」
フリーシアは青みがかった長髪をさらりと肩に流し、満足そうに微笑んだ。
「フリーシア殿、休憩後に表彰式です。控室でご準備をお願いします」
「そうね、じゃあ後片付けはお願いね。殺していないから処置は慎重にね」
そう言ってマントを
観客席の興奮はまだ冷めない。そんな中、出口に向かって颯爽と歩くフリーシアを観客席からじっと静かに見つめる不吉な目があった。
「やはりあの程度の男では殺せぬか」、その唇の端が微かに上がった時、老人の肩に止まったフクロウがホウと小さく鳴いた。老人はゆっくりと立ち上がるとフクロウの頭を撫でながら観客席を後にした。
「ん? 誰ですか?」
闘技場のちょうど出口のところにフードを被った誰かが立っていた。
そいつがフードを後ろに払うと、その下から人を馬鹿にしたかのような豚の仮面が現れた。
だが、フリーシアは笑う余裕はなかった。
その人物の全身から立ち上る気配、そいつは圧倒的な強者のオーラに包まれていた。決勝戦の相手などこいつに比べれば赤子も同然、そんな感じだ。
「大陸全土に知られるこの武闘大会、その優勝者を倒したらさぞ憎まれるだろうな?」
「な、何を言っているのです? 倒す? 貴方がこの私をですか?」
相手は強者だが魔法使いではなさそうだ。体格からすると戦士だろうか。
フリーシアくらいのレベルの魔法使いを倒すには単に剣や腕っぷしが強いだけでは無理だという事をこいつは知らないのだろう。
多少、腕に自信があるため飛び入りで会場を
だが、この大会ではよくあることだ。
一通り試合が終わってから会場から乱入して一戦申し込むバカ者が毎回いる。しかし、そんな奴は毎回瞬殺に終わっている。
いわば、よくあるイベントみたいなものだ。
噂では大会を盛り上げるため大会の主催者側がわざとそんな連中を集めているとも言う。おそらくこの男もそんな連中の一人なのだろう。
「おおっと! 優勝者のフリーシアに挑戦者が現れました! さて彼は何秒立っていられるか!」
司会の声が大きく響いたが、その司会者の声色に本当に驚いているような雰囲気はない。
やはり運営の筋書き通りか……。
フリーシアはやれやれとため息をついた。
ウオオオオオ! と会場が湧いた。
おまけ試合みたいなものである。
めんどうだわ。
汗をかいたからすぐにでもシャワーを浴びたいのにね。
フリーシアはすっと下がって間合いを確保した。
「そこで良いのか? では攻撃するがよい」と男は指をくいくいと動かした。
高慢で失礼な奴!
「切り裂け! 白刃の旋風!」
主催者には悪いが遠慮なんかしない。一撃で沈めてしまう。手加減なしの一級魔法攻撃だ。
「杖を構えてから発動までが遅いぞ、口の中で
「!」
目の前、唇がくっつきそうな距離に豚仮面があった。
うそだ!
白刃の旋風をすり抜けた?
考える余裕はない。疑問はこいつに勝ってからだ。フリーシアは後退しながら飛翔した。飛行魔法は一級魔法だ。誰にでもできる技ではない。
「飛ぶなら一気に雲の上まで出た方が良いな」
「!」
すぐ隣、耳元で男がささやいた。
フリーシアは唇を噛んだ。
こいつも飛べる? いや跳躍したのか?
この男、圧倒的に強い。
今のタイミングで攻撃されていれば無様に負けていたかもしれない。攻撃されなかったという事は甘く見られたという事だ。
「くっ!」
「無駄だ」
フリーシアはその顔面目がけて杖を叩きつけたが、軽く片手で押さえられた。さらにその腹に魔力を込めた鉄拳を叩きこむが、鋼鉄のように硬い。
「なんて硬さなの? バカじゃないの!」
「ほう、俺に触れることが出来るか、優勝は伊達ではないらしいな」
「バカにしないで!」
観客は優勝者のフリーシアが子どものようにあしらわれていることに驚愕した。決勝戦まで圧倒的な力を見せつけていた魔法使いの少女があんな妖しい男に手も足も出ないのだ。
沈黙した闘技場を見て、男は満足そうにうなずいた。
「さて……だいぶヘイトを稼いだかな。おや、この杖は火炎
「離せっ!」
叫ぶと、男は簡単に手を離し何か言おうとした。
ここは空中!
魔法使いと違って、こいつがただの戦士や騎士なら空中で移動方向を転じたりはできないはずだ。男の慢心ゆえの、こちらの攻撃チャンスだ。
「ふてぶてしいのも、今だけよ! これを喰らっても大きな口をきけるかしら? さあ吹き飛べ! 熱衝撃弾!」
光の巨大な玉が杖の先端に膨れ上がっていく。
「バカっ、やめろ!」
男は光で包まれた杖の先端を掴んだ。
そこは灼熱の溶岩のような高熱のはずだ。フリーシアは肉の焼ける匂いがしたような気がした。
「!」
おかしい!
いつもと違う!
「杖が言う事を聞かない? 暴走?」
杖が崩壊しかけている! 連戦の影響か、古い杖が魔法の力に耐えきれなかったのだ。
一級魔法の暴走、それは死を意味する!
制御不能になった巨大な爆発は闘技場をも消滅させ、地上に巨大なクレーターを作るだろうか。
死! 観客を巻き込んだ大惨事だ!
脳裏にその恐ろしい光景が浮かんだ。
死の痛みは一瞬か、それとも? フリーシアは瞳を閉じた。
すうっと風が動いた。
風の音が聞こえる。
生きている?
目を開くと大海原が飛び込んできた。美しきエルゲ海、その上空に二人がいた。
「ここは? 信じられない!」
見ると、爆発しつつある球体、そしてその原因となった砕けた杖が男の片手の結界に封じられている。
フリーシアは自分を抱きかかえている豚仮面を見上げた。その
凄まじい速さの一本の矢と化して瞬きする間もなく闘技場から遥かに離れた海上に出ていたのだ。
「杖を捨てろ! 早く!」
「は、はい!」
なぜか素直にフリーシアは手を離した。
杖は握っていた部分の間近まで灼熱になっていた。
男は無言で結界を広げ、全ての熱を包み込むと、眼下の大海原に放り投げた。
刹那、凄まじい光と爆風、そしてキノコ雲が立ち昇った。
間一髪だった。
「危ない所だったな。まさかこんな事態になるとは予想外だが……。まさか誰かが杖に細工したか?」
豚仮面の男はフリーシアを抱いたまま、海の見える丘の上に降り立った。
そこには小さな白亜の教会がある。
「お前も本物の魔法使いになりたいのなら杖の状態にはもっと気を付けることだ。お遊びだったらメンテナンスくらい本職に頼め、自爆するのは構わないが他人を巻き込むな」
男はフリーシアを見下ろした。
バレていた?
私にとって魔法使いはただの趣味、教養の範囲だと、この男は見抜いたというの?
二人は見つめ合った。
男の目の輝きは邪悪なものではない。
「お、降ろしていただけます?」
抱っこされていることに今さら気づいてフリーシアはもじもじと動いた。
「そうだったな、立てるか? 腰が抜けているのではないか?」
降ろしてはみたが、すぐにへなへなと地面に倒れ込むフリーシアを見て男が言った。
「だ、大丈夫ですが、手を貸してくださいます?」
「お前は強いが、なにより美しい、こんなお遊びでその顔を傷つけたりするのは愚かだぞ」
男の手を取って立ち上がったフリーシアがその言葉にハッとなる。
いつの間にか顔を隠していたマスクが無くなっていた。
「か、顔を見られていた?」
まさかずっと素顔を男に晒していたとは!
思わず顔が赤くなり、握り締めていた手を離す。だが、この男はその美貌や色気に目がくらんだりはしていないようだ。
「立てたようだな?」
「はい」
夕日に立つ男の背中は大きく逞しい。
フリーシアはドキンとした。
この人だ……、そうだ、この人かもしれない!
この男を仲間にすれば、いずれ訪れる世界を支える
「あ、あなたは、名は……」
「語る名などない者だ……」
男の瞳の色は強く優しい。
「悪者……なのですか?」
「そうだ、俺は悪いのだ」
そうは言うが、さっきの捨て身の行動がこの人の全てを物語っている。
瞬時に危機を察知した見識、人々を守ったとっさの勇気、それを実現する強大な力、そして何よりも、その力を持ちながらも一切慢心したところがなく、女性にもこの優しく丁寧な扱い、まさに紳士だ。
「私と一緒に来てはくれませんか、実は私は……」
フリーシアは男の手を掴んだ。
「それはできない」
即答だ。
一緒に来て、という意味が良くわからないが、俺には勇者レベルダウンという大事な目的がある。
「どうしても?」
「どうしてもだ。……だが、そうだな、もしも俺を捕まえることができたら、話を聞いてやらぬこともない」
フリーシアの瞳を見ていたら、
まだまだ勇者レベルが高いのでそんなふうに真剣な表情を見せられると、つい「わかった」と言い出しそうになる、それをグッとこらえて俺は視線をそらした。
「では、私は必ずあなたを捕まえます。本気ですよ」
「へぇ、そうか。捕まえられるものならやってみると良い」
その爽やかな物言いを聞いてフリーシアはなぜか微笑んだ。
「では、さらばだ!」
豚仮面の男はマントを翻し、砂塵を巻き上げて走り去っていく。
さっきのように飛べば格好いいのに、立ち去り方がいまいち恰好悪い。だが、そんなところもその男らしい。今まで周りで見たことのないタイプの男だ。
男の姿が遠ざかって地平線に消える瞬間まで見送っていたフリーシアは振り返って、「ああ、ここは……」とその小さな教会を見上げた。
恋人の教会といわれる有名な場所だ。
ここで夕日に向かって手を取り合った男女は必ず結ばれるという伝説がある。
「いつか、きっと貴方を捕まえますよ。東の大国ローヌリアの王女フリーシアの名にかけてね」
彼女は少しはにかんだ笑みを浮かべた。
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