第16話 南海のエメラルド、褐色の乙女!

 「さて、今日の獲物は何かな? な、なんだ、この大量のたるは?」


 俺はドブーのタヌキ親父(国王)が大金を使って何かを購入したらしいと言うので、わざわざエルゲ海を渡って大国ロースとの国境に近い狭間の大地にある港町に来たのだ。


 もちろん荷物が船積みされる前に襲うためである。


 そして港町からずっと内陸の森に入った所で、ドブー国王が発注した商品を載せて港町に向かっていた荷馬車隊を見つけ、襲撃したのである。


 林の奥まで逃げ込んで、奪取だっしゅした荷車の中を確認すると、丁寧に梱包こんぽうされ山のように積まれていたのは魔王討伐戦でよく見かけた火薬樽である。


 勇者の目発動!

 これは壁の裏側とか箱の中とか、何か硬い物質で覆われた中身を透かして見る能力だ。


 基本的に柔らかい服などは透けないので、魔王と戦った時のようなことにはならない。樽の中を透視してみたが、面白くも無い、やっぱり何の変哲もないただの火薬だ。


 梱包材と一緒に先の尖ったドリル型の筒が樽の内側に数本並んでいる。宝石もなにも隠されていない。


 ただ、これは硬い岩盤を穿うがつときに使われる特殊な火薬で、発火すると同時にえぐり込むように回転して岩盤内部に浸透し、そこで強烈に爆発する。つるはしでは傷もつかないような超鋼石ちょうこうせきすら破壊できる代物だ。


 これは今でこそ大量生産されてあちこちで使われる普及品だが、数百年前は大変危険な代物で海を隔てた火山島の大エリエント山でその開発が行われたそうだ。

 実験に失敗してあわや大惨事という所を勇者が未然に防いだという伝説まである。衝撃でわりと簡単に発火するのでこんなに丁寧に荷造りされていたのだろう。


 「なんだろう? 国王め、大規模な土木工事でもする気だったのか? でも今の俺には不要だな」


 火薬など見飽きているし、街に売りに行ってもこんな特殊なもの、需要があるわけでもない。かといって倉庫に隠しておいて何かのはずみで爆発したら大損になる。


 「いらんな」


 俺は谷底を覗き込み、そこにポイと捨てることにした。

 谷底では小さなトカゲが食事中だったようだが気にしない。



 ドドドドドドドーーーーン!

 

 落下の衝撃で引火したのか、すぐに凄まじい火柱があがったが、崖の下で何が起こったかなど俺の知るところではない。

 俺はちょっとのぞき込んだ後、その場を立ち去った。


 既に俺の目には次の獲物が映っているのである。

 さらなる悪事を求め、俺の勇者の目は森の最深部を疾駆する馬車と騎兵の一団を見つけていた。


 おお、あれこそが本命に違いない、さっきのはきっと囮だったのだ。


 「くはははは……次はあの馬車を血祭にしてやろうぞ!」


 豚仮面をつけた俺は、颯爽さっそうとマントをひるがえして走った。





 ーーーーーーーーーー


 「うおおお! 奇跡じゃ!」


 「じいや、何がおきたのです? あの竜はどうなったの?」

 猛烈な爆炎が吹き荒れた中、装甲馬車の窓から顔を出した翡翠ひすい色をした瞳の美少女が乱れた赤毛の髪をかき上げた。


 「姫! もう大丈夫です! 何者かが崖の上から大量の火薬樽を投げ込んで、我らの窮地きゅうちをお救いくださったのです! おそらくあれは竜殺しの火薬かと!」


 姫と爺や、そしてぼろぼろになった護衛騎士団は黒焦げになって、もはや原型をとどめていない竜だった肉塊に息を飲んだ。


 何か感じとったのか、南方の大国ロースの姫にして、南海のエメラルドと称えられる美しい褐色の乙女グロリア姫が、ハッと崖を見上げた。


 姫の持つ特殊な瞳、はるか彼方の地平を走る小さな獣すらも逃さない狩人の瞳が、崖の上から覗き込んだ一人の男を視界に収めた。


 「ぶ、豚さん……?」

 

 首を傾げた姫の前に騎士が二人姿を見せた。


 「姫、ご無事で何よりです。我らがお供をしておりながら、この不始末、申しわけございません」

 「御身を危険にさらした責任は我らにあります。厳罰は覚悟しております。何なりと申し付けください」


 二人の精悍せいかんな近衛騎士は唇を噛んで片膝をついて姫を見上げた。

 不始末と言うものの、彼らが十分に奮戦ふんせんしていたことは良く分かる。二人ともその銀の鎧はひどい傷だらけなのだ。彼らの活躍が無ければ助けが来るまで持たなかったのは明らかだ。


 窓から身を乗り出している姫は、まさに美女中の美女である。


 彼女は親善大使としてこの国の都に向かう途中でこの恐るべき竜の襲撃を受けたのだった。


 竜は強い。

 剣や槍を跳ね返す強靭な鱗に手も足も出なかった。


 勇猛な騎士たちを子どものようにあしらい、その肉をむさぼり食う悪鬼になすすべもなく、姫たちの運命は今や風前のともしびだったのである。


 それが目の前でいきなり爆散した! あの竜がである。いきなり凶悪な竜が細切れ肉と化したのだ。


 「あの方です! 見ましたか? あの豚仮面の男です! あの凛々りりしいお姿から立ち上る圧倒的な武の気配! あれこそ男ですわ!」

 

 「いえ、我々は竜の攻撃を受けておりまして……そのような男は見ておりません」


 「いいですか、お前たち! ただちにあの男を捕らえ、ここに連れてくるのです! いいですね?」


 「御意!」 

 姫が今回の警備不行き届きの罪を問わず、二人に新たな命令を下した。その意味するところは大きい。


 「さあ、行きなさい!」

 「はっ!」

 二人の近衛騎士が互いにうなづきあうと瞬時に姿を消した。 


 あっと言う間に崖を駆け上がる彼らはレベル50台の騎士だ。彼らとて武器さえあれば、さっきの竜を退治できただろう。だが、戦争でもない護衛任務でまさか竜殺し用の大剣が必要になる事態が起きようとは思わなかったのである。

 


 「ーーそれにしても、辺境諸国へんきょうしょこく巡視じゅんしのためローズ国の使節がここを通ることは分かっていたはずです。街道警備を怠った罪は重いですわ。この付近の街道警備担当国にはもはや未来など不要ですわ。意味は分かりますね?」

 グロリア姫はふかふかのクッションの効いた椅子に座って、威圧するような態度で扇を開いた。


 「はっ。ただちに確認させ、しかるべき罰を下しましょう」


 「罰? 生ぬるいですわ。そのような国はこの地上から消し去りなさい。方法は任せます。……そうですね、そのことによって利益を得る国や集団がいないか調べ、もしそういう集団がいればそれを利用しなさい。わかっていますね?」


 「はっ、御心のままに」

 爺やはうなずいた。


 竜の襲撃によって車輪が壊れた馬車の修理が終わった頃、姫の乗った馬車の前に騎士たちが戻ってきた。

 

 「それで、あの者はどこにいるのです?」

 「申し訳ございません。我らが崖の上に上がった時には既にその姿は無く、周囲を捜索しましたが発見できませんでした」


 「なんと、あの短い時間でそなたらの索敵さくてき範囲から姿を消したと申すか?」

 爺やは目を丸くした。ローズ国近衛騎士の索敵スキルから逃れるとは、どんな術を使えば可能なのか。


 「はっ、そのようでございます。信じられないほどの脚力か、あるいは隠密スキルや転移魔法の使い手ではないかと思われます。踏み荒らした下草の様子や足跡からその者は単独行動だったようです」


 「王家の馬車列を助けながら、名も告げずに立ち去ったと申すのだな?」

 「はっ、そのようであります!」

  爺やの言葉に騎士がうなずいた。


 「その男、どうやら恩賞や報酬が目当てでもないようですな。姫?」


 「まあ! なぞの英雄、豚仮面様なのですわ。……もしや、その方こそ、旅の直前に予言に出て来た人ではないでしょうか?」

 姫の目に妖しい光が宿った。


 「予言でございますか? この旅で姫は共に生きる殿方に出会うでしょう、と遊牧民の占い師が言ったことをまさか信じておられるのですか?」


 「ええ、彼らの占星術せんせいじゅつあなどれませんわよ。私の目に焼き付いたあの雄姿! 予言が真実か否か確かめねばなりません。爺や、なんとしてもあの御方を探し出しなさい! 理由はわかるわね? 手段は問いませんわ、必要とあればいかなる手段も講じなさい! 場合によったら街の一つや二つ焼き払っても構いませんわよ……」

 姫の目が爛々らんらんと輝いた。


 そこには南海のエメラルド、おしとやかなグロリア姫の雰囲気とは真逆な禍々まがまがしい輝きを瞳に宿した美女がいる。


 だが、そうなる理由も分かる。

 王位継承問題にからんで既に伴侶となるべき者を見つけ出している他の兄弟姉妹への対抗心が半端はんぱではない。

 未だに伴侶を得ていない姫が王位継承選に勝ち残るためにもはや後がないことも爺やは知っているのだ。


 王位継承選……、もしかするとあの竜も王位継承問題に絡んで姫を暗殺しようとする企みだった可能性もある。

 爺やは瞳の奥に冷たい光を宿した。


 「あの凄まじい暴力的なほどの武の気配! あの雄が本物のおとこかどうか、何としても確かめるのですわ! この身を捧げるならば、猛々たけだけしき男こそ理想なのですわ!」


 美しき四皇女と称えられる美貌の裏に潜むのは、圧倒的な力を欲し続ける一族ゆえの妄執もうしゅうだろうか。


 しかし、これもまた姫の本性ほんしょう


 草原を駆ける月光の白鹿と言われた遊牧民の母と殲滅せんめつの灰色狼と言われる父を持つ姫のもう一つの素顔なのである。


 「はっ、姫のお望み(欲望)のままに」

 爺やはうやうやしく頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る