第12話 いのれ神官! おのれ神官!

 王都の聖ダイオベン教会の地下室。四大神の一柱にして最高神と言われる大尊神だいそんしんアシクサを祀った祭壇がある。


 そこに大勢の部下と共に祈りを捧げる大神官の姿があった。

 祈りに入って丸2日、神官たちも既に体力の限界だが、今は勇者の勝利のために世界各地で同じような祈りが行われているのである。


 「我らに守護を……」

 「勇者に力を……」

 「彼らに庇護ひごを……」

 祈りの声と共に、一人また一人と大神官の背後で力尽きて床に倒れる者の数が増えている。


 神聖魔力によって勇者たちに力を転送するための長大な魔法のロウソクももはや尽きようとしている。

 神官たちの魔力が尽きるのが先か、勇者たちの決着がつくのが先か……。


 「偉大なるアシクサ神よ! 勇者たちにご加護を! 彼らにさらなる力を与えたまえ!」


 大神官クッソ・フトーイが両手を広げ、祭壇の上に浮かび輝く”あまツ国ノ真珠しんじゅ”に祈った。真珠はロウソクの光を吸い込み続けている。


 「いのるのじゃ! 皆の者! ここが正念場ぞ!」

 「はっ!」

 大神官の言葉に集まっている多くの神官は思いを一つにした。


 勇者たちが魔王城に突入したとお告げがあってから既に2日目である。今、悪魔の巣窟そうくつ、魔王城では人類の存亡そんぼうをかけた壮絶な戦いが行われているはずだ。


 勇者が破れれば、次の勇者が誕生するまでの間に魔族の闇の領域はさらに多くの国々を飲み込んでしまい、討伐はより困難になるだろう。その闇の力により世界が暗黒に支配されるのを食い止めるのは、まさに今しかないのだ!


 「おのれ神官……」

 「我らが亡ぶとも魔王様が負けると思うか……」

 魔封じの札に封じられ捕まっていた魔王配下の魔物たちが聖なる光の前に消滅していく。


 「もはや集められた魔物は全て浄化された。このまま一気に魔王の力を削ぐのじゃ! 皆の者、死力を尽くせ! 勇者らに大尊神アシクサ様の聖なる力を届けるのだ!」


 おおっ! 見よ! 

 突然、宝珠ほうじゅが輝きを増し、その大きさが倍に膨れ上がっている。


 素晴らしい! まさか、これほどの力が集まるとは! 力の渦は宝珠に集まりながら、砂時計の砂のように少しずつ台座になっているクリスタルの棺へこぼれていく。


 一瞬、棺に向かって閃いた強い光は、その強烈な明るさの分だけその場にいた者の背に黒い影を生んだが、目を閉じて祈っていた神官たちは誰もそれに気づかない。


 「そうじゃ、この力……闇を払うだけではもったいない……

 有り余るこの力は我らが聖なるアシクサ様の教えを広める力になるのではないか……?」


 大神官クッソ卿は思わず邪な笑みを浮かべた。彼がそう思うほど集まった人々の思いは強いものだったのだ。


 その瞬間、邪悪な誘惑に憑りつかれた魂はクッソ本人すら気づかないほど鮮やかな手際で一気に黒い闇に覆われていった。


 世界を支配できそうなほどの大いなる力が我が手の中に……いっそ勇者を祭り上げ、魔王に替わって我が教会が世界を牛耳ぎゅうじる……それも良いのではないのか?


 そうじゃ、それが正しい。あらゆる手を使ってこの世界をアシクサ様の色一色に染め上げる、なんと素晴らしきことか。


 「もっと力を注ぎ込むのじゃ!」

 大神官を高揚感が大きなうねりとなって包んでいく。


 (おお、見えるぞ、これは予言か!)

 教会が中心となって世界を導いている未来が垣間かいま見える。国王すら膝をつく絶対の権力だ! 


 その口元に恍惚と歪んだ笑みが浮かびかけた、その時。


 ピシッ、バリン!


 「!」


 ドッガアアアアアアアアーーーーーン!!

 目の前で聖なる光を発していた玉がふいに大音響とともに破裂した。


 「ぶっつげええええーーーー!」

 丸々と太った豚が空から降ってきた……?


 いや違った。その声の主は祭壇の前から転げ落ちて、尻もちをついてもがいていた。


 「ぶぅっ、ぶへっ、ぶへぇっ!」


 常に慈愛に満ちた微笑みの仮面を外したことのない大神官クッソは一人では起き上がれないほどのデブだ。


 まるで豚のような無様な姿に集まった神官たちは思わず目を覆った。

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