第11話 勇者なんかやめてやるっ!

 そうだった。

 勇者レベルを上げれば上げるほど、俺は一つの大きな悩みに直面していったのだ。


 つまり、勇者パワーだ。


 何もしていなくても勇者の力はもりもりと溢れてくる。その気配は勇者のまとう覇気となってそれだけで近づく弱い魔物を粉砕ふんさいするほどのパワーがある。


 ぼーっと油断して覇気はき駄々洩だだもれなんかしていたら、まさに歩くミキサーマシンそのものだ。


 普通の人間なんか指一本触れる事すら危険なのだ。もしも体を鍛えていない素人が俺に素手で触ったら、それだけで肉体大爆散ばくさん! 辺りは血の海、モザイク必須ひっすになる。


 もしそんな事になっても国家権力で穏便おんびんに処理されるだろうが冗談じゃない。


 「このままでは恋人と手をつなぐこともできないじゃないかよ! あのタヌキ親父(国王)!」


 手をつないだ瞬間に勇者パワーがそそがれて彼女は大爆発するかもしれない。今や俺の勇者レベルはマックスなのだ。日々安全に生活するには分厚ぶあつい手袋が欠かせない。


 「魔王は倒したし、これって無用の力だよな。これをどうにかしなきゃ、普通の人間の生活なんてできやしないぞ。なんとしても勇者レベルを下げねば! そうだ、俺は凡人ぼんじんになるんだ!」




 「勇者さまぁあああーーーー!」

 「愛のシモベ参上さんじょうですわ!」


 ガチャン、バリバリっ!

 その時だ、廊下の窓が破壊された音に俺は総毛そうけだった。


 「ひひひひひひ…………!」

 「けけけけけけ…………!」


 狂ったように俺に迫るのは誰が見ても痴女だ。長い髪をざんばらと風にはためかせ、色欲に染まった眼が俺を狙って迫りくる。


 しかし、あれは魔物ではない。

 あれでも俺の勇者パーティーの仲間、とりわけ民衆(男)にはえらく人気のある美女二人なのである。


 一人は色白の素肌に白いひらひらのやけに露出度高めな神官服を着た一見すると清楚可憐な美女である聖女エンリス。

 もう一人は、お約束の防御力皆無みたいなビキニアーマーが目をひく筋肉質ムキムキのナイスボディの美女の女戦士で聖騎士ジャルタ。


 どちらも世の成人男性の妄想を掻き立ててやまない名の知られた美女、まさに高嶺の花の存在として、聖なる乙女、垂涎の戦女神などと言われているのだ。


 だが、違う。断言しよう。

 こいつらの正体が乙女や女神なはずがないだろ!


 「勇者ゼロ! 私と今すぐ結ばれましょう! 幸い、ここにはベッドもありますわ!」

 「いや、あたしと先にここで一つになるのよ! 馬乗りになってやる!」


 ライバル心き出して、エンリスが服を脱ぐとジャルタもブラを投げ捨てる。それを見て今度はエンリスが下着まで脱ぎ捨てる。

 そんな感じで、ついに全裸になってしまった二人が四肢ししを広げて襲い掛かってきた。


 「ひゃっおう!」

 「けけけけけ……!」


 「うわあ! 来るな! 見せるな!」

 魅惑の大股開きで飛びかかる二人を避けるが、ちょっと見入ってしまった。勇者の眼はすべてを克明に把握するのが裏目に出た。視界一杯に広がる全裸!


 こんなのでもこいつらは一緒にいるだけでうらやましがられるほどの美女だ。多くの男を次々と手玉に取ってきたそのナイスボディ、しかも恋人を失って欲求不満な体に目が釘付けになるのも仕方がないのだ。

 

 「しまった!」

 油断大敵だった。


 彼女らは英雄! しかも勇者パーティーの中でも実力者の二人だ。後衛こうえいの聖女と言えどその反射速度は英雄級である。


 「すきあり!」

 「逃げられませんよ!」


 わずかな隙を見せた、その一瞬でズボンを切り裂かれた。さすがは英雄! 見事な連携攻撃! ベルトを切って、脱がす! そのよどみない二人の息の合った動きには舌を巻く。


 「愛し合いましょう!」

 「愛こそ全てなのですわ!」

 言葉こそ美しいが、言っている表情はまさに痴女!

 その魔性ましょうの微笑が怖い! 怖すぎる!


 「うぎゃあああ!」

 俺は下半身パンツ一丁で逃げた。


 彼女らは全裸でいつくばってカサカサとこっちに来た。俺は素早く後退したが、俺をベッドに押し倒す気満々だ。


 「既成事実ですわ!」

 「やりましょう!」


 「ぎゃああああああーーーー! やめろーーーー!」

 二人の同時攻撃にパンツがひらりと宙を舞った。


 「まあ、ほら股間は既に勇者じゃありませんか」

 「体は素直よ、もはやヤル気満々じゃないの!」

 追い詰められた俺にニヤニヤと迫る美女二人。


 だが、股間だけが雄々しき勇者じゃない! 俺は勇者そのものなのだ!


 「絶対に捕まってたまるかよ!」

 バリーーン! 窓ガラスが四散した。


 「まあ、窓から飛び降りましたわ!」

 「逃がしませんからーーーー! 必ず見つけ出すわよ!」


 魔王の部屋のバルコニーから飛び降りた俺の背後から声が聞こえる。幸い二人には飛行スキルは無い。彼女らの技量ではこの高さから飛び降りてくることはできないはずだ。


 「勇者、天翼てんよく!」

 俺は背中から羽を出現させた。


 「くっそーー、絶対に勇者なんかやめてやるっーーーー! やめてやるぞーーーー!」

 揺れる、揺れる、風で揺れる。


 世界が祝福に包まれたこの日、美しい朝焼けに染まり始めた山々を背景にして、俺は一気に王都を目指しながら下半身丸出しで強く心に誓ったのだった。


 そして翌日「王都上空に変質者現る!」というモザイク写真入りの新聞がちまたをにぎわせることなど、その時はまったく想像もしていないのだった。

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