第9話 この女たちは魔物!

 「ええい、邪魔よ。そこをどきなさい! エンリス!」

 ドカンと強い衝撃があって、大胆に胸元を広げたエンリスの生乳に顔を埋めてニヤけていた俺はハッと我に返った。


 「あっ、あっぶねえーーーー!」


 俺はすぐに聖女エンリスから距離を置いた。


 「まあ、いきなり横から何ですの? 勇者ゼロが私を口説くどいていたところですのに」


 不意に間に割り込まれ、聖女エンリスがよろけた。

 そのおかげでエンリスの魔眼から逃れることができたのだ。まったく危ないところだった。あのままだったら一生奴隷だったかもしれない。


 「何言ってんの? この尻軽女! 仲間に聖愛の眼なんか使っちゃって! 勇者ゼロはね、あたしと結婚するって前々から約束しているのよ」

 今度は女戦士ジャルタがぐいっと俺の腕を引っ張った。


 戦利品の入った大きな袋を肩にかけ、頭にはまるでティアラのように仮面舞踏会用のメス豚のマスクを載せている。あれも魔王の私室で見つけた戦利品なのだろう。


 「へぇーー、それは初耳ですわね?」

 「あたしたちはとっくの昔にデキてんの! エンリス、今さらあんたが入る余地なんてこれっぽちもないからね」


 「?」

 思わず唖然あぜんとしてジャルタの顔を見つめた。


 「いや、そんなこと身に覚えがないぞ、そんな話をしたことすらない。第一、お前、エルフの方が顔が良いからとか言って奴に色目を使って、反対に俺には散々ひどい事を言ってなかったか?」

 俺は街では意外とイケメンと言われてモテるのに、仲間からの評判はイマイチなのだ。


 「ほら、嘘を言っても駄目ですわ」

 「何を言ってるの? きっと激しい戦いの後遺症ね、忘れているだけよ。すぐに思い出すわよ。さあ、こっち来てゼロ」


 「ちょっと待て、今、背中に隠したのは何だ?」

 「何の事かしら?」

 ジャルタは洗脳用の小型ポカリンハンマーを後ろ手に隠した。ポカリと殴った相手に都合の良いことを言い含める魔道具だ。その魔道具の事を俺が知らないとでも思っているのだろうか?


 こいつも散々言い寄っていた恋人候補が死んだ途端に鞍替くらがえか? そのバキバキに割れた腹筋ふっきんに興味はないから。ジャルタは聖騎士だが、こいつも性騎士の間違いだろう。


 「い、いや、二人とも、俺は二人のことは仲間だとしか思っていない。別に何とも思ってないからな……」


 二人は危険な旅を共にした仲間だが、その腹黒さに思わず後退りする。知ってはいたよ、もちろん。

 しかし、こいつら救世の聖女と聖騎士ならぬ、吸精の性女と性騎士、まさに女は魔物だ。


 断言しよう、いくら美女でもこの二人はノーだ。

 特に男を取っ替え引っ替えの聖女エンリス、こいつは聖愛の眼で男を洗脳する危険人物だ。


 「ゼロ、貴方はどうせ普通の女の子と結婚なんて無理よ。勇者パワーで近づいただけで普通の人間なら爆散ばくさんしちゃうわ。貴方の力に耐えて一緒に暮らせるのは同じレベルに達した私たちだけなのよ、選択肢なんてないの。貴方の勇者年金で私らに一生贅沢三昧ぜいたくざんまいの暮らしをさせるのが定めなのよ」

 うん、エンリス、それが君の本音だね。要は金が狙いだ。


 「そうよ。ここまで苦労して魔王を倒したんだから貴方だけ良い目を見ようと思ってもそうはさせないわよ! そうだわ、二人ともめとってもらえばいいのよ!」

 うん、ジャルタ、こいつも似たようなもんだね。


 「そうよね! どうせまだ妻のわくはたっぷり残っているわよね? 勇者ならなおさらよね。魔王を倒したんです。これからはたくさんの女を娶るのが勇者の義務なんでしょう? 手始めにあたしたちから仕込んでみたらどうかしら?」

 「ふふふ……そうよ。それがいいわ」

 ニヤリと二人が微笑した。


 「うわーー、それが、仮にも勇者一行の女騎士と聖女の言う言葉かよ」


 いや、わかっていたけどね。

 金目当てて妻になりたいとか、こういう女たちだからこそ、ここまで生き延びてこれたのだ。


 「さあ、覚悟を決めて第一夫人の私と……」

 「何言ってんの、第一夫人の座は渡さないわよ。あたしが先に彼と寝るのよ!」

 またも二人は凄い剣幕で睨みあった。別に何番目の夫人でも何も変わりはないのだが、そんな事を言える雰囲気じゃない。


 「先鋒せんぽうは戦士のあたしに任せなさい!」

 「いいえ、向けられた剣を最初に受け止めるのはシールド魔法の使い手である私の役目ですわ!」

 バチバチと二人の間に火花が散る。

 ぐおおおっ、その凶悪な表情、美人が台無しだ。


 本当に清純で優しく、自分より他人を大事にする女性ひとはこの場に立てなかった、それだけは事実だ。俺の胸の奥がチリリと痛む。俺を好きだと言った純真な瞳が浮かんで消えた。


 「「ゼロ! どっちにするのよ!」」

 二人が瞳を肉食獣のように爛々らんらんと光らせた。


 「いや、どっちも俺の好みじゃ無い! お前らの言動は俺の許容範囲を超えてるぞ! それでも英雄か?」


 どこかに逃げ道はないか? ……あった、あそこだ!


 「あっ、ゼロ、どこに行く気!」

 「急な腹下りかしら? ゼロ、トイレはそっちじゃなかったわよ!」


 「来るなっ! 俺を一人にしておいてくれ!」


 俺は魔王の私室に飛び込み、そこにあった岩ゴーレムの彫像をドン! と置いて二人が入って来られないように扉を閉鎖し、鍵をかけた。


 背後でバンバン! と扉を叩く音が派手に響く。


 押さえておかないと鍵が壊れそうだ。今にもその扉を突き破って悪魔のような手が飛び出してきそうな雰囲気である。


 バリバリ……ガリガリ……って、ホラーかよ?


 「まったくもう、勘弁してくれ」

 俺は青ざめて開かないように扉にもたれ、胸に下げたロケットペンダントの感触を確かめた。

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