第8話 物欲より色欲!

 ぎゃーーぎゃーー!

 不味いぞ。

 女たちのこの毒舌攻撃、この場をどう切り抜けようか?


 左右を見たが、ドワーフのおっさんも堅物かたぶつ魔法使いも無言の圧力で俺を睨み続けている。誰も味方はいない。



 「さてさて、皆さん! いい加減に言い争っていても取り返しはつきませんよ! もう魔王も滅んだことですし、気持ちを切り替えて、何か危険なアイテムなんかが残されていないか、よーーく調べなくてはなりませんよ!」


 神官ボータくんがパンパンと手を叩いて、真面目な顔をして叫んだ。


 おっ、良いタイミングでボーダくん、良いことを言った。



 この世に害悪をもたらすアイテムの破壊や回収は勇者一行にせられた義務の一つなのだ。

 放置された邪悪なアイテムが新たな災いの種になった例など歴史上数え上げればきりがないのである。


 「そうそう、まだ俺たちには大事な仕事が残ってるぞ! 火事場どろ……いや、アイテム探しだ! 良いアイテムは早い者勝ちだぞ! さーーて、どこから探そうか?」

 

 俺の言葉にピクリとみんなの耳が動いた。


 しまった、余計なことで時間を費やした! という表情である。しめしめうまくいった。




 「……そうだな、きちんと調べないとな」

 「うむ、それが義務だったな」


 そう言うと戦士クードイと魔法使いザザラスはさっそく魔王の間にある宝箱や棚に近づいてアイテムを調べ始めた。


 部屋はきちんと整理整頓されていて収納はスマートだ。

 壁際の棚の一番下には宝箱が並んでおり、棚に並んだアイテムの飾り方もおしゃれだ。ところどころに可愛らしい豚の置物があるのはあの魔王の趣味なのだろうか。


 古びた民家の調度品を模したような飾り暖炉の上には一輪の赤い薔薇が置かれているのが印象的だ。


 「こっちは男たちに任せますわ。私たちは向こうね。女性の部屋は女にまかせてもらうわ」


 「そうだな、魔王の私室はまかせとけ!」


 聖女エンリスと女戦士ジャルタは競うように早足で魔王の私室を調べに出て行った。


 馬鹿正直に魔王の間に置かれた宝箱を引っ張り出して、中にあるどうでもいいガラクタを調べ始めた男どもと違って、魔王は女だったから宝石とか貴重な化粧品とかは私室にあるに違いないと見たのだろう。


 見える場所に置かれた宝箱に本当の宝など無いって事を知っているのだ。ほんと抜け目のない女たちである。


 「ああ、見つけた危険な呪具じゅぐはここへ置いてください、あっ、大型品はその場で解呪しますから、そのままで結構ですよ」


 神官ボータは仲間が見つけた呪いのアイテムを抱えて来ては部屋の中央の床に並べ、次々と解呪を施している。


 その手際の良さは流石さすがに天才少年と言われる事だけの事はある。


 戦士クードイと魔法使いザザラスは呪いのアイテムを調べるというのは口実で、むしろ何か値打ち物がないか目の色を変えて物色ぶっしょくしている。


 宝箱をひっくり返したり、彫像の目に使われているガラス玉が宝石ではないかと石像を壊したりしているが、その顔はすぐに失望の色に変わっていった。


 どうもこうもない。

 魔王の部屋だというのにお宝はおろか宝石一つ無いらしい。


 宝箱の中身も、他人にとってはガラクタ同然の思い出の品みたいなものばかりで、たまに何かあっても危険な呪いのアイテム程度、金目の品物は全然入ってなかったらしい。


 他に周りを見渡してもろくな物はない。


 壁に貼ってあるのは女性に人気のナントカ歌劇団の古い公演ポスターくらいで、部屋のあちこちに置いてあるのはお洒落な観葉植物である。


 全体にモノトーンなので緑がいいアクセントになっていて魔王のセンスの良さがにじみ出ている。


 「ホントにお宝なーーんも無いな」

 「これだったら山賊の隠れ家を襲撃した方がよっぽどマシだ。魔王はこんなに貧乏だったというのか? 信じられぬ」


 魔法使いザザラスは手に取った魔法のスクロールをポイっと捨てた。街の魔道具屋で売っているような安い初級レベルの攻撃魔法のスクロールだ。


 「敵が使いそうな武器や防具は優先的に破壊しましたからね。ろくな魔道具が残っていないのは当たり前ですよ」


 ボータは二人が言っているのが魔道具の事だと思っている。ボータくんだけは金目当てでないのが偉いところだ。



 ーーーー仲間があんなに必死にお宝を探すのは、勇者である俺と違って、仲間たちはただの英雄だからである。


 魔王討伐が終われば勇者年金で一生安泰あんたいな俺と違って英雄は冒険者と同じだ。


 つまり彼らにとってはクエストが一つ終わったのと同じで、明日からは再び新たな食い扶持ぶちを探さねばならないのである。


 そんな彼らが少しでも財宝を手にして生活を楽にしたいという気持ちは十分わかる。

 

 だから俺まで財宝を探し始めるとみんなの取り分が減ってしまうので、仲間が火事場泥棒……いや、正当な報酬ほうしゅう探しをしている時は、「お宝? 何それ、美味しいの? 俺はなーーんも興味無いよ」といつも気を使っているのである。


 「それにしても意外だったな。魔王だから、人から奪った財宝で魔王城はあふれかえっている、ってのを想像していたんだけどな。人の噂はあてにならないな」

 いや、そんな事を言って俺たちを送り出したのは国王だったか? 誰が言ったかイマイチ記憶が曖昧だ。


 寄りかかった背もたれをポンポンと叩いてみるが魔王が座っていた黒い王座はデザインは俊逸だが質素で座り心地も良さそうには思えない。

 魔王城の内部は、人々が言ってたような邪悪さも豪華絢爛ごうかけんらんさもない。金銀財宝で埋め尽くされたような宝物庫なんてのも一切無かった。


 玉座の周りにすら何もない。アイテムと言ったら足元に隠すように置かれていた豚を模した大型の蚊取かとり器具くらいなものだ。


 「まさか、これが魔王城最大のお宝か? まさかね。でもあの魔王、こんなのがお気に入りだったのか?」


 俺はそれを手に取って眺めた。


 魔鉱石が動力源で蚊が嫌う音波を出すタイプらしい。

 顔の部分のフタをくるくる回して取り外してみると、中に魔鉱石が入っている。別に凄い宝石が隠されているわけでもない。


 フタは少女趣味の愛らしい豚の顔だが、どこか闇の気配がしてあやしさを感じる。


 「なあボータ、これって呪いのアイテムか?」


 砕けた魔剣の破片をせっせと集めて金属容器に入れ始めた神官ボータに聞くと、ちらりと見ただけで首を振った。


 「そんなありきたりの普及品が呪いの品なわけないじゃないですか、忙しいんですから、邪魔しないでください。そこ、どいてください。足元に破片があるじゃないですか」


 「へい、へい」


 俺はボーダくんに押しのけられ、何となく上着のポッケに豚の顔の部分だけを突っ込むと、本体を玉座に置いて壇から降りてボータくんの仕事ぶりを眺めた。


 魔王の剣は邪悪な呪いの剣だったので、ご苦労なことに破片も全部集めて神殿に持って行っておはらいするのだそうだ。


 「なあ、いい加減、そろそろ街に戻らないか? どうせこの魔王城、いくら探してもロクな物は残ってないぞ」


 俺の勇者センサーがそう告げている。お宝も伝説のアイテムも何も感知しないのだ。


 「ふわあああ~~」

 俺が呑気のんきにアクビをすると仲間がギロッとこっちを見た。もう少し探させろという無言の圧力だ。

 

 「それにしてもあの魔王、貪欲な金の亡者で贅沢三昧な暮らしをしていたわけじゃないんだな。人間の国に攻め込み領土を広げていたのは私利私欲のためじゃなかったのか?」


 確かにこの数十年、幾たびか戦争が起こり、魔王に率いられた魔物が村々を襲撃したのは事実だが、よく調べてみると、そもそもの原因は元々魔物の棲んでいた森や山を人間が勝手に切り開いて村を作ったからだったりする。


 彼女は領土を広げようとしていたのではなく、魔物が生活できる土地を守ろうとしていただけなのかもしれない。


 そもそもこの魔王討伐だってどこかの国王が提案して四大国連合が裁可したから始まったのだ。それがなければ魔王の存在や魔王領の自治は保障されているのである。


 魔王が「強欲な人間め……」みたいな事を言っていたのはそのあたりの事情を差すのだろう。おそらく魔王側と人間側で利益の不一致があったのだ。


 そもそもの発端はともあれ、人間から敵認定されていたあの魔王がいなくなった以上、新たな魔物が組織だって人間の国に攻め込んでくることは当面はないだろう。


 魔王領は、新しい魔王が出現するまでボスがいない状態で魔族による自治がこのまま続いていくことになる。このような状態は魔王領の歴史上、何度もあるらしい。


 魔王のイスに片手を乗せ、魔王が消えた天井の穴をぼんやり見上げていると、やがて魔王の私室から肩を落とした聖女エンリスが出てきた。


 「どうした? 元気がないぞ?」


 「こっちはどうでしたか? 魔王の私室には取り立てて凄い宝はありませんでしたわ。まったくと言って良いほど……。ああ、私はこれからどうしましょう? 騎士ケンリアも死んでしまったし。勇者ゼロ、こうなったら私にはもうあなたしか残っていませんわ」


 聖女エンリスが微かな笑みを浮かべ、胸元を大胆に見せながらすり寄ってきた。


 聖女の服は薄くて、しかも大事なところに限って露出度が高い。こいつの趣味で、色仕掛けにはもってこいの装備になっているのだ。



 「勇者ゼロ……愛しい男なのですわ……」

 その手が俺の胸に滑り込んだ。


 「な、何を?」

 ごくり……凄い色気だ。


 聖女だけあって整った顔立ちが美しい。

 だが、一見清純そうにみえるが、この女、誰だったかが「妖怪、一泊いっぱく枕替え」と言ったほど尻の軽い色欲の権化なのだ。


 一度寝たら次の日には別の男と良い仲になっているので付けられた名だ。


 これで称号が "救世の聖女" なのだから笑わせる。"吸精の性女" の間違いじゃないのか?


 「勇者ゼロ、どう、私は美しいでしょう? しかも、あなたに天国を見せられるわよ、聖女だけにね……」


 エンリスは肉食獣のように紅い唇を妖艶に舐めた。


 そのピンク色に染まった瞳……不味まずい、こいつの聖愛の眼は見つめた者を有無を言わさずとりこにするのだ。


 高レベル聖女なので例え勇者でもその効果からは逃れられない。こいつ、金目の物がないとわかったら今度は仲間の俺をたらしこむ気だ!


 しまった!

 身体が言う事を効かない、聖愛の眼だ。

 吸い寄せられるぅ!


 「エンリスぅーー!」

 俺は鼻の下を伸ばして、ニヤケながらエンリスの豊満な胸に思い切りダイブした。


 ぼよよーーんでふかふかでパフパフだ。もう夢心地だ。


 「かかったわね。あなたはもはや私の虜よ……」

 聖女エンリスが俺をぎゅっと抱きしめ妖しく微笑むと……

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