第5話 勝利の時!

 「うそ、邪剣じゃけんじゃない。それ……」

 魔王の目が驚愕きょうがくに見開かれた。


 まさか勇者の聖剣が邪剣とは! 思いもかけない真実に、魔王に一瞬の隙ができた。次の武器を召喚する暇がない。


 「終わりだッ! 魔王!」


 そのまま凄まじい勢いで横なぎに振り切った聖剣が、身を守る武器を失った魔王の腹を真っ二つに切り裂くように見えた。


 「ぐわあああ……!」と声を上げ魔王が顔を歪めた。


 ギリギリで回避した魔王は真っ二つにこそならなかったが、腹が裂けたようだ。


 その腹から何か液体が流れ出るように、どす黒い霧状の蛇のような奴が姿を現した。


 あれだ! あれが元凶だ!

 あれが魔王の力の源、あれさえ倒せば!


 「今、この時に世界に平和を! うなれ聖剣、輝け、栄光の翼!」

 かなり恥ずかしいセリフとポーズだが、いちいちこれを唱えないと力を発揮しないのがこの聖剣の痛いところだ。


 これこそ魔王支店王まおうしてんのう(四天王ではない)の四人の魔人をことごとく打ち滅ぼしてきた俺の必殺技だ!


 「てぇいやあああーーーーー!」

 「!」

 「!!」

 「!!!」

 「!!!!」

 「!!!!!」

 生き残った仲間たちは見た。

 伝説として語り継がれるであろう、聖剣をひるがえした勇者が魔王の頭上に刃を振り下ろす、その瞬間を。


 聖なる輝きが尾をひいて、その剣は魔王と共に羽の生えた黒い霧蛇を一刀両断にした。


 「ぐああああああ…………! バカな! うそだ! 認めん、認めないぞ!」

 魔王が両手の拳を握り、引き裂かれた体を元に戻そうとするが、光の粒がそれを妨げる。


 光の嫌がらせ……ではない、あれこそ聖剣の威力なのだ。戻ろうとする魔力を聖剣が吸い取ってしまう。


 「お、おのれっ、おのれ勇者めーーっ……」


 ついに体が元に戻らないと悟ったのだろう。

 魔王が全身に力を込め、その肉体が噴き出した青い炎に包まれ始めた。何かする気だ!


 「危ない! みんな、伏せろーーーーーー!」

 刹那せつな、大爆発が大地を揺らした。


 凄まじい轟音ごうおんに魔王城がぐらぐらと揺れた!

 消滅する魔王の影を中心に広がった猛烈な爆風が天井を吹き飛ばし、うずを巻きながら天空にゴウウッと吹き上がる。


 「!」

 邪悪な気配が消し飛ぶ、その刹那せつな、俺は消えゆく魔王の幻影を見た。


 美しい少女が愛しい人にやっと出会えたという優しい表情で俺に向かってその右手を伸ばしている。その容姿はとても魔王の正体とは思えない。


 「いつか…再び星と輝く時を…………せ…んせ……。これで良かったのですね……」

 魔王の涙が最後の言葉とともにひとしずく流れ落ちた。


 その涙が黒い渦の中でひときわ星のように輝くと、やがて足先からバラの花びらのような細かな光の粒となって砕け、魔王はすべてを受け入れるように穏やかな表情で天高く舞い上がって、遥かな虚空こくうに散っていった。

 

 その情景はなぜかすごく神々しい。

 なぜか俺にとっても何か大切な約束の瞬間だったような気がして、その消えゆく姿は強く俺のまぶたに焼き付いた。



 ーーーー次の瞬間、ピリピリと周囲に張り詰めていたどす黒い異質な気配が、何の前触れもなく、ふっと消失した。


 魔王の存在が消えたからなのか、魔界との接続が途切れたからなのか。魔王城に入ってからずっと感じていた耳鳴りもしなくなった。


 「消えた……?」

 俺はとっさに爆風から身を守ったマントを払うとその場に立ち上がった。


 「た、倒しましたよ……」


 仲間を爆風からシールド魔法で守りぬいた年少の神官ボータが、ほわんとした顔で俺と同じように魔王が消滅した星空を見上げた。

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