第5話 『探偵ライセンス』
次の日。
いよいよ授業も始まり、真新しい教科書とノートを慌ただしく出したりしまったりしているうちにあっという間に放課後になった。
ぐしゃぐしゃとプリントをしまった後にこはくちゃんがわたしに話しかけてくる。
「ノバラ、行くでしょ?」
「うん」
ちょっと打ち解けてきたクラスメイト達にあいさつし、廊下に出た――ところで
「椎名こはくさんってあなた? バトミントン部興味ない?」
「ぜひバスケ部に!」
「いやいやソフトボール部とかどう?」
「バレー楽しいよ!」
わいわいと先輩たちに囲まれてしまった。
どうやらみんな、こはくちゃんを勧誘しに来たらしい。熱気にあてられてわたしまで目がまわりそうだ。
あいまいに笑いながら通り過ぎようとするこはくちゃんをガシッと先輩たちは捕まえる。
「とりあえず見学だけでも!」
「ぎゃー!」
「こはくちゃーん!」
「先に行っててノバラ―!」
「こはくちゃーん!」
攫われていったこはくちゃんを呆然と眺める。
もしかしてこれから四つぐらい部活を見学しにいくのだろうか……。大変だ……。
あそこまで引っ張りだこということは、これまでもいろいろスポーツをしていたのかな?
追いかけていこうとも考えたけれど、入る気もないのに見学するのはちょっと身が引ける。
こはくちゃんの言った通り、先に探偵部に向かうことにした。
放課後になってすぐということもあり、人通りは多い。
だけれど第二校舎へ入るとどんどん少なくなってきて、三階まで昇った時にはわたしひとりだけだった。
心細くなりながらも青い扉を開けようとする。鍵がかかっていた。
わたしが一番乗りだったらしい。
空き教室は普段施錠されているということなので、この教室もそうなのだろう。鍵の借り方も分からないし、なにより仮入部のわたしが鍵を借りるのもどうかと思うので待つことにした。
しばらくすると階段を上る足音がしんとした廊下に響き渡った。
現れたのは天坂先輩だった。わたしを見るとぱちくりとまたたきして「ああ、昨日の」と言う。
「早かったね。鍵を借りるまで時間がかかったりするから、あと五分ぐらい遅めに来たほうが待たずに入れるよ」
言いながら天坂先輩は鍵を開ける。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
部屋に入ったは良いものの、どうすればいいか分からなくてその場に立ち尽くす。
バッグを適当に置いた天坂先輩は、そんなわたしを見て手近な机を指さした。
「そんな固まらなくてもいいよ。分かるところに荷物を置いて座ったら」
素っ気ないけれどいちおうわたしを気にかけてくれているようだ。
天坂先輩は本を取り出して読み始めた。
わたしは教室の中をぐるりと見渡す。黒板には『今年は部員を増やす!!』と力強く書かれていた。
「花咲さんは」
ぽつりと天坂先輩が口を開く。
わたしはどきりとしながらそちらへ向いた。彼はわたしをじっと見つめている。
「『探偵ライセンス』を持ってる?」
わたしはとっさに声が出ない。
『探偵ライセンス』というのは、簡単に言ってしまえば事件現場に遭遇した場合に現場を調べられる資格だ。自分勝手に現場を荒らしてはならないし、なにより犯人を間違えてはいけないので試験はとっても厳しいそうだ。お母さんはもちろん持っていた。
「……持っていない、です」
「そうなんだ」
彼は不思議そうな顔をした。
「親が探偵だからといって自分も探偵を目指すという決まりはないもんね」
「!?」
ポケットの中のペンデュラムを握りしめる。
お母さんが探偵ということは一言もこの学校でいったことはないはずなのに、どうして!?
天坂先輩は本を閉じる。
「お母さんのことを知っているんですか!?」
「花咲ムラサキさん、だよね?」
生唾を呑みこみうなづく。
「知っているというか、僕小さい頃に事件に巻き込まれたことがあるんだ。その時に解決したのが花咲ムラサキさんでね、探偵に憧れるきっかけにもなった人だ」
たったそれだけで、お母さんとわたしの関係が分かるものなのだろうか?
確かに苗字は一緒だけれど、それだけで親子と決めるには早いと思うな……。
そんな疑問が顔に浮かんでいたのか、天坂先輩はふっと笑ってわたしの顔を指さす。
「問題を解いている時の目が、ムラサキさんとそっくりだった」
「……え」
真剣なまなざしで事件に向き合うお母さんを思い出す。
あんなにかっこいい目はしていないと思うけど……。
「だからもしかしてと思ったんだ。だけど、いきなり『花咲ムラサキさんの娘ですか』って聞いてもびっくりするかなって思って」
もうびっくりしているけど。
「だからカマをかけたんだ」
「カ、カマ?」
たしか、言葉巧みに問いかけて、知りたいことを聞き出すことだよね。
どんなカマをかけてきたのだろう。
「まず『探偵ライセンス』の話を振って、そのことを知っているかどうか確かめる。その次に、親が探偵かどうかを問い、キミが『お母さんを知っているのか』と聞いたから、ムラサキさんの名前を出した。僕の予想は合っていた」
「……」
これ、つまり……。
「花咲ムラサキがわたしのお母さんだと話すように、ええと……誘導された、ということですよね?」
「うん」
あっさりと天坂先輩は認めた。
考えていることが見透かされているような気がしてきた……。
「……まるで探偵みたいですね、先輩……」
「探偵部の部員だしね。あと僕は、」
天坂先輩はカバンから手帳を取り出した。
縦に二つ折りで、白色に金色の箔が押されている。
見覚えがある。お母さんはお財布を忘れてもこれを忘れることは絶対になかった。
「『探偵ライセンス』を持っているから、探偵ではあるよ」
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