第4話 『お母さん』

『新しい生活はどう?』


 パソコンの画面にはお父さんの顔が映っている。こっちは夜だけど、あっちはまだ朝だ。

 しばらくのあいだ外国でお仕事をしなくてはいけないお父さんは、心配しなくてもいいと言っているのに月に何回かこうしてインターネット経由で通話をしてくる。

 一緒に住んでいるお父さんのお母さん、つまりわたしからするとおばあちゃんから話は聞いているはずなのに、直接わたしと話したいみたい。さみしがり屋なんだと思う。


「お友達出来たよ。あと部活にも入った」

『いいね。どんな部活だい?』

「探偵部」


 お父さんはすこしのあいだ微妙な顔をして黙った。

 うしろの窓にカラフルな鳥が横切ったけれど、いったいお父さんはどこにいるんだろう……。


『……探偵部かぁ』


 とても困ったような顔になった理由を、わたしは分かっていた。

 わたしは近くに置かれた写真たてを見る。そこには、今より少し小さいわたしと、お父さんと――そしてお母さんが写っていた。みんな笑顔でこちらを向いている。


 探偵はあまり目立たない職業だけど、世界的に認められている仕事でもある。

 解決する事件が多いほど名前は知れ渡るようになって、難事件が起きると引っ張りだこだ。

 そして、わたしのお母さん――花咲ムラサキは、世界でも有名な探偵のひとりなのだ。

 仕事が忙しくてあまり帰ってこなかったけれど、帰宅すると奇妙なおみやげと一緒にどんな事件に遭遇したかをたくさん話してくれた。というか、子守歌とか絵本は読まずにずっと事件の話しかしてなかった。おかげで推理力は他の子よりもめきめきと上がったけれど……。

 そんなお母さんは、数年前に「大きな事件を解決しに行く」と言ってぱったり帰ってこなくなった。事件を解決できないままなのか、他の事件に行ってしまったのか、それとも――。

 でも必ず戻ってくると信じて、わたしとお父さんは帰りを待っている。


「わたし、ちゃんと探偵ってどんな仕事なのか知らなかったから……探偵部で、ちょっとでもお母さんのしていたことを知れると良いなって思ったんだ」

『知ろうと思うのは良いことだね。だけど、ノバラがあの花咲ムラサキの娘だと知られたら――勝手にお母さんと比較されて、辛くなることもあるんじゃないかって、ぼくは心配しているんだ』


 わたしは優秀で世界でも有名な探偵の娘だけれど、事件を解決したこともないただの子どもだ。

 お母さんはおおやけの場所で、家族のことをなにひとつ話すことはなかった。……わたしがお母さんのように優秀ではないから、隠したのかもしれない。

 がっかりされないように、秘密にする。そう決めた。


「ナイショにして学園生活を送るよ。花咲って苗字は珍しいかもしれないけど……そこは頑張ってごまかす!」

『ノバラはうそが苦手だから心配だなぁ……』

「平気だもん!」


 力強く言い張ると、お父さんはやっぱり困ったように笑う。


『そろそろ仕事の時間だから今日はここまでかな。おばあちゃんの言うことはよく聞いてね。歯磨きはしっかり三分、部屋の掃除もするんだよ、あとしわになりやすい服はハンガーに……』

「はいはい、いってらっしゃいお父さん!」


 小言が始まる前にわたしは通話を切る。

 のびをしたあとに机の上に乗せた「お守り」——ピンクの石で出来たペンジュラムという占い道具に触れる。

 お母さんが昔、物事で迷った時に使っていたらしい。同じように迷うことが多いわたしにプレゼントしてくれたのだ。

 指にチェーンをひっかけ、石を動かさないようにぶら下げ、心をからっぽにし、そして質問を頭に思い浮かべる。わたしは右に揺れたら「はい」、左に揺れたら「いいえ」にしていた。

 学園に入るか決めるときもこれを使った。すごく迷ってしまった時は、これを使っている。


「……探偵になるべきなのかなあ」


 ペンジュラムで決めようと思って、やめる。

 まだ仮入部なんだから、選択するのは先でもいいよね?

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