第3話 『問題と解答』

 ……探偵部⁉

 驚くわたしに夏織部長は笑いかけると、さらに続けた。


「入学試験でおかしな問題がいくつかなかったかな? 星の名前、深海にすむ魚の名前、何百年も前の遺跡について。サービス問題としてあったと思うんだけど」


 わたしは試験のことを思い出しながらうなづいた。

 なんのための問題なのかよく分からなかったけれど、分かるものは答えている。

 『この教室に来るまでの階段はいくつあったか?』と『昇降口前に植えられていた花は何種類だったか?』だ。

 あっ! あの問題とこの手紙の質問は、どこか似たような内容だ!


「探偵の素質というのは、しっかりと物事を見る観察力。それに、何が起きているのかをすぐ判断できる洞察力も必要もね。顧問の先生の受け売りだけど」

「観察力と、洞察力……」


 お母さんがよく言っていた。

 『じっくりと観察すれば、どんな難しい問題も答えはあるはずだから』って。


「つまりね、あの問題は『どのようなことに興味があるのか』『どんな能力が眠っているのか』ということを知るためのテストなの」

「アタシなんにも答えていないかも……」

「大丈夫! 答えていないからといって悪いわけではないよ」


 心配そうな表情のこはくちゃんに夏織部長は優しくフォローする。

 それからわたしを見て、言った。


「入学試験で探偵の素質を問いかける問題に答え、正解したのは花咲ノバラさんだけだったの。すなおに探偵部に勧誘してもよかったんだけれど……天坂くん、ちょっと探偵部の『伝統』について話してもらっていい?」


 夏織部長は天坂先輩に目を向ける。


「分かりました部長。——探偵部はずっと昔から、それこそ開校当時からあったと言われているんだ」


 たしか、愛火学園は来年で100周年のはず。

 そんな前から探偵部ってあったんだ……。


「入部するにはとある条件がある。それが、その手紙」


 指さされたのは青色の封筒と手紙。

 わたしはじっと手の中にある紙を見つめる。


「……この問題を解くこと、ですか?」

「そういうことだね。最後の問題は解けているから、あと二問の答えを聞きたいな」


 わたしは、答えようとする。だけれど――ためらってしまってなかなか声が出てこない。

 あっているはずだ。でも、間違えていたらどうしよう……。

 手がふるえる。「お守り」をもう一度ポケット越しに握りしめた。


「あのっ……えっと……」


 こはくちゃんはぽんぽんとわたしの肩を叩く。彼女はにこっと笑った。

 応援されているのだと気付いてわたしは心強い気持ちになる。


「問一、校門から昇降口まで桜の木の数は――七本です」


 左右に四本ずつ木が生えていて、一見すると八本に見える。

 だけど、一本だけケヤキの木なのだ。


「問二、入学式の日、校長先生のネクタイの色は何色だったか――ですが……どちらを答えたらいいですか?」

「ノバラ、どういうこと?」

「校長先生ね、はじめの挨拶とおわりの挨拶でネクタイを変えていたの。はじめの挨拶では青色で、おわりの挨拶では赤色だったよ」


 そして最後。


「問三が抜けていました」

「うっそぉ!?」


 夏織部長が叫んだ。

 手紙を見せると、穴が開くほどまじまじと読んで「本当だ……」とびっくりしている。

 その様子を見ながら藤宮先輩はぼそっと呟いた。


「……やっと気づいた」

「藤宮くん! これ間違えじゃなかったってこと!?」

「……ひっかけ問題のつもりで深月と作ったんですよ。部長はいつ気付くかなぁって思っていました」

「見事に引っかかってしまったってことね! くやしー!」


 本気で悔しがる夏織部長をわたしとこはくちゃんはぽかんと眺めた。

 そのことに気付いて夏織部長はこほんと咳払いをする。


「とにかく! 大正解です、おめでとう!」

「あ、ありがとうございます」

「入部はこれで出来るようになったけれど、他の部活も気になっているなら仮入部にしておく? 掛け持ちもオッケーだよ」


 わたしは目を泳がせる。

 まだ入部すると決めたわけではないし、なにより……『あのこと』がバレたら少しまずいかも。

 天坂先輩はすでに察しているようだったから、時間の問題かもしれないけれど。


「こはくちゃんは……どうする?」

「それはノバラが自分で決めなきゃだめだよ」

「うっ」

「あと、興味はあるけど、手紙もらっていないし答えたのはノバラだからアタシも入るのはズルかなって」

「ズルじゃないよっ」


 思わず大きな声が出る。

 こはくちゃんは目をまんまるにした。


「間違えてもいいよって励ましてくれたから来れたんだもの」


 きっと一人なら、間違えが怖くてそのまま帰っていた。

 正解のはずの答えも、口に出さなければずっと不正解のままだった。


「私もズルとは思わない。なにより、ここまで来てくれた子を追い返すようなマネできないしねぇ」

「廃部寸前ですから、縁が出来たなら入ってほしいのが本音ですよね」

「天坂くん、シッ!」


 部活動の部員数は最低三人というから探偵部はぎりぎりなのかもしれない。

 わたしは悩む。

 探偵部に入って、『あのこと』がバレたら大変だが――お母さんの手かがりも掴めるかもしれない。

 決めた。



「わたし、探偵部……入ります!」

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