第一章 4話
「ショーレンさんっっ!!」
不意にコンピュータールームの扉が開き、耳を塞ぎたくなるような甲高い声と共に、神経質そうな顔をした女性が飛び込んできて、その和やかな空気は壊された。
「……いたんですか、ハイウィンド導士」
女性は部屋の中にアスカの姿を見つけると露骨に嫌悪の色を浮かべ、憎悪にも似た視線で睨めつける。まるで、その視線で射殺してやろうとでもしているかのようだ。
アスカはうんざりしたように天井を仰いだ。彼女はアスカが科学技術研究所に出入りする事を好まない人間の一人だった。
確かに魔術研の制服のままここに来る自分が悪いのかもしれないが、その都度この目をされると、うんざりもする。
しかも、今日はその視線がいつに増して憎悪に満ちていた。
「アスカは俺が呼んだんだ。それより、俺に何か用なんじゃないのか、メルサ女史?」
ショーレンは悪意に満ちた眼光を遮るように、長身を二人の間に割り込ませる。
メルサはしかし、勝ち誇ったような笑みを浮かべてショーレンを見上げ、そしてアスカを糾弾し始めたのだった。
「今回の停電は魔術派の陰謀だと判明したんですよ、ショーレンさん。魔術派はその魔力で我らがR・L・Sを妨害し、人々の科学派に対する不審を煽ろうとしているのですよ。身に覚えがあるんじゃなくて? アスカ・ハイウィンド!」
叫びながらメルサは懐から護身用に持ち歩いていたレーザーガンを取り出し、ぎこちない動作でそれをアスカに向ける。もちろん殺すつもりはない。ただ、いつも余裕然としたこの魔術研の男が、慌てる姿が見たかった。
しかし、それで怯むような可愛い神経をアスカは持ち合わせてはいなかった。慌てるどころか、余りのばかばかしさと、そのメルサの居丈高な態度に思わず笑い出してしまったのである。
まさかそんな結論を出してくるとは。これが笑わずにいられるか ―― 。
「おいおい、やめてくれよ、そういう単純な逃げに走るのはさ。停電の原因だけなら、アスカにも手伝ってもらって、もう突き止めてあるから」
いったい何をどう考えたら、そんな結論に行きつくのか。
三人で原因を突き止めたばかりのショーレンとルフィアは、科学派上層部の出したその結論に頭が痛くなった。
彼女が銃を撃てないと分かっているショーレンは、頭を抱え込みたい気分でメルサをなだめにかかる。
しかしメルサは笑い続けるアスカを睨むだけで、ショーレンの言葉に耳を貸そうとはしなかった。
ルフィアが声をかけても聞く耳をもたず、ただただアスカを睨み続ける。
「アスカ・ハイウィンド、白状なさい!」
メルサは笑い続けるアスカに足音高く近付くと、その心臓に銃を突き付けた。こんな状況だというのに、いつにも増して憎々しい態度の魔術研の男が許せなかった。
その、どうあっても白状させようというメルサの態度に、瞬間、アスカの瞳が鋭い冷たさを帯びた。自分に銃を突きつける女の手を躊躇なく掴みあげると、人を食ったような態度でメルサを見おろす。
彼のその口許には、滅多にお目にかかることのない冷笑が刻まれていた。
「そんな馬鹿げたことを言ってないで、さっさと緋月を動かすための努力をしたらどうなんだ。くだらないことを話し合うばかりじゃ何も解決しないんだよ。そんなだから科学派は無能だって言われるんだぜ。ちょっとはマトモなことを考えろ」
たとえ今の立場が逆だったとしても、魔術派がこのような結論を出すことはなかっただろう。魔術派にとって科学派は格下であり、"科学派ごとき"が自分達の力を妨害できるなどという発想が出てこないのだ。
その意識の違いが良いとは思わない。しかし、あまりに馬鹿げた科学派上層部の考えに、アスカは侮蔑の念を抑えることは出来なかった。
こんなことでは、いつになったら停電が直るか分かったものではない。
「……ひっ……」
あまりに冷ややかな眼光と声音に、メルサは怯えたように頬を引きつらせた。銃を持つ力も萎え、ぽとりと床に落とす。
アスカは深いため息をついてから、諦めたように彼女の腕を放してやった。
ふらりと力が抜けたようにメルサはしゃがみ込み、呆然と床を眺めやる。
「ショーレン、俺はもう帰るわ」
放心している女性を無感情に見やり、これ以上ここにいるのは立場上も良くないと判断したのか、それとも自分の手伝える事はもうないと思ったのか。アスカはすたすたとメルサの横を過ぎ、扉に向かった。
ショーレンは小さな溜息をつくと、ドアに手を掛けている友人に片手で拝むような真似をする。
「悪いな、アスカ。せっかく手伝ってくれたのにさ」
「ふふん。これで一週間の昼飯代が浮いたと思えば安い物さ」
アスカはにやりと笑ってみせた。
ぱちくりと、ショーレンは瞬きをした。そして意味を理解すると、
「……一週間かよ」
まいったというように天を仰ぐ。それが空約束にならないのが、彼らの友人関係だった。
「最高のランチを楽しみにしてるよ。じゃあな、ルフィアも」
楽しげにショーレンを眺め、そしてルフィアに軽く手を振ると、アスカは今度こそ部屋を出て行った。
「あいつ、けっこう食うんだよなあ」
「私も一緒におごったげるよ」
ぶつぶつこぼしていたショーレンに、ルフィアは笑う。そして、床にへたり込んだままのメルサに視線を向けた。
「それより……だいじょうぶ? メルサ女史」
あまりに呆然とした様子の同僚が心配になったのか、ルフィアは気遣うように手を差し伸べた。
「アスカくんって普段おちゃらけてる分、怒るとおっかないんだよね。まあ、さっきのは貴女が悪いんだけどね」
肩をすくめ、ルフィアは苦笑を浮かべる。
「…………」
アスカがいなくなったことで恐怖心がおさまったのか、メルサはゆっくりと立ち上がった。
アスカに対する怒りと、腰が抜けて座り込んでしまった自分への羞恥で体を震わせながら、彼女はショーレンとルフィアを睨み付け、そして、火を吹くような勢いでコンピュータールームを飛び出していった。
魔術者の肩を持つショーレンとルフィアの側には、一秒たりとも居たくないという様子だ。
「ねえショーレン、早いところ総統に話に行こう。あの様子だと魔術研究所に怒鳴り込みかねないよ、メルサも幹部たちも」
ルフィアは溜息をつき、そう提案する。今回のこの馬鹿げた判断に総統がタッチしていないことは、正式な所内通達が来ないことからも明らかだった。
それに、何よりも。彼らの敬愛する現在の科技研総統は、柔軟な視野を持っている人物なのだ。その総統があんな結論を認めるはずがない。
ショーレンは、やってられないというように腕を広げ、苦笑を浮かべた。
「ホントはあの新しいちからの性質を見極めてから報告したかったんだけどな」
「悠長なことは言ってられないよ。もしかしたら、緋月に行くことになるかもしれないんだよ」
ルフィアは友人ををなだめるように、軽くその肩を叩く。
その言葉に、はっとショーレンは表情を引き締めた。確かに、あの新たな『ちから』への対策がすぐに出来るとは思えなかった。
そうなれば直接緋月に行って、夜を明けさせるしかないのである。
「そうだった。さんきゅ、ルフィア。俺も、考えの凝り固まった幹部と同じになるとこだった」
ショーレンは深い海のような瞳に強い笑みを浮かべ、ルフィアに礼を言う。
夜明けまで、もうあまり時間がない。人々をパニックに陥らせないためにも、まずは、それを一番に考えなければいけなかった。
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