降り頻る月たちの天空に

かざき

序章

 深い闇が広がる街の中を、人々は不満そうに歩いていた。

 普段は街を照らしてくれる様々なネオンが、つい一時間ほど前に突然消えてしまったのである。

 ―― 停電。そんな言葉を忘れてしまうほど、ここ数百年もの長い間それは人々には無縁の出来事になっていたというのに。

「ったく、コントロールタワーの故障だって? 早く直せってんだよ。『科学技術研究所テクノアカデミー』の奴等は何やってんだ」

 いつも当然のように存在している『明り』が失われているということが、人々を愚痴っぽい気分にさせていた。

 交通網も麻痺し、高層ビルの並ぶ街の中に人々は取り残されてしまったようなものなのである。街の中で立ち往生し、行き場のない人々が愚痴っぽくなってしまうのも、当然といえば当然だった。

 そんな街の中央に建つビルの最上階から外の光景を眺めていた青年は、ふと、楽しげな微笑を浮かべた。

 いつもであれば美しい夜景が広がっているはずの窓外には暗い闇の海が広がり、天上に散らばる星々が普段の数十倍の輝きを得て地上に降りそそいでいる。

 彼は、星を見るのが好きだった。

「アスカ。本当にコントロールタワーの故障だと思うか?」

 青年は蒼みがかった銀色の髪を揺らし、背後でお茶を飲んでいた友人に視線を向けた。

 アスカと呼ばれた青年はカップから顔を上げると、その問いには直接こたえずに口だけで笑んでみせた。

「あそこのメインコンピューターは、アルディス・ショーレンが管理しているんだ」

 その言葉に、銀髪の青年は僅かに瞳を細め、腕組みするように窓に寄り掛かった。アスカと『アルディス・ショーレン』が友人であることを、彼は知っていた。

「信頼しているというわけか……。だが実際にコントロールタワーの制御トラブルで、今、各都市は孤立している。それはどう説明するんだ、アスカ?」

 そう柔らかな口調で尋ねてくる青年に、アスカはからかうような視線を向けた。銀髪のこの友人の、挑むような視線がおかしくて仕方がなかった。

「この『停電』の理由を、おまえは既に解明しているんだろう? ティアレイル・ミューア大導士。他になにが知りたいんだ?」

 笑いを含んだ揶揄するようなアスカの口調に、一瞬ティアレイルの眉が不快げにはねあがる。しかし、彼はすぐに何でもなかったかのように、その表情を柔らかな微笑へと戻していた。

 それが自分の感情を押し隠した時のポーカーフェイスである事を、幼い頃からの友人であるアスカはよく知っていた。

「可愛いね、おまえは。お偉い政治家たちにも畏敬されてる奴だとは思えないよ」

 たまらないというように、アスカは遠慮なく笑う。

 ティアレイルは口をつぐんだまま、そんなアスカを眺めやった。何を言っても、このアスカにはかなわない。そう思うと、自然と拗ねるような表情になった。

 そんな幼馴染みの様子に気がついたのか、アスカは笑いを収めると、ひょいっと椅子から立ち上がった。

 窓の外を一瞥し、まだ停電が回復していないのを見て取ると、軽くため息をつく。

「ま、いいか。ティアがそんなに気になるなら、コントロールタワーの様子を見てきてやるよ。ショーレンに話したいこともあるしな」

 アスカはどこか鋭角的な微笑を口許に浮かべると、不機嫌そうな幼馴染みをなだめるように軽く肩を叩いてから、部屋の外へ出て行った。

 そんな友人の後姿を見送るティアレイルの口から深いため息がおちる。

「……科学か。私には理解したくない分野だな」

 呟いて、人工的な明りのない自然な夜空を再び見上げた。

 そこには深い闇、そして闇を彩る三つの月が、その存在を確かな物とさせている。夜空に映える優美なその姿は、普段ならば人々の感嘆を誘うだろう。しかし、なぜか今日はそんな気にはなれなかった。

 三つの月を眺めやる翡翠の瞳が、苛立たしげに細められる。

「やはり……軌道がずれている」

 ティアレイルは軽く頭を振ると、何か考え事をするように俯いた。

 そうしてしばらくすると、彼は月光りと同じ蒼銀の髪をふわりと風に舞わせ、その姿を闇の中へと消していた ―― 。

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