応える
そんな彼女が──数多く居るであろう友人ではなく──わざわざ関わりの薄い私に対して相談を持ちかけてきたのは、こんな話だった。
「テスト勉強を手伝ってほしいの」
「……は?」
「……そうだ、屋上に上がる階段、あそこなら人も居ないだろうし、ちょっとついてきてくれる? ほかの人に聞かれたくないの」
断ろうかとも思ったが、交友関係が広い人間から必要以上の反感を買うのは面倒だ。大人しく従って階段へ移動すると、ようやく金森は詳細を話し始めた。
「私、周りには何でも出来る優等生だと思われてるけど、実は理系教科がボロボロでね? 普段はテスト前に1人で勉強してるんだけど、最近はちょっと家の事情で勉強の時間が取れてなくて。理系教科が得意な人に教わりたいのだけど、その……私のことを優等生だと思ってる友達には『苦手なものがある』と思われたくないし、それに黒咲さん、理系教科得意でしょ? だから、1日で良いから、勉強に付き合ってもらえないかと思って」
要するに「勉強しなくても成績優秀な金森小花」というイメージを守る為、関わりの薄い私に頼ったというわけだ。恐らく、私が彼女のイメージを壊すような発言をしても、周囲がそれを信じないことまで折り込み済みの相談だろう。
「今、そいつ殺せるよ」
うるさいな。しかし、殺しはしないが釈然としないのは確かだ。なにせ、私の側にメリットがないのだ。テスト前の貴重な1日を他人の為に費やすほど、私はお人好しじゃない。ましてやこいつは「友達じゃないから」という理由で私に声をかけたのだから、優しくする筋合いもない。
「悪いけど──」
「手伝ってくれるなら1万は出す」
「分かった、引き受けよう」
やはり金持ちの娘というのは金遣いが荒いらしい。しかし1日勉強に付き合うだけで1万円なら、バイト代としてはかなり好条件と言える。そこまでして自分のイメージを守りたいものだろうかと思わないでもないが、まあ、友だちが多い人間にはそれなりの苦労やプライドがあるのだろう。労力と報酬の釣り合いが取れた以上、私からとやかく言うつもりはない。
「じゃあ早速なんだけど、今週末の土曜日、うちに来てもらっても良い?」
「何時から? あと住所も教えて」
「朝の9時くらいでどう? 住所は後で送るから、連絡先教えてもらえる?」
とんとん拍子で予定が決まり、私は次の土曜日、大きな屋敷だという金森の自宅へ赴くことになった。私が理系科目を得意とするのは事実だし、苦手だという金森もこれまでは1人で勉強して成績を維持できたのだから、飲み込みが遅いということもないだろう。それに、1日中金森につきっきりなら例の声が頻繁に聞こえることもない。
「楽しみにしているよ」
「うん、私も楽しみにしてる」
まるで友達かのような会話を交わし、約束を決めた私たちは教室へ戻った。
それから2日後、平日中は挨拶以外の言葉を交わさぬまま時が過ぎ、そして迎えた土曜日。私は、予定通りに金森の家を訪れていた。
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